目が覚めたら洋児はまだ眠っていた。いつの間にか私の掛け布団を奪い取り、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。起こさないようそっと抜け出して、窓の外を眺めた。窓枠に切り取られた外の世界には、美しい朝焼けが広がりつつあった。
「……何時だ」
寝ぼけた声が聞こえてきたほうを向いたら、ぐしゃぐしゃの寝間着の胸元を手癖で整えようとしている寝ぼけた様子の洋児がいた。はだけた衿ぐりからのぞく大きな傷跡が痛々しい。
「おはよう。朝焼けだよ」
「まだ眠い……」
「お好きにどうぞ」
私の返事を聞いたら、すぐに目を瞑ってしまった。何かふにゃふにゃ言っているが、よく聞こえない。橙色の空が眩しくなってカーテンを引く。まだもう少し眠っていたい彼の気持ちがよくわかる。昨夜は散々二人で抱き合い、気付いたら倒れて眠ってしまっていた。一応寝間着を羽織らせてはくれたみたいで、素っ裸のまま目覚めなくてよかったと思う。だってそんなんじゃ、あまりにも欲望に支配され過ぎている。
洋児が起きてこないのをいいことに、寝顔をこっそり眺めている。幼いころはぷくぷく可愛いほっぺただったのに、今はすらりとしていて少し骨ばっている。ぴょんぴょん跳ねた髪は昔と同じで、寝ぐせがついた今はいつも以上にあちらこちらへ乱れていた。子どものころとは明確に違う彼を見ながら、ひとりで勝手にドキドキしている。初恋は実らないと知ってから、諦めていた恋だった。でも今は、物語のスポットライトが私に当たっている。不思議な気分だ。小さいころからずっと一緒だった洋児と、肌を重ねて眠るなんて。
晴れて恋物語の主人公になれたのは、素正に嬉しい。けれど私にとって初めてだったセックスは、少し苦い思い出となった。最初は全然濡れなくて、気まずい思いをさせたかもしれない。痛がって、怖がって、鬱陶しいと感じたかも。気持ちいいとはあまり思えず、されるがままになってしまった。なんとなく快感の芽吹きはあったけれど、次もうまくやれるだろうか。自分の胸に触れてみてもたいして大きくもなければ、触って気持ちいいということもない。世の中の恋人たちは、毎夜あんなふうに愛し合っているのかな。いつかこの触れ合いに慣れる日がくればいいけれど。昨夜を思い出していると自然と溜息を吐いてしまった。誰かに幸せが逃げると言われたことを思い出し、慌てて口を塞ぐ。
「もう起きるのか」
まだ眠いと言っていたけれど、起きていたらしい。薄っすら目を開けて私を見ている。視線は昔と同じで、いつも私をときめかせる。
「……だって、掛け布団がないから。私のお布団返してよ」
「こっち入れよ」
「えー……、なんで? どうしよ……」
がばっと開けられた布団から、ほの温さが漂う。洋児の匂いも濃くなって、なんだかお腹がキュっと引き締まるみたいな感じがした。子どもならそのまま潜り込んでいけたのに、どうしても昨夜の営みを思い出して、尻込みしてしまう。大人になった男女がくっついたら、きっと、セックスしなくちゃいけない。改めてまたするとなると、とてつもない羞恥に襲われてしまう。でも洋児に抱きしめて欲しくて、温もりを確かめたくて、恐る恐る手だけを伸ばしてみる。
「早く」
焦れた彼に手を引っ張られ、体勢を崩したところをそのまま抱きかかえられてしまった。ああ、あったかい。慣れた温度に一瞬安堵したけれど、どんどん照れくさくなっていき、心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
「ワー! 恥ずかしいってば!」
「今更何言ってんだ」
私の恥じらいなんてお構いなく、洋児の手が腰の辺りへ伸びてきた。近所のおばさんにしっかりした安産型だと褒められた腰回りの出っ張った骨の辺りを変な手つきで撫でまわす。ああこれは、アレのときと一緒だ。わかってしまうと、逃げ出したくなる。また、したいのかもしれない。結婚した従妹から断片的に聞いた、夜の事情を勝手に思い出して赤面している。男の人はとにかくしたがるって。女とは違うんだって。だから気をつけてね、すぐに身体を許しちゃだめよって、言われてたのになあ。
自由な「だって、洋児とあんなことするなんて思ってなかったんだもん」
「そりゃ……、悪かった。ごめんな」
洋児の手がすぐに引っ込んで、降参みたいに両手を布団から出した。違う。嫌なんじゃない。とんとん拍子にことが運んで、少し不安になってるだけ。
