その日は蒸し暑かった。近年ゲリラ豪雨が多くここのところも頻発していたが、まさか自分が降られることになろうとは。湿った空気の匂いがすると思ったらゴロゴロと雷が鳴り響き、あれよあれよという間に空は真っ黒な雲に覆われ、土砂降りに見舞われた。なんとかコンビニに駆け込んで雨の被害は最小限で済んだが、店外には上着や鞄をかぶって走っている人々が見える。横殴りの雨風が容赦なくコンビニのガラスを叩きつけバチバチと大きな音が鳴った。アスファルトに落ちた大きな雨粒はたちまち水たまりとなり、跳ね返った水が足元を濡らす。これでは傘を買っても意味が無さそうだと諦め、しばらく雨宿りをさせてもらうことにした。同じような客が私以外に数人いて店内をあてもなく彷徨っている。皆同じ気持ちだろう。おやつでも買おうと財布を出したが、現金を全く持っていないことに気付いてATMを操作しているときに携帯が鳴った。七海だ。今日は彼の自宅へ行く約束をしている。
『凄い雨です。迎えに行きます』
「コンビニに避難させてもらって止むのを待ってるところ」
『店内で待っててください。直ぐに行きます』
「すぐに止むと思うよ。濡れちゃうし家で待ってて」
『……早く会いたいんです』
「ふふ、分かった。気を付けて来てね」
電話越しだが七海が目を細めて口角を下げた顔が浮かんできて思わず笑ってしまった。早く会いたい気持ちは私も同じだが、雨雲レーダーを見る限りこの雨はそう長くは降り続かないとわかっていた。それでも迎えに来てくれるというので、素直にその好意に甘えておくことにする。位置情報から私がどこにいるのかわかっているはずなので、すぐにやってくるだろう。
予想通りすぐに雨脚は弱まり雲の隙間から晴れ間さえ見え始めた。レジでチョコレート菓子の清算を終えてコンビニを出る。出入り口の脇で軒先からぽつぽつと雨粒が落ちているのを見つめていると、背中の方から声を掛けられた。声の方向へ振り向くと同じ年代であろうスーツ姿の男がいて、知り合いかと一瞬考えたが全く知らない人物だった。髪と肩口を濡らしたその男は人好きのする顔立ちをしており、私に向かって「凄い雨でしたね」と言ってにこりと微笑んだ。何の邪念も感じられない通り過ぎざまの挨拶だと思い「そうですね」と答えた時、反対側から乱暴に肩を引き寄せられよろめいていると、見慣れた色の布地が視界に入った。それが誰だかわかったので自然と頬が緩む。
「あ、建人。早いね」
斜め後ろ上にある七海の顔を見ると眼光鋭く、視線の先には雨宿りの同士であるサラリーマンがいた。
「失礼。彼女が何か」
私の呑気な声とは裏腹に怒りを孕んだ低い声で七海が男へと問う。男は面食らって「いえ。それでは」と言って足早に去っていった。七海は私の肩を更に抱き寄せて身体をくっつけ、男が立ち去って見えなくなるまで動こうとしなかった。有無を言わさぬその態度がいつもの七海とは違って少し怖い。どうしたのかと尋ねようとしたら手をグイグイと引っ張って大股で歩き、道路の脇に寄せられた助手席の扉が開かれた。乗り込もうと身を屈めたらそのまま車内へ押し込められ、バタンと大きな音を立てて扉が閉められる。七海は私の方を見向きもせず運転席へどかっと乗り込み、ハァー、と大きく長い溜息を吐いた。エンジンをかけずにハンドルにもたれこむと、再び溜息を吐いて視線を私の方へと向ける。
「ああいうのはやめてください」
「え?」
不快感をあらわにするその言葉が七海から発せられたことが信じられず聞き返す。
「知らない男に気を許さないで」
「雨の事で一言喋っただけだよ」
気を許したつもりなどないのだが、七海にはナンパに着いて行こうとしているように見えたのかもしれない。そもそも大きな誤解をしているし、知らない男に易々と着いて行くわけがない。それでも七海はその雰囲気を和らげることなくハンドルへ預けた身体を起こしてサングラスを外し、ぐっと鼻根を揉んだ。車内に重苦しい空気が漂っている。七海から放たれる刺々しい冷気は目に見えないはずなのに、晴れ間が見えたはずの空も私の気持ちもどんよりと暗くさせた。何もやましいことなどない。勝手に勘違いをして拗ねているだけだ。黙り込む七海に何か言ってやろうとした時、フロントガラスに滑り落ちる雨粒へ向かってぼそぼそと聞き取りにくい声で喋りはじめた。
「随分親しげに見えた。距離も近い。嫌な気分です」
「誤解だよ。でも、次から気をつける。ごめんね」
随分と大人げないなとほんの少しだけ思ったが、すぐにそんな考えはかき消して謝罪する。それでも冷たい雰囲気は緩まず、責めるようにじっとりと私を見つめた。
「……いえ、すみません。子どもじみたことを。心配なんです」
「心配する事なんて何も無いよ。全然モテないしそもそも出会いなんて無いもん」
「そうだといいんですが。もう少し異性に対して警戒心を持ってください」
私なんかきっと誰も気に留めていない。この世に存在するその他大勢の一人で、先ほどの男もほんの気まぐれで声を掛けただけだ。それなのに、七海ほどの男がすれ違って挨拶をした程度の人物に嫉妬しているらしい。彼は客観的に自分を見つめることができていないのかもしれない。ほとんどの男は七海に敵うはずは無い。容姿も、性格も、収入も何もかもそこら辺の男とは比較対象にもならないのに。そんな七海に私が女として求められているのだということがわかり、安心すると共に勝ち誇ったような気持ちになった。このときの私は、七海に対する評価を自分のもののように捉えていたんだと思う。
