久しぶりにややこしい案件が全くなく、穏やかな昼下がり。薊は昼食を摂るため、中庭のいつものベンチに腰掛けた。ふと見上げると抜けるような青空がどこまでも広がっていて、久方ぶりに清々しい気持ちになる。
――最近は落ち着いてるな。
そこまで考えて、薊は思考を中断した。危ないところだった。昔から先輩方に言われていたではないか。平和を噛みしめた途端、酷い任務が舞い込むものである、と――。
「なあ、薊。ちょっと聞きたいことあんねんけど」
「僕は何も知らないぞ」
振り返らなくても「なあ」の時点で誰かわかる。それみたことかと捲し立てる上司たちの顔を思い浮かべながら、薊は頭を抱えてうなだれた。旧知の仲である柴登吾の登場もさることながら、第一声から既に面倒な匂いがプンプンしている。彼の聞きたいことが何かは見当もつかないが、碌でも無い内容であるということだけは、長年の付き合いから想像がつく。普段ならばまず、端的に結論から話してくるのに、こうやって相手の出方を伺うような場合は、やましいことがあるときだ。だから薊は何も知らないと答えたのに、柴は無視して話し続けた。
「こないだのカルト教団のやつ、アイツと二人で行かされたやん」
「その件は関与してない」
「あの後からアイツ、なんかおかしいねん」
「知らないって言ってるだろ」
聞く耳を持たない柴に辟易しながらも、毎度のことだと諦めかけてしまっている自分に気づき、薊は大きな溜息を吐いた。事件自体は先行していた調査班により既に裏取りされていて、柴と先輩が乗り込み、教祖と幹部を一網打尽にするという単純明快な内容で、何の問題も無く作戦終了しているはずだ。しかしその後の先輩の様子については、柴の言う通り〝言語化できない違和感がある〟ということには同感だった。あえて言葉にするなら、「ちょっと優しくなった気がする、かな?」とでも言うべきか。しかし具体的にどこがどうなったとは言い表せず、気のせいだと言われればそれまでだ。先日また昇進したので、単に機嫌がいいだけかもしれない。本当にその程度のことで、違和感さえ言い過ぎなくらいの、些細な変化だった。
「実はな、教祖捕縛するときになんか妖術くらってたっぽいねんけど、その時はなんもなくて――」
「そんな話聞いてないぞ。それ、報告してるのか?」
薊がぐるぐると思考を巡らせていると、柴の口から驚くべき事実が告げられる。何らかの被害が出ている可能性があるならば、即刻報告すべきだ。そのまま話し続けようとする柴を遮ったのに、珍しく神妙な面持ちで「まあ最後まで聞けや」と反対に窘められてしまい、薊は眉間に深い皺を寄せた。このパターン、柴の言うことが事実であれば、全編聞いたら最後、絶対に碌なことにならないとわかっている。しかし薊はその場から動かないという選択をとった。以前も同じようなことがあったのを思い出したのだ。その時は夢の話で、結局柴だけが先輩にこっぴどく絞られていたが、薊はお咎めなしだった。だから、どうせまた柴の妄言だろうと高を括り、昼食の間だけ付き合ってやろうと決めた。それほど最近は落ち着いていたので、このときは精神的に余裕があったのだろう。
***
カルト教団の一件の翌日。柴は同行していた女の元を訪れていた。この女は柴と薊の先輩にあたり、実力でのし上がってきた、俗に言う叩き上げ将校である。馬鹿が付く真面目で融通が利かない根っからの軍人で、基本的には自分にも他人にも厳しい。そのなかでも、柴にだけ特別厳しいというのは神奈備で周知の事実だった。主に柴登吾の著しい素行不良が原因だ。理不尽とも思える訓練という名のシゴキを幾度となく受けさせられてきた柴は、普段ならこの女のそばに自分からは滅多に寄り付かない。ただ、昨日の任務で――誰も気づかないくらいの、ほんの一瞬だけ――女の様子がいつもと違ったように思った。その場で問いただすと、対象と目が合った際に妖術を食らってしまったかもしれないと言ったのが、少しばかり気がかりだった。