「謝ってなんて、一言も言ってないでしょ。洋児が帰ってきてくれて、嬉しいよ」
「何でも叶えてくれるんだろ」
そう。何でも叶えてあげたい。貴方が望むものは、全部捧げたいと思ってる。
「うん。だから側にいさせてね」
「今更だな。ずっと一緒だ」
約束だよ、と言うと、もう一度「今更だ」と言って私の額を小突いた。かくれんぼで誰も見つけてくれずに泣いていたとき、ひとり探しに来てくれた洋児が、かつて同じ表情をしていたと思う。この人の優しさに報いるには、私の全部で、足りないと思う。今日はもう、セックスしなくてもいいのかな。またしたいんじゃないかな。持たざる者である私の身体ひとつから差し出せるものなんて、これくらいしかない。
いつのまにか彼の手のひらがまた私の腰に触れていた。けれどさっきとは明らかに違う穏やかさがあって、それがなんだか寂しかった。昔から洋児は、私が嫌だとか怖いだとか言ったら無理強いしない。だから昨日みたいに強引だったことにとても驚いたけれど、それほど追い詰められていたんだと思う。どうしようもない昂りを発散させたいとき。誰かに触れて安心したいとき。これからは、私が全部、叶えてあげる。だからもうどこにも行かないで。ずっと私だけをそばに置いてほしい。
男の人は目に見えて欲がわかるけれど、女はそうじゃない。でも私にだって明確な欲望はあって、それに名前をつけたものが性欲なんだろう。どうしてこれほど、彼ばかりを求めるんだろう。世界には男性なんて女と等しくいるのに、私が惹かれるのは漆羽洋児だけだ。過ごした時間が長いからという理由だけじゃ説明できない。狂おしいくらい彼を求めてる。さっきは自分勝手に拒否したくせに、こうしてくっついていると、なんだかむらむら湧き上がる抑えきれない欲が出てくる。もう一度、深いところで繋がりたい。こんな気持ちになるなんて、生涯でただ一人貴方だけ。
抱きかかえるように腰に添えられた手に手のひらを重ねてみる。そこじゃないところを触って欲しいけれど、伝え方がわからない。指先で手の甲をそっと撫でていると、口元をへの字に曲げて私を見つめてきた。自分からするのは、とても勇気がいる。けれど、どうしても欲しくて堪らず、彼の手を口元へと運び、指を舐めてみた。なんだか少し、しょっぱいような気がする。
悩まし気な表情を浮かめて、私に確認をとった。いいのかって、答えはいいよに決まってる。でも口が塞がってるからほら、いまは答えられない。こくこく頷く私を確認したら、洋児の眼に明らかな色が付いたように見えた。ギラリと輝いて少し怖いと思ってしまう。なんだかまるで、肉食獣みたいに尖っている。さっきから気持ちがふらふらしていて、落ち着かない。もっと欲しいのに、またアレが入ってくると思うと、ちょっぴり怖い。私の中を抉るみたいに埋まったと思ったら、理性ごと掻き出していき、どこまでも乱されてしまうから。
「ん……、また、しちゃって、いいのかな……」
「しちゃ悪いか」
欲望の炎を灯しながらも、遠慮がちに口付けが落とされる。一つずつ確認するみたいに、角度を変えて何度も、何度も。
「悪くない、けど……」
「けど、何だよ」
ちゅ、と音が鳴り、自分たちのしている行為が頭の中でも再生されるみたいな感じがした。
「こんな、何回も、変じゃない……?」
「なあ。お前、すげえ可愛いよ」
嬉しそうに笑いながら、私の頬を両手で挟んだ。もう、やめてよ。可愛いにはほど遠い、変な顔にしてるでしょ。
「嘘だあ。もっと可愛い人、いっぱい知ってる」
「違う。俺にとっては、お前が世界で一番大切ってことだ」
宝物を見るみたいに、洋児の瞳が輝いている。そこに写っているのは、私だ。嘘みたいな、本当の話。物語の中でしか知り得なかった、本当の恋が実るということ。今、自分の身に起きている。
「ぅ、うれしい。私も、同じ……」
ずっと片思いでいいと思っていた。洋児が幸せであればそれでいいと言い聞かせてきた。でももう、誰にも渡したくない。どこにも行ってほしくない。これから一生、私だけ。ずっと、死ぬまで、一緒じゃないと嫌だ。煌めく美しい恋心だけではない、どろりと醜い執着が少し怖い。これだけ全部晒しても見られたくない部分があると知り、なんだか自分が恐ろしくなった。
