俺にだけめっちゃ厳しいセンパイがホンマはこんなにどすけべやったなんて聞いてへん!

第1話

 薊が遅い昼食をようやく終え、少し休憩しようと訪れた中庭。ほっと一息ついたのも束の間、いつになく深刻そうな表情をした柴が近づいて来た。いつもうるさくしている人間が大人しいとき、良いことが起こるはずなど無いと相場は決まっている。薊の座るベンチへ真っ直ぐ向かってきた柴が言う。

「聞いてくれや、薊」
「どうせろくな話じゃないんだろ。聞かないぞ」
「こないだの忘年会の帰り、酔っ払ったアイツ送らされたやん」
「待てそれ以上言うな」

 それ見たことかと、薊はそっぽを向いた。柴の言う〝アイツ〟とはもともと二人の先輩でもあり、ここ神奈備では上官にあたる。実力でのし上がっているだけあって、もちろん腕は確かで二人も日々嫌というほど鍛えられていた。そんな彼女が先日の忘年会で珍しく酔い潰れ、隅の方でずっと眠っていたことは記憶に新しい。もともとあまり酒は飲まないようだが、座った席が運悪く酒豪の隣だったからか、ペース配分がうまくいかなかったのかもしれない。忘年会のほとんどを寝ていたから、柴は「いっつもうるさいのが大人しいからラッキーや」なんて言って喜んでいた。けれど最後は結局、フラフラで今にも吐きそうにえづいている酔っ払いを送り届けるという面倒事を押し付けられていた。半泣きで先輩を負ぶり「絶対吐かんといてくださいよ!」と叫ぶ柴の背中を薊が見送ったのが、数日前。

「あの後、大変なことになってん」
「いや本当に聞きたくない。僕を巻き込まないでくれ」

 先輩は特に柴には昔から厳しく、目の敵にしていた。単に気に入らないからというわけではなく、柴の素行が著しく悪い、というのもあるだろう。しかしそれだけではない何かがあるのは、単なる気のせいだろうか。

 それ以上言うなと制止したのに、全く聞く耳持たずの柴が続きを話そうと口を開く。薊の妖術師としての勘がいう。この先は危険だと。

「玄関にアイツ降ろして帰ろう思たら――」
「おいやめろって言ってるだろ」

 わかってはいたが、止まらない。一通り話せば落ち着くだろうし、何より柴とは古い付き合いだ。薊は大きく溜息を吐いて、しかたなく柴の戯れ言の相手をしてやることにした。

***

 背中からの声に言われるがままに進むと、小さいが立派な造りの一軒家に着いた。代々国に仕えた家系らしいが親族一同斉廷戦争で戦死し、今は先輩だけが残っていると聞いている。柴が「ハイ、着きましたよ」と言うと、バッグからごそごそと鍵束を取りだし「開けて」とだけ呟いた。普段柴を厳しく叱責している姿からは想像できない可愛いキャラクターのキーホルダーが付いていて、思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪える。ここでひと笑いでもしたら、後で何を言われるかわからない。とにかくコレを家の中に置いて素早く立ち去ろうと、柴は立派な門扉の鍵を開けた。苔むす灯籠や美しく剪定された庭木を横目に、塵ひとつ無い石畳を歩く。なぜか家の外よりひんやりするのは、庭の草花によるものだろうか。

「柴、送らせてすまなかったな」
「滅相もございません。責務は果たしたので、これにて失礼します」
「おっと、悪い」

 上がり框に腰掛けさせたあと、ふらふらと頭を揺らしながら靴を脱ごうとしたとき。そのまま前のめりに倒れ込んだ先輩を咄嗟に柴が抱きかかえた。ほんのりと汗ばみ薄赤く火照る首筋が視界に入り、慌てて柴は目を逸らす。負ぶっているときはわからなかった女特有の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐり、むらむらと疚しい気持ちが湧き上がる。いつもの制服ではないせいか、ボディラインがはっきりわかって、先ほどまで背中に当たっていた柔らかいものは先輩の乳房だったのだと気付く。思い返せば支えていた太ももはムッチリと肉付きが良く、首に回された二の腕は柔らかい女のそれであった。