現地で対処可能か判断するため、身体状況と精神への干渉がないか確認したものの、結局何もわからずそのまま帰還した。後で衛生部隊に診てもらうという女の言葉を疑っているわけではない。しかし、神奈備最強クラスの実力を誇る人物がかかったという妖術とは一体なんだったのか。また、手練れ相手に全く気付かれずに術をかけることが可能なのか、ということに少し興味があったのだ。
結論から言うと心身共に問題は無く、柴にだけ特別厳しい、いつもの先輩のままだった。心配していたと言ってみると、「お前に心配されるようなことは無い」と、きっぱり言い切った。柴はほっと胸を撫でおろし、女の顔を見つめた。
すると、どうだろう。きょとんと目を丸くし、柴を見つめ返してくるではないか。
――なんか変やな。
普段なら目が合っただけでスクワット百回を命じる相手がだ。しかし今日は違った。柴が覗き込むと訝し気に眉を顰めはするものの、怒声も罰も飛んでこない。どうも妙だと色々話しかけていくうちに、どうやら〝性に関する知識がごっそり抜け落ちている〟ということがわかった。これは、非常にまずい事態になっている――。
なぜその部分の記憶だけ都合よく消えてしまったのかはよくわからないし、おそらく誰も気づいていない。
――これがバレて悪いヤツにめっちゃエロいことされる前に、俺がイチから教えたる!
柴が女を護ると勝手に決意してからの数日間。業務外でもいつなんどき、どこの馬の骨ともわからない男にめっちゃエロいことをされるか気が気でなく、できる限り一人になる時間を減らしてやらねばならないと躍起になっていた。
散々世話になった先輩を助けたい。
その一心で柴は、熱心に女の元に通い詰めた。仕事の後も「稽古をつけて欲しい」という口実を設け、密室で逢瀬を重ねた。誰かが正しい性知識を身に着けさせてやらなければ、これからの任務に支障がでる。柴には正当な理由があった。
雄しべと雌しべから始まった性講座。性差による肉体の違いや生殖方法、それから相手との関係性を含めた幅広い知識を学ばなくてはならない。そしてそれは、机上の空論だけでは不十分だ。ついに今日からは、実践的な技術の習得へと移っていく。
「今日も付き合ってもろてもいいですかァ?」
「なんだ柴。最近やけに真面目だな。お前もようやく国民のために働こうと心を入れ替えたのか」
「そーなんですよ。戦争が終わったとはいえ、悪漢悪鬼どもはウヨウヨやし、世のため人のため働くのが俺の使命や、ゆーことが、よーやくわかりました」
「うむ。良い心がけだ。では道場で待っているぞ」
柴に背を向け大きく頷きながら、女は満足げな笑みを浮かべていた。ここのところ連日自分を頼ってくる柴のことを喜ばしく思っているからだ。決して出来は悪くないのに、素行のせいで実力以下の評価しかされない後輩を正すことが己の使命だと理解している。また代々軍人家系であり、この道一筋でやってきた自分に欠けていた知識を教えてもらうことが新鮮でもあった。
思い返せば、女だからと過剰に肩肘を張りすぎていたかもしれないと、少し反省までしている。それに柴と過ごす業務後のこの時間が、少しずつ大切なものになっていっていることに気付いてしまった。なんなら、むずむずソワソワしながら待ち望んでさえいる。ともあれ自分を見つめなおして新たな知見を得ることは楽しく、今日も頑張ろうと気持ちを切り替えた。女が決意新たに気合を入れなおした、そのとき。
「ちゃうんです。今日は布団で寝技の練習したいんですよ。もし寝てるときになんかあったら、どう動くべきなんやろーって思て」
「ほう。新しい試みだな。よし、いいだろう。確かに長期にわたる潜入捜査などで、寝込みを襲われる可能性もあるからな」
「まずは先輩が寝てるところを俺が奇襲かけますんで、見本見せてもろて」
