ある日とある駅にて




 慌ただしい学生生活を送る彼女は、昨夜も夜遅くまで復習をしていたので遅刻寸前だった。都心部から少し外れた駅の構内は朝のラッシュを終え人はまばらになっている。速足で階段付近の車両へと急ぐ。歩きながらスマートフォンで次の授業の連絡事項を確認していると、時刻表を確認している男性にぶつかって端末を落としてしまった。咄嗟に「ごめんなさい」と謝ると覚えのある柑橘がふわりと香る。

これは。このデジャヴのような感覚は、きっと――。

顔を上げると、七海がいた。途端に胸の中に仕舞っていた思い出が溢れ出す。

「あぁっ! いた!」

 嬉しさのあまり上ずった声が出てしまい、はっとして口元を押え辺りを見回すが誰も彼女のことを気にしいてる様子はなかった。七海は一瞬目を見開いて驚いていたようだが、すぐにその表情を柔らかくしてサングラスを外した。そして観念したかのようにふぅーっと長い溜息をついて彼女へと向き直る。

「やはり、また会いましたね」

 旅先で会った時よりも少し硬い雰囲気を纏っている。きっちり着られた明るい色のスーツのせいだろうか。彼女は背筋を伸ばしてピシッと直立した。そんな彼女の姿を見て、七海は穏やかな笑みを浮かべる。

「七海さん」

 彼女は反射的に名前を呼んだ。最初の宿の朝食で、机に置かれていたプレートを見て彼の名前を一方的に知っていた。それなのにきちんと自己紹介をしたわけではなかったのでお互い名乗らないまま旅を終えてしまったことをずっと悔やんでいた。七海は彼女の名を知らない。

「知ってたんですか」
「ああ、ごめんなさい」

 彼女がしどろもどろになりながら訳を話すと、七海は俯いて目を瞑りはにかんだ。

「そうでしたか。私は知らない」

構内にアナウンスが響きホームに電車が近づいてくる。

「教えてください。あなたの名前は……」

初夏に吹く爽やかな風が二人の頬を撫でた。

「私の、名前は――」

 行き逢う旅路のその先は、二人のこれからを予感させる奇跡的な再会から始まった。