「ハハ、連日のクソ長しょーもな会議でお疲れなんちゃいますかね? 下っ端にはわからん世界なんで、申し訳ないですけど」
「国民の安全のためだ。仕方がない」

 抱えた先輩の靴を脱がせ、立ち上がりを手伝ってやる。全然自分で動こうと努力せず肩を貸すしかないが、身長差のせいでうまくいかない。改めて見ると、こんなに小さかったか、と柴は驚いた。いつも怒られ過ぎて常に最敬礼の平謝りを連発しているから、こうやって見下ろすなんてことが無いせいだろう。

 こうするしかないんですよ、という建前のもと、よっこらせと横抱きにして持ち上げる。こんなことをしてしまい、毎度おなじみ「柴貴様そこに直れ!」の怒号が飛ぶかと思いきや、素直に首に手を回してきたうえに柴の肩口にもたれ、完全に身を預けてくるではないか。これはまずい状況になってきている、と柴は思った。

「……落とすなよ」
「え~。どやろ~。落とされんのイヤやったら、しっかり掴まっといてくださいよぉ」

 適当な返事で様子を伺う。いつもならヘラヘラするなと怒られるのに、今日はやはりいつもと違って何も言ってこない。珍しくしおらしい姿を見て、柴の嗜虐心が煽られる。普段はあんなに厳しいくせに、ちょっと酔えばふにゃふにゃして無防備に男を家に上げるなんて、危機管理がなってない。隙を見せるな、なんて、いつも自分が言っていることではないか。

「あのォ、とりあえず、上がらしてもらいます。コクミンの安全も大事ですけど、タイセツなセンパイが安全に休めるまで確認しないと、ねえ?」
「ふぅ、お前にこんな情けない姿を見せるとは……」

 弱々しく話すたび、熱い吐息が柴の首筋をくすぐる。もう少しで唇が触れてしまいそうなほど密着しているのに、本当に何とも思っていないのだろうか。思い返せば自分にだけやたらと厳しい態度をとるのは、好意の裏返しではなかろうかなどと馬鹿げたことまで考えてしまうほど、いつもと違い過ぎる。

 言われるがままに室内を行く。寝室は一番奥だという。襖を開けると橙色の常夜灯がぼんやりと点いた六畳程度の和室に着いた。ほんのりと白檀が香る。中央には布団の上げ下ろしが面倒になり、最近買ったという大きなベッドが置かれていた。別に聞いていないのに、先ほどからこういった情報を漏らしてくる。一人暮らしには適さない大きな屋敷でぽつんと暮らす女の姿を想像すると、なんだかすごく寂しい人に思えてしまう。真っ白なシーツが皺ひとつなくかけられている一人用にしては広すぎるベッドに、誰かと眠ることはあるのだろうか。

「完璧超人に見える先輩もただのニンゲンやったってことで」
「誰にも言うなよ。今日のことは、お前と私だけの秘密にしておいてくれ……」

 寝室に入れるということは、それなりに気を許されているからだと思う。半開きの眠そうな目で柴を見上げる女は、どういう感情を持って部下を家にあげたのだろう。とろんと濡れた瞳が艶やかで、ぽかんと開いた口から漏れる熱い吐息が欲情を煽る。お互い酒が入っているせいか、身体がぽかぽかと火照っている。布越しに触れているのにわかる、お互いの鼓動が、早まっていく。柴の頭の中で、突然プツンと何かが切れる音がした。

 ズカズカとベッドの前まで進み、女をシーツの上に降ろす。乱れたシャツから臍が見え、くびれた腰はあまりにも細い。簡単に捻じ伏せられそうな弱い雌に、いつも酷い目にあわされてきた。理不尽な叱責。訓練という名の過剰なしごき。そんな女が、この状況でもまだぼんやりしているだなんて、本当にどうかしているとしか思えない。むしろ、この先を望んでいるのではないか。送り狼上等だと、挑発されている可能性さえある。いいだろう、乗ってやると、柴はにやりとほくそ笑む。