後ろ暗い気持ちを隠すみたいに、彼を求めて縋る。唇を合わせて、吸って、舌を入れる。だんだんもっと欲しくなって、彼の首に手を回す。深いキスのあと、私が正しく呼吸できるように、時間をあけてくれるところに優しさを感じる。でも離れたくなくて、自分から求めていってしまう。口元だけじゃ物足りない。ねだるみたいに彼の背中や胸元を撫でる。たまにザラリと盛り上がった皮膚があって、これはきっと、刀傷。もっといっぱい、触りたい。身体の全部、食べてしまいたいくらい。
朝焼けの空はすっかり明るくなっていた。二人して言葉を失い深い口付けを繰り返しながら、互いの身体をまさぐりあう。どこもかしこも張りつめて、触れられただけで足の間の、もっと奥のほうがずきずきと疼いた。昨日の夜には無かった感覚に恐れを抱きながらも、これ以上を望んでしまっている。長くて節だった指が私の割れ目をなぞった。言い訳のしようもないくらい、蜜を垂らしている。恥ずかしい気持ちは既に遠くへいっていて、もっと触って欲しくて、たまらない。こんな私を、洋児は哂うかな。
「よく濡れてる。痛くないか」
「ぅー……、なんでだろ……。変なの……」
ぬるぬるを指に纏わせて、亀裂をなぞられる。前のほうの一段と疼く場所を往復されると、自分でも中から溢れてくるのがわかった。ああここ、すごく好いところだ。変な声も出るし、押し付けるみたいに腰を突き出してしまう。そう感じたとき、自然と手が洋児の股の間に伸びてしまった。ちょんと触れたら「わっ」と驚いた声を出して、私を咎めるみたいに見つめてくる。どうやって触っていいのかわからずすりすり指の腹で撫でていると、洋児の大きな手がかぶさって、硬いのと一緒に握り込まされた。誘導されるがままにゆるゆると上下に扱いてみる。私の手の中で少しずつ大きくなって、鉛みたいに硬く、重く起ちあがっていく。はぁ、と熱い吐息が首元に触れて、血液が沸騰したみたいに滾ってしかたがない。導いてくれていた手が離れていったけれど、教えられた通りに上下に擦る。すると先のほうから私みたいなぬるぬるがいっぱい出てきて、ぐちゃぐちゃ響く恥ずかしい音は、もうどちらのものかわからなくなってしまった。私に刺激されるたび、洋児の余裕が無くなっていくのがわかった。なんだか少し、楽しい気がする。これ以上ないくらい硬くなったら、びくびく震えて、辛そうだ。きっと、ナカに入りたいんだと思う。こんなに苦しそうだから、楽にしてあげなきゃ。私もナカに、来てほしい。
いいよの意を籠めて、名前を呼ぶ。唇を重ねて答えをくれた。濡れた手を見ると、前とは違って透明のものがついていた。味に違いはあるのか舐めてみると、精液とは違う生臭さがあった。私の穴には、いまだ洋児の指がずっぽりと埋まってしまっている。身体を少し起こして自分がどうなっているのか見てみると、ずるりと引き抜かれた中指がぬらぬらと妖しく光っていた。
私を寝転がしたまま一瞬どこかへ消えて、すぐに戻ってきた。手には避妊具があった。初めてのときは無かったから、私が気を失っているときに買いにいったんだろう。二人して変なことをしていると思う。子どものころには知らなかった、大人のあそび。
振り返った洋児は若干の気まずさを浮かべながらも、捕食者の目つきをしていた。私だけを捕らえて逃がさない、その目が好き。そのまま喰らって、貴方の一部にしてほしい。
「足、閉じるなよ」
膝を支え、身体の真ん中の穴に硬いものが押し当てられる。薄い膜が一枚あるせいか、さっきよりも冷たく感じる。先端が割り入ってくる感覚は、やっぱり全然慣れない。けれど初めてのときみたいな痛みは無かった。こじあけようとしてくる異物に抗おうとしているのか、狭い道が更に締まって侵入を拒む。痛くはないけれど、少しずつめり込んでいく彼の性器が私を中側から押してくるから、情けない呻き声が漏れて恥ずかしい。口から内臓が飛び出しそうな感じがして、思わず口元を押さえる。余りの圧迫感に今どのあたりかと不安になって繋がっている部分を覗き込むと、もうほとんど埋まっているところだった。
「ぁっ、ぅ……、おっきぃ……」
「おいっ、そういうこと言うなっ……!」
見たまま感じたままを口にしてしまい、妙なことを言ったと後悔する。恥ずかしさで顔が真っ赤に熱を持っているのがわかった。いたたまれなくなって顔を隠す。隙間から洋児を見ると、なぜか彼も赤くなっていた。お互い明後日の方向を向いているのに、繋がったままの部分は緩い律動を繰り返していた。次第に内側から広げられる感覚にも慣れてきて、他にも気をやれるようになってきた。全身で私を気遣いながら、ゆっくりと沈めては、また引き戻す。昨日みたいに乱暴じゃなかったら、もう少し耐えられそうだ。繋いだ手を解いて、洋児の胸元に添えた。不思議そうに私を見下ろして、何か言いたげにしている。