より実践に近い方法でやると言う柴が、小さな紙袋を手渡してきた。なんでも、この中に入っている寝衣を着ろという。言われるがままに袋を手にしながら、パジャマで寝込みを襲われる己の姿を想像し、女はなんだか少し恥ずかしいような気がした。なぜ、そう思うのだろう。先日柴に教わった、親密な関係の男女がするという性交渉を連想させるからかもしれない。でもそれは柴登吾曰く、動物でいうところの交尾で、繁殖のためにすることだ。交尾は命を繋ぐ為に必要な行為で、何ら恥ずかしくないはずだ。それなのにどうも、頭の奥の方がもやもやする――。いつの間にか忘れてしまっている、大切な何かを思い出しそうで思い出せない。そんな気持ち悪さだった。この不快感は日ごと増しており、最近ではぼんやりすることも増えてきたように思う。このままではいけないと、女は気持ちを切り替えるため、大きく深呼吸をした。
意を決して袋を開けると、黒い紐状の何かが出てきた。摘まんで取り出し、まじまじと見つめる。何本かのゴム紐には、たっぷりのレースがあしらわれていた。ところどころに真珠のような装飾が施されていて、ネックレスのようにも見える。柴にこれはなんだと聞くと、寝間着だと答えた。わざとらしく驚いた表情を作っていて、非常に腹立たしい。顔には「え。何言うてはるんですか?」と書いてあるようだ。
「……これは寝間着というより、下着だろ。それに隙間だらけだ。こんなに装飾があったら寝苦しいんじゃないか?」
「いや武器も何もない、無防備な状態からどうやったらいいんやろーってところ指南して欲しいんで、ね」
とても安眠できそうには見えないが、世の中には未知の文化圏の寝間着があるかもしれない。疑問はいくつかあるが、自分を頼ってくる後輩の鍛錬に付き合ってやるべく、女はもたもたしながら紐状の衣類を身に着けた。ほとんどの肌が露わになっており、決して着心地がいいとは言えない、可笑しな代物だ。
「ふむ。敵襲が想定されていない場合かつ装備もない状況でどのようにして攻撃を躱し、取り押さえるか――」
「そーゆーコト! さすが神奈備イチの妖術師や!」
「こら。調子のいいことばかり言っても手加減しないぞ。本気でやれ」
「わかってますって。ほな、お願いします」
「よし。おまえのタイミングでこい」
少し変だなと思いながらも、不出来な部下の指導のためだと、布団に潜り込む。少しでも動くたび、股の間の紐に付けられた大きめの真珠がグイグイと食い込んで気持ちが悪い。布団のなかはヒヤリと冷たかった。背筋が震えて足をこすり合わせたら、股座の装飾がころころと動いて腰が痺れる。乳輪の周りに施されたレースとパールが先端をかすめ、寒さと刺激で敏感に勃ちあがった乳首がジンジンと疼く。奇妙な感覚に戸惑い、紛らわせようと目を閉じる。知らぬ間に疲れが溜まっていたらしい女は、目を瞑るとすぐに眠ってしまった。ここのところ仕事が終わっても、毎日柴に付き合っていたせいだろう。
***
勝敗はいつも一瞬である。
柴が気付いたときにはもう、温かな布団にうつ伏せで拘束されていた。
「残念だったな。今日も私の勝ちだ」
「えーっ! ホンマに寝てました!? 絶対起きてたやろ!」
「飛んでくる瞬間、空気が震えるからわかるんだよ」
「寝ててそれわかるん先輩くらいや!」
「ふん。悔しかったら、私から一本でもとってみろ」
柴の上には黒いセクシーランジェリーを着用した女が乗っかり、勝ち誇った表情を浮かべている。――まあこうなることは、想定内だ。実力で勝とうなんて思っていない。
柴が「重い」と言うと、女は「悪い」と言って布団にそっと座った。オープンブラからビンビンに勃起した乳首を丸出しにして、足をもじもじさせている。頬はほんのりと朱色に染まっているところをみると、何かを感じてはいるようだ。
「実践で役立ちそうなアドバイスもろていいですか? とりあえず寝てるトコに入られたとして、そっから、どういくか」
「そうだな。敵はまず妖術を封じようと考えるだろうから、四肢の拘束を試みるだろう」