「そりゃあもう、誰にも言うワケないですって。センパイがこんな、どすけべな人やったなんて、ねッ」
「ちょ、バカ‼ なにを、するッ……、このッ……! やっ、やだッ」

 女の上に跨り、肩を押さえつけて頬を掴む。手足をばたつかせて抵抗しているが、その程度で勝てるわけなどないとわかっているはずだ。そもそも本気で抵抗するなら、いつもみたいにやればいい。それをしないということは、やはり、そういうことに違いない。潤んだ目からぽろりと涙が一粒零れた。苦しいのかもしれない。しかしここまで挑発されて、今更止めるつもりは無い。

「なんぼ後輩とはいえ、男の前で晒す顔ちゃうやん。エロすぎ」
「んぅ、も、……だ、だめ、や、やめろぉ……」

 柴がわざとらしく音を立てて唇を貪ると、イヤイヤと言いながら首を振った。そのくせ舌を入れたら絡めて吸って、ふうふう息を荒げながら必死に口付けをねだる。女の口の中は熱く、わずかにアルコールの匂いがする。酒のせいでこうなっているのだから仕方がないと言ってみると、何かふにゃふにゃ言い訳のようなことを言って、また吸い付くように唇を重ねてくる。

「やめろ言いながら舌出して、これだけでそんな顔してたら、この先どうなるんですかね」
「これ、いじょぉ、触ったらアッ……! ゆ、るさ、ない、か、らぁ……!」

 言っている事とやっていることは正反対で、文句を言いながらもちゅぱちゅぱと卑猥な音を立ててキスをねだり続けている。柴の頬に添えられた手のひらはじっとりと汗ばみ、あまりの必死さが可愛く思えて仕方がない。出来の悪い部下に組み敷かれ、我を忘れて夢中になるほど発情している姿に欲情するなというのは無理な話だ。もはや抵抗をやめた女の服を脱がせると、清楚なレースをあしらった艶美な下着が見えた。柴には女性の好みというものはよくわからないが、女同士でよくいう〝可愛い〟からはかけ離れた、男受けを狙った真っ白の上下揃いのものだ。余計な装飾があまりない、純朴な感じが逆にそそられる。これをわかって選んでいるとすると、やはり今日の出来事は何らかの意図を感じずにはいられない。

「へえ。意外とやらしー下着着けて」
「ばかッ、みるなっ……、も、ずらしちゃ、だめぇ」

 ブラジャーのカップをずらすと、想像より大きな乳房がふるふると揺れた。ふっくら大きめの乳輪の真ん中に、小さいながらもピンと立って主張する可愛らしい乳首がある。綺麗な薄桃色を見る限り、あまり慣らされていないのかもしれない。柴が指先でツンと触れると、女はピクリと身体を震えさせた。期待に満ちた瞳で次の刺激を待ち望んでいる。周りをなぞるように擦りながらたまに突起に当ててやると、その度に小さな喘ぎを漏らし、震えて悦ぶ。本当は舐めしゃぶって抓り上げてやってもいいが、まだもう少し、反応を楽しみたい。それにこの調子じゃあ、そのうち耐え切れず自分から強請ってくるだろう。

 触れるか触れないかのじれったい愛撫を続けていると、予想通り女は困ったような顔をしはじめた。ぷちゅぷちゅと可愛らしかった口づけが、じゅるじゅると卑猥な音を立てて舌を出し入れし、歯列や上顎をなぞってくる。あからさまな誘いが可笑しくてしかたがない。キスには応えてやるものの、胸への刺激は変わらず触れるだけ。そのうちに腰をゆらゆらと揺らし始め、柴の大腿に股座を当てて勝手に良くなろうとした。

「スケベな期待で乳首ビンビンに立たせて、こっから先、期待してます?」
「そん、な、わけッ……! ぁ、ゃ、ンぅ……! や、らめェ‼」

 そろそろいいかと、勃ちきった乳首を軽く抓る。その瞬間に腰を跳ねさせて喘ぎ、挙句の果てにはプシュ、と潮まで吹いている。ここぞとばかりに抓んで捻って弾いてやると、「ンひィ……!」だとか「イ、くッ……!」だとか卑猥な喘ぎ声を出しながら、滅茶苦茶にイキまくっている。ビクビク痙攣しながらもなんとか下でも気持ちよくなろうと股間を突き出しては、柴の身体のどこかに当てるべく快感のままに腰を反らす。