「私って信用無い?」
「いえ、そんなことは無い。すみませんでした」
「謝らないで。やきもち焼くなんて建人も可愛いとこあるんだね」
私がからかうような声を出して覗き込むと、久しぶりに耳まで真っ赤にして唇を噛む七海の姿があった。ここのところ滅茶苦茶に溶かされて赤くなるのは私の方だったのに、この日は違った。いつも完璧なテクニックで翻弄されているが、中身はずっと初心なままなのかもしれない。付き合った当初のように先輩風を吹かせて私は笑った。そんな様子を見て七海は「男に可愛いだなんて、どうかしてる……」と腹の底から絞り出すように呟き、いつものように大きな溜息をついて、何度も謝りながら甘ったるいキスをした。
その日はそのまま七海の家へ行った。玄関を入ったと同時に靴も脱がないまま壁の方を向かされたと思うと、息つく暇もなく下着を引き毟られて七海のものが入ろうとしてきた。何の準備もしていないので当然濡れておらず最初は痛かったのに、何度か入り口を擦られたら、いとも容易く粘液をどろどろと吐き出して蠢き、私の下半身は即座に受け入れ態勢を整えた。いつもと違った様子で乱暴にされているのになぜかたまらなく昂って腰を突き出してしまう。すると七海が剥き出しの尻をピシリとわざとらしく音を立てて何度も打つので興奮して震えが止まらず、ぐちゃぐちゃに突き上げられながら玄関で盛大に潮を吹いてしまった。上品な色の壁紙が私の体液で汚れてしまった事が申し訳なく「ごめんなさい」と謝ると、七海は地を這うような低い声で「二度と今日のようなことをするな」と言いながら私の肩甲骨に噛みついた。私が謝った事と、七海が注意した内容が食い違っていることはわかっていた。それでも、いつもと違う七海の様子に狂いそうな程のぼせ上っていた私は、もっと厳しく罰して欲しいという気持ちになって何度も謝った。その度に七海は私の背中に噛みつきながら激しく腰を揺らし、滅茶苦茶に突き上げてお仕置きをした。乳房を鷲掴みにして乳首を引っ張って弾き、クリトリスを摘まんで強く圧迫した。一度も七海から許しの言葉は無く、ハーハーと苦しそうに息を吸っては吐いて苦しそうに喘ぎながら私に強い刺激を与え続けるのだった。あまりの快感に何度も達してしまい、姿勢を保つ事さえ難しく足がみっともなく外側に開いていく。床は私が出した汁でびしょびしょになっているし、七海の高そうな靴も汚してしまった。ついに自分の身体を支えることができず、だらりと身体の力を抜くと七海が壁に私を押し付けて「この淫乱め」と強い口調で責めるので、それがどうにもたまらず何度目かわからない絶頂に達すると同時にビタビタと音を立てながらまたしても体液を垂れ流してしまった。
それからしばらく記憶がない。気づいたら汗だくでベッドに仰向けになっていた。目を開けたら七海の顔が目の前にあり、息苦しさを感じたと思ったら唇を塞がれていた。生温い水が口の中に入り込んできたので、こぼしながらも必死に飲み込んだ。七海が口移しで水分を取らせていると気付く。未だ下半身は繋がったままで、動くたびにグチグチと粘液が掻き混ぜられる音がしている。気を失っている私を介抱するでもなく、更にいじめていたらしい。
「は、はぁー……っ、も、やめて……」
「このまま、中出しして、孕ませて、閉じ込めたい」
「やだっ、中だめ、むり、ゆるして……!」
「フーーっ、冗談です、が、全然、止まらなくて、アナタのせいですから」
冗談を言っているとは思えない目の色に恐怖を感じる。罪人に死刑判決を言い渡す裁判官の如く鋭い眼差しで私を射抜いてベッドへと縫い付けた。そこから七海は好き勝手に私の身体を使ったが、それにどうしようもなく感じてしまい快楽の渦から抜け出せず、何度も何度も求め続けたのだ。
翌日早朝に七海に起こされるまで私は気絶したように眠っていた。真っ裸でシーツに包まる私を抱きしめ、七海は繰り返し謝った。あんまりにもしつこいので「もうこれ以上言わないで」と告げると、ますます小さくなりシュンとしょげ返ってベッドに正座をして「許してください」とまだ言うものだから朝食の準備で手を打つと伝え、なんとか七海を封じて二人でシャワーへと向かう。べたつく身体を流すとさっぱりと気持ちがいい。昨日の事も水に流したつもりなのか七海の手がいやらしく身体を撫でまわすので、またすっかりその気になってしまった私はそのまま浴室で彼を受け入れた。好きだ、可愛い、どこにも行かないでと囁きながら昨日と違って優しく抱かれ、時間を忘れて求めてしまったのだ。
なんとか遅刻寸前で会社に滑り込んだはいいものの、信じられないくらい身体がだるくて昼過ぎで早退して自宅に戻り次の日の朝まで眠った。社会人として最低だと思うが、身体も心も満たされて胸はいっぱいだった。七海に目一杯愛されていると再確認できてうれしいとさえ思っていた。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。