女は再び布団に寝転がり、仰向けになった。想像以上に大きな乳房がぶるんと震えて脇に流れる。偽物では見られない光景に確かな質量を感じ、柴は生唾を呑みこんだ。小さめの乳首がピンと主張していて可愛らしく、今すぐに指で弾いて摘まんで、口に含みたくなる衝動を必死になって抑えつける。焦るな落ち着けと自分に言い聞かせ、無防備に破廉恥な姿を晒す女に覆いかぶさった。
「ほな、こうやってのしかかって、潰してまう感じ?」
「……んぅッ、ぅっ。ちょ、ちょっと……、お、おもいぞ、おまえっ……!」
正直、拘束するならうつ伏せにした方がいいと思ったが、訓練という名目上、形だけ首元と利き手を押さえてみる。本来これくらいなら問題なく躱せるはずだ。真面目に指南してくれようと耐えている姿勢に、かえって劣情を煽られる。もみ合っているうちに「拘束するならうつ伏せにしろ」と言い出したので、その言葉通り、ひっくり返して四肢の関節を取り押さえた。ほらこれで動けないぞと言いたげに、女は体幹をもじもじ動かして、首を捻り柴を見上げた。苦しいのか目尻に溜まった僅かな涙に、嗜虐心がむくむくと湧き上がる。思わずニヤついていると、柴の下敷きになりながらも女は不敵にほくそ笑む。
「だが、まあ、私は片手でも、妖術は使用可能だ、から――」
抑え付けられてぺしゃんこに潰れた乳房にかかるレース下着と、乳輪を取り囲む真珠が先端を刺激しているようで、僅かに背中が震えている。こんなになってまで反撃しようとする女を押し潰すように全体重をかけると、いつもとは明確に異なる、性感を孕んだ小さな喘ぎが漏れた。
「……んッ、ひっ!」
すけべな下着を着せられていることは理解できていないが、この反応から察するに、性的な感覚までは忘れていないようだ。
「そら雄と雌やったら、雄のほうがデッカイですもんねェ。センパイはなんやかんやゆーて、オンナノコ。ま、所詮身体の小さい雌やし」
「おまえッ! なんか、硬いので、押してるだろぉ……! そこ、よぉじゅつ、関係ない……!」
柴はすっかり膨らんでしまった陰茎で尻の割れ目を擦った。下着としての機能を全く果たしていない紐からはみ出た弾力のある肉に包まれて、みるみるうちに硬さを増していく。もっと押し付けて、このまま突っ込んで、めちゃくちゃに掻き混ぜ、立場をわからせてやらねばなるまい。
「センパイのやらかい尻肉のせいで勃起してもーたから、なんとかしてくださいよ」
「……?? ぼっき、て……? へんな言葉、つかって、ごまかすな……!」
「エロい声出してケツ揺らしてますけど、これも訓練?」
「柴、おまえッ! 調子にのるなよ……! そこになおれっ」
女は次第に、柴の動きに同調して腰を揺らし始めていた。布越しに伝わる熱くて硬いモノが一体何なのかよくわからないが、身体を突き抜ける電撃のような甘い快感に抗えず、本能的に受け入れたくなっている。それでも口先だけで強気に反撃しているさまを見ながら、柴は得も言われる征服感を覚えた。身体は完全に雄に屈服して尻を持ち上げ、薄桃色の肛門と濡れそぼった陰部を無防備に晒している。まるで早く種付けしてくれとでも言わんばかりにヘコヘコ腰を振って、男を誘っていた。
「すけべなことは全部忘れても、気持ちいいのはわかるんや。なんやねんそれ」
「わけのわからないっ、馬鹿なことをッ……! ふざけて、ないでっ、退けッ! これは、めいれいだぞぉっ……!」
「はー……、尻の肉、めーっちゃムチムチで、さいこー……」
「あぅ、ン、……も、こするな、ゆれるなァ!」
ほとんど抵抗らしい抵抗もなくなり、拘束を緩めても逃げようとはしない。与えられる快楽に身をゆだね、みっともなく性器を晒して足を開き、雄に媚びて腰を振る。そのたび陰核に真珠が擦れて、頭の先からつま先まで稲妻が駆け巡り、無様に震えるしかない。ぐちゃぐちゃと粘液を掻き混ぜるような音が部屋に響くのを聞きながら、女は呻き声をあげ、今までにない大きな波に飲み込まれていく。