「えー。さすがにチョロすぎません? 乳首いじられて即イキって、悪いやつらに捕まりでもしたらどないしましょ」
「やらッ、も……、やめて、くだしゃいっ……! ゆるしてェ……!」
「そうゆうの逆効果って知らんの?」

 快楽に支配され何も考えられなくなっている、いつも柴にだけ厳しく当たる怖い先輩。今は全然、怖くもなんともない。男に媚びてヘコヘコ腰を揺らし、言葉にならない喘ぎで雄をねだるただの雌だ。

 それから二人は、時間を忘れて何時間もまぐわった。空が白んでも止まるところを知らず、お互いからっぽになるまで貪り続けたのだった――。

***

 過去一番のキメ顔で柴が言う。

「……っていう夢見てん」
「夢オチにしても、公衆の面前で話していいことじゃないだろ」

 結局最後まで夢で起こった猥談を聞かされた薊は、心底うんざりしていた。途中で何回も「止めろ」「聞きたくない」と止めてはみたが効果なし。ただの妄想を延々垂れ流され休憩時間も終わり、休むどころかどっと疲れが押し寄せてくる。

「あの夢以来、アイツのことめっちゃ可愛く見えてしゃあないねんけど。これって恋?」
「知るか」

 先ほどから薊のことなど全く意に介さず、自分の言いたいことだけを話し続けている。しつこく「胸が苦しい」「やばい好きかも」などとぬかす柴を置き去りに、薊は立ち上がった。これからまだ仕事があるというのに、もう既に夜まで働いたくらいに疲れてしまった。夢で見た子を好きになるなんて小学生じゃあるまいし、いい年をした大人が何を言っているんだと大きな溜息を吐く。もう放っておくしかない。

「いやでも、現実の鬼畜ぶりとは違って夢ではハチャメチャに可愛かったわ〜。今日も朝から立ってただけで怒鳴られてんけどな。でも、ほんまは俺のこと好きなんやろ? って思ったら許せるし。それにこのダボッとした制服で目立たへんけど、脱いだら出るとこ出ててたまらんねんコレが。ほんで鍛えてるからか知らんけど締まりも最高や。トロ顔で『とうごくんのおちんぽくだしゃあい……♡』言うてくるんやで。普段の高飛車な態度とのギャップが――」

 薊が踵を返して立ち去ろうと後ろを向く。するとある人物が視界に入り、一気に血の気が引く。

「ぁ……、柴、うしろ」
「え゛?」

 鼻の下を伸ばした間抜け面のままの柴が振り向くと、鬼の形相の先輩が仁王立ちになっていた。あまりの怒りに周囲の草花が次々と枯れてゆく。先ほどまでは晴天だったのに、分厚く真っ黒い雲が空を覆い、雷鳴が轟く。

「柴ァ、貴様ァッ……! そこに直れ!」
「ヒィッ⁉ ちゃうんです! 夢の話してただけなんです!」
「薊! お前も同罪だ!」
「申し訳ありません! 全てはこいつの妄想です!」

 きっちり九十度の最敬礼で流れるように謝罪を繰り返し続けるも怒りは全く治まらず、柴だけが演習場へとズルズル引き摺られていってしまった。遠ざかる二人のほうから「薊~助けてくれ~裏切者~」と叫び声が聞こえるが、最初から最後まで何も裏切るようなことはしていない。

 薊は耳から首筋まで真っ赤になってプンプン怒る先輩が、いつもと違って明らかに動揺していることに驚いていた。これはもしかしたら、もしかするかもしれない。

 遠ざかる後ろ姿はいつものダボッとした制服ではなく、訓練用の運動着だった。確かに柴の言う通り、意外にも出るとこ出ててたまらんな、と思った。その瞬間、柴の絶叫が神奈備本部に響き渡り、これ以上何も考えてはいけないと思考を放棄し、仕事に戻った。