「どうした」
「慣れて、きたかも……」
「じゃ、もうちょい動く。辛かったら言えよ」
ぽたりと流れ落ちた汗が目元に垂れて、思わず目を閉じた。お腹にも力が入ったせいか、ぎゅっと締まって中の質量がより鮮明になる。さっきよりも早く、もっと奥まで進んでくる。突かれるたびに小さな呻き声が漏れるし、身体がいうことを聞かず勝手に震える。これは掴みかけていた快感の波かもしれないと、交わっているところへ意識をやる。私のナカに洋児が入って、掻き混ぜられて、気持ちよくなりつつある。改めて考えると、すごいことをしているなと思う。
「なんか、前のところと、ナカのおく、じんじんする……」
「痛むのか」
「痛くは、なくて。あつい感じ……。奥、ぐってしたら、ぎゅってあついのがくる……」
目を瞑って完全に身をゆだねてみる。もうなにも、全然怖くなかった。優しい声と、肌を這う彼の手の温もりが、これでいいと教えてくれる。
「それはきっと、気持ちいいってことだな」
たまに降ってくる口付けも、太ももに添えられた大きな手から伝わる熱も、味わうみたいに感じている。わずかに芽吹いた性感を優しく刺激され続け、少しずつ花開こうとしているのがわかった。このままもっと、全部知りたい。貴方のその手で教えて欲しい。
「……ぁ、なんか、洋児が動くと、お腹が気持ちよくなる……」
「俺も気持ちいい。はぁ……、溶けちまいそうだ」
喉の奥から絞り出されるような言葉を聞いて、なぜかほっとした自分に気付いた。昨日みたいに何かに囚われて、別人みたいになっていた洋児はもういなかった。
「なん、で? きもちいんだろ……? きのうと、全然ちがうっ」
「これで合ってる。気持ちよくていい。怖くないぞ」
私の身体を貫くモノが更に深い奥を穿つ。抑えようにも口から漏れる喘ぎを制御できなくなってきた。痺れるような感覚が身体を突き抜け、思わずのけぞってしまう。手を伸ばしたら届きそうなところに、確信がきている。
「おかしく、なっちゃうかも……!ん、あっ、どうしたらっ……?」
「そのまま、力抜け」
こんなみっともない姿見られたくないと、この期に及んで恥ずかしい気持ちも捨てきれず、洋児を押し返してしまう。それでも嫌な顔一つせず、私の顎を掬って唇を寄せてくれた。きっともどかしい思いをしていると思うのに、こんなに優しくされて溶けてなくなってしまいそうだ。少しの緊張とは裏腹に、身体のほうは十分慣れて刺激を求め始めているのがわかった。もっと欲しくて、ねだるみたいに抱き着いた。押し入れの秘密基地が暗くて怖くて抱き合ったときとはまるで違う。大人の男の身体になっているのがわかって、身体が千切れそうなくらい切なくなった。いつからかわからないくらい、ずっと前から貴方が好き。
「……こわいよ、まっしろになるっ……」
「俺がいるだろ。支えてるから、平気だ」
一番奥に当たったとき、何かわかるかもしれないと思った。けれど結局それ以上はなにもなくて、いよいよ溢れそうなところまできたのに、静かに波は引いていった。無理しなくていいと許してくれたけれど、なんだか申し訳ない。
洋児の熱を奥で受け止める。びくびく震える性器を感じながら、私はまた昔のことを思い出していた。
玄関先でもたもたする洋児を追い出すように急かす。
「もう。早く行かないと白廻先生にまた怒られるよ」
「うっ……。一気に現実に引き戻すなよ……」
もはや言い訳のしようがないくらい遅刻確定の今日。可哀想に。また痛い目を見るかもしれない。けれど私は何度も起こしたし、起きてからだって全然準備を始めない。一回帰って着替えないといけないのにね。
「……また、ね」
「ん。じゃあな」
玄関を開けるとすっかり高く昇ったお日様が眩しく、洋児はきゅっと目を細めた。ひらひらと手を振って出ていく後ろ姿が見えなくなるまで追っていた。
またねと言ったのに、今日はまた来るとは言わなかった。いつも別れる時は、またねの挨拶がお約束だったのに、どうしたのだろう。言葉一つで不安になったり、目が合うだけで胸が躍る。昨日から今日で全く変わってしまった私たちの関係は、これから形作られていく。
これから先もずっと彼が笑って過ごせるように、私の持てる全てを賭してなんでも叶えてあげたいと願う。