「あれ。ビクビク震えて、大丈夫ですか?」
「ぅ、んんんっ! へんなのっ、なんでぇ……?」
女はもう、何が何だかわからなくなっていた。自分はいったい、ここで部下と何をしているのだろう。これは人として正しい行いなのだろうか。正しさとは一体、だれが決めるのか――。何度雷に打たれても頭の中はまだ靄が掛かったようにはっきりせず、何かを掴めそうで掴めない妙な感覚がずっとある。その不快感から逃げるように、腰を揺らすと得られる快楽に溺れていく。
「センパイはいま、自分よりデカい雄に押さえつけられて興奮して、エロ下着でクリ擦られて、気持ちよくなってイッてるんですよ」
「くり……? イッてる……? ……また、さっきのっ! イッってるに、なる……!」
「そういうときは、ちゃんと『イク』か『イキます』って言わんと。訓練中やしわかりやすく指導してもろていいですか。後進の育成も業務ですよねェ」
「イク、イクっ! イキますっ……!」
またあの波がくる――。そう思って身構えた途端、男の動きがぴたりと止まった。あのまま迫りくる快楽に身を任せ、ブッ飛ぶくらい気持ちよくなりたいのに。息をする方法を忘れてしまったのかと思うくらい、苦しくて、辛くて、助けて欲しい。自分に覆いかぶさり快感を与えてくれている男へと懇願するべく、視線を向ける。はあ、はあ、と荒い呼吸を整えようと意識しながら首を捻ると、視線の先の相手もまた、余裕なく息を荒げていた。いつもみたいに不遜な表情をしているかと思ったのに、眉間に皺を寄せて切なそうにしている。彼もまた、何か苦しい思いをしているのではないか――。長い付き合いの部下を助けてやりたい。その一心で男の頬に手を伸ばすと、にべもなく振り払われてしまった。
――そうだ。これは、訓練だったか。
女の手が力なく、ぺしゃりと布団に落ちた。そういえば、無防備な状態から敵襲にあったらどうするか、という話だったはずだ。何がどうなっているのかはわからないが、これも訓練の一環であるならば、双方納得するまで続けなければならない。なかなか思考は纏まらない。とにかくこれを続けるしかないと考え、また腰を男の股座に押し当てた。痺れるような感覚が全身を貫き、呻き声が漏れてしまう。
「誰にどうされて、どこが、どうなったから、イったんか。説明お願いします。実践で困るん俺やし」
「柴に、おしり、カタいので、ごしごし、されて……! おまたの、まるいのが、こすれたらァ……! イク、になったッ……!」
いつも自分にだけ異様に厳しい先輩の、思いもよらぬ、か弱い姿。一人で一個師団を殲滅可能とまで言われる実力者が、今は一匹の雌として自分を求める姿に、形容しがたい征服感を覚える。 演習でさえ勝てたことのない相手が、自分の下敷きになって涙を流し、喘がっている。挙句の果てにはびしゃびしゃに潮を吹き、更なる快楽を要求して腰を振る。これは果たして、現実なのだろうか。以前と同じように、夢の中の出来事かもしれない――。
「部下の勃起チンポでケツ擦られてたらスケベな気持ちなって、エロ下着についてるパールにクリトリス擦られてクリイキしたってことやな」
「ぅっ、ぁ、いま、イッてます……! 部下の、ちんぽ……!! ま、またぁ……っ! クリイキ、ぁ……、イクっ、イクッ……!」
でもあの日見た夢とは、少し違う。もしかしたら、あのとき柴も、おかしな妖術を掛けられたのかもしれない。だから衝動が抑えられず、曲がりなりにも大切な人の一人である相手に、こんな行為に及んでいるのだろう。そうだとしたら、どうしようもない。最後まで続けて、倒れるまで、二人で快感を貪り合うだけだ。
すんでのところで思いとどまっているが、お互いにもう、限界が近づいていた。このまま、ナカに欲しい。このまま、ナカを抉りたい。どちらも取り返しのつかないところまで来てしまっている。
性的な知識が欠落していても、快感を得たいという本能には抗えないらしい。女は尻を上げて秘部を晒し、交合を望む。男は尻の割れ目を擦るだけでは飽き足らず、ぬるぬるした穴に切っ先を向けた。このまま奥まで突っ込んで、好きなだけ突き上げ、精液を撒き散らしたい衝動に駆られる。この雌と番い、孕ませてやりたいという欲望を発散させることこそが、この世に生を受けた意味ではないかとさえ思えるほど、性欲に支配されてしまっている。
いつの間にか下着を脱いでいた柴の熱い陰茎が、女の陰部を直接撫でた。粘液を掬い上げるように膣口と陰核を擦っていると、女はついに耐え兼ねて脱力し、ぺしゃんこに潰れた。全身をピクつかせて痙攣し、体液をあふれさせた。尻の肉が不随意に震え、快感の強さを物語る。
「うわ、エロッ……。震えて喘がって、ほんで潮吹きって……。戦闘だけやなく、こっちの才能もあるみたいで」
「おま、えッ! しば、おぼえてろっ……! あッ、イくぅ……! ぉ……ひっ……!」
覚えていろと言われたのだから、未来永劫忘れないよう、記憶に刻み付けておかねばなるまい。もの欲しそうに身体をヒクつかせ、交尾を誘う上司の痴態を。
既に十分すぎるほどに濡れているが、さすがに中は少しほぐしてやらねば辛いだろう。試しに指一本、ゆっくりと差し込んでみる。肉壁はうねり、ぬるぬるの粘液がグジュリと音をたてて溢れ出た。二本目を差し込み、指の関節を腹側に曲げて反応を確かめる。女性が気持ちよくなれる場所がこのあたりにあるからだ。案の定、この女にとっても相当に好かったようで、言葉にならない声をあげ、再び潮を撒き散らしながら悦んだ。
次に、もう少し奥のほうもいじってみる。子宮口と思われる弾力性に富んだ肉輪に指先が当たると、あまりにも強すぎる快感を怖がって逃げようとした。そうはさせまいと腰の辺りを押さえつけ、コリコリした場所を集中的に弄ぶ。すると、もはや獣同然の喘ぎを漏らし、全身を痙攣させながらまた果ててしまった。
「ここもドロッドロに溶けて、もう準備万端やん。もー、センパイ。俺でよかったですねえ。こんなどすけべな本性、敵にバレたら大変や」
「ふぁ、ぁっ、イキますッ……! イくッ! ……は、ぅっ……、イクぅ! へんに、なって……、も、やらァ!」
嫌だと口にはするくせに、全く逃げようとはしなかった。いつも訓練場で弄ばれているのは柴のほうだったが、今日は立場が逆転している。実力では明らかに女の方が上だから、このまま力ずくで逃げ出せばいい。それなのに今も枕に顔を埋めて声を殺しながら、苛烈な性感に打ち震えていた。うつ伏せのままだらしなく股を開き、部下にいいようにされる姿を誰が想像できただろう。妄想の世界でしか起こりえなかったことが、今、眼前で繰り広げられている。
どんな顔をして、どんな気持ちで、いつも厳しく叱責している部下相手に、いいようにされているのだろう。顔を見せろと言ってみるが、首を横に振って嫌だという。それならばと力任せに肩を押したら、大した抵抗もなくコロンと転んで仰向けになった。涙で濡れた目元を拭ってやると、ぐすぐす言いながら払いのけるふりをした。指についた涙を女の口元に運ぶと、赤い舌を見せつけるように絡ませてくる。――まるで、もっと欲しいとねだっているみたいだ。これは、この先を許されたと、考えてよいのだろうか。
真っ白い肌に漆黒の下着がよく映え、この世のものとは思えないほど美しい。瑞々しく艶やかな肌をなぞり、腹の辺りを撫でさする。すっかり熟れた秘部からはとろとろの蜜が流れ落ち、早く、早くと、男を誘っていた。
見せつけるようにして、痛いくらいに勃起した陰茎をわざとらしくゆるゆると扱き上げる。これで殴って、自分だけの雌にするという、下品な欲望を解き放ちたくて仕方がない。願わくば、女もそれを望んで欲しい。期待でひくつく穴にあてがい、ぴたぴたと叩く。女はわずかに上体を起こして、ギラギラした目でその光景を眺めていた。
――ほら。欲しいと言え。自分で掴んで突っ込んで、動いてくださいと懇願しろ。
腹の底に溜まっていたどす黒い欲望が噴出して、自制が効かなくなってきている。
「ぐちゃぐちゃの穴にコレ突っ込んだら、もっといっぱい気持ちよくなれますからねー。力、抜いてくださいよッ」
「ぁっ、あァ……! くる、くるぅッ! んっ、やっ……ッ! ぃ、やァっ、ぁっ、ぅ……!」
女は何度も気をやって失神したが、そのたび叩き起こされた。一体いつまで続くのだろうと逃げ出したい自分と、このまま何もかも忘れて楽になりたいと身をゆだねる自分がいる。
結局二人は寝食を忘れてまぐわい続け、気が付けば空は白んでいた――。
***
「後はお察しの通りや」
「いや後ってなんだよ! 僕は何も察してないぞ。このことは上に報告しておく」
結局最後まで猥談を聞かされた薊は、三徹したときと同じくらいの激しい疲労を感じていた。しかも柴の言うことがもしも本当ならば、二人とも懲戒対象になる。まあそんなことあるわけないだろうとは思いつつ、一応忠告はしておかねばなるまい。自分の立場を守るためだ。もうこれ以上巻き込まれたくない。
「冗談やって! これも夢オチやから! 全部俺の妄想やし!」
「夢と言ったらなんでも許されると思ってるだろ」
やれやれと弁当箱の蓋を閉じ、風呂敷で包む。これ以上ここに長居は無用だ。長引くとろくなことにならないと、薊の妖術師としての勘がいう。しかし柴は、そそくさと立ち去ろうとする友人の態度を何ら気に掛けることなく、話し続けた。
「まあな。でも実際、なんかおかしいっていうのはあるで。いつもやったらちょっとセクハラっぽい発言でもプンプン怒るくせに、何言うてもお咎めなしや。もう自分でもわけわかってへんのちゃうか。だいたいな、普段からあんなムッチムチのエロい身体晒して偉そうに闊歩してるのがアカンねん。こうなったら誰にナニされてもおかしないやん。だからな、悪いヤツらに騙される前に俺がなんとかしたらな。今アイツは完全に無防備な状態やねんから、俺がイチから正しい知識を教えたる。これがほんまの優しさやと思うで。変な奴らに仕込まれてメス堕ちさせられるより俺が――」
もう無視して立ち去ろうと、薊が立ち上がり踵を返す。すると二人の後ろにいたある人物が、怒りの炎を燃やしていることに気付く。
「ぁ。柴、うしろ……!」
「あ゛?」
一度あることは二度あるものだ。いつかと同じような光景に、二人は一気に血の気が引いた。
空はどす黒い雷雲に覆われ、雷鳴が轟く。周囲の草木はみるみる枯れて、小鳥や小動物はバタバタと逃げ出した。
「柴ァッ……! 貴様ッ……! そこに直れッ!」
「ひッ⁉ ちゃいます! 全部妄想なんです!」
「薊! またお前もか! 同罪だ! そこに直れッ!」
「申し訳ありません! 全てはこいつの幻覚です!」
出会ってゼロ秒で本能的に最敬礼をとり、流れるように謝罪しても怒りは収まることなく、いつものように柴は連れ去られてしまった。友人を犠牲に薊は難を逃れ、申し訳程度に無事を祈っておいた。
***
これは後になってわかったことだが、教祖の妖術の正体は〝健忘〟であるという。術中に在る者が忘れたいと願ったことを一時的に忘れさせるという力だ。この力を悪用し、人の弱みに付け込み、布施や施物を不当に搾取していたらしい。誰にでも忘れたいことの一つや二つ、あるものだ。青春時代から軍に身を置いて壮絶な戦争を生き抜き、艱難辛苦を重ねてきた彼女が、何を忘れたいと願い、無垢になってしまったのか――。
***
演習場の扉が閉まると、二人きり。女の荒い息だけが聞こえる。
生意気な部下がニヤリと笑う。
「いやホンマ、俺でよかったですねえ。先輩の本性、バレたら大変や」
女はやれやれとでも言いたげに溜息を吐き、それから、僅かに目を細めて笑った。
どこまで記憶が戻り、本当は何を望んでいるのだろう。妖術が解け始めたいま、真実は本人にしかわからない。