鍵を破壊して家に入ってくる

第6話

 七海と付き合って半年。呪術師の仕事が繁忙期に入りしばらく会えない日々が続いた。それでも彼は毎日のように空き時間に電話やメッセージをくれた。仕事の都合で時には深夜になることもあったが、私が電話に出るか返事をするまで何度もそれは繰り返される。そう、しつこいくらいに、何度も。内容はあって無いようなものだ。おはよう、おやすみ、まだ起きていますか、今帰りました。ただの挨拶だったが既読だけでは納得いかないらしく、返事をしなければ連続してメッセージが投下される。

『今どこですか』
『何をしてますか』
『見ているなら一言連絡を』
『心配しています』

 七海は五分と待てないらしい。料理中だと電話をかけてフライパンで半額のもやしといつ買ったかもわからない卵を炒める音を聞かせてやる。すると彼は電話口で安心した声を出して謝るのだ。

『しつこく連絡してすみません。私も腹が減ったんですが今からまた行かないと。最近全然アナタに会えない。寂しいです。おやすみなさい』

 そう言って一方的に電話を切る。私も一応呪術師の端くれとしてやることはやっているつもりだ。会社勤めの後に現場の巡回をしたり土日は遠方へ調査に行ったり二足の草鞋である分、そこらの適当なOLと違って多少は忙しいのだが。七海に休みが無い事はわかる。でもこの時期は同じく私も休みがない。このような生活を長く続けることはできないとわかってはいるものの、忙しさのあまり辞めることさえ億劫だ。以前会社を退職しようと考えて辞表の書き方を検索してみたことがある。想像以上に複雑でその話を上司にするものめんどくさくなり辞めるのをやめた。一度社会の歯車になってしまったら簡単に降りることはできないようになっているのだ。まあこんな私にも会社での立場が多少なりともあるし、微力だが呪術師として全く役立っていないわけでもない。それに、今の生活でプラスアルファの事を考える気力が無かった。とにかく疲れている。疲労困憊だ。毎日忙しい。きっと明日も明後日も。そんなことを考えながら雑に作ったもやし炒めを口に突っ込み、録画したアニメ映画を見ていると再び七海から着信が入る。

『これからの仕事が急遽無くなったので今から行ってもいいですか』
「いいけど、何も食べるものが無いから買っておこうか?」
『自分で適当に買ってすぐに行きます』
「わかった。気を付けて来てね」

 私の返事を半分以上聞かずに七海はまたすぐに電話を切った。切羽詰まった七海の声を聞くと彼も相当疲れているのだろうという事がわかる。会えない日々が続いて寂しさを感じるのは私も同じだ。でも、本当の事を言うと、今日はもうこのまま眠りたかった。とにかく身も心もくたくただ。こんな日は恋人であろうと人に会う余裕は無く断りたかったが、先ほど寂しいと言っていた声が心底落ち込んでいるようで可哀想に思ったので七海が来ることを許してしまった。今日はセックスするのだろうか。なんだかそんな気分じゃない。七海とのセックスは信じられないくらい体力を消費する。まず一回では終わらない。最近では彼が満足するまでひたすら続く。今日は何時に終わるのだろう。明日も仕事だと思うと憂鬱だ。そう思った私は七海が来る前に風呂を済ませて、もう今から寝るという体制を整えておくことにした。布団を被って眠っていてもいいかもしれない。

 そうと決まれば早く風呂を済ませるべきだと浴室へと駆け込んだ。ブラジャーをネットにさえ入れず洗濯機に放り込み、シャワーを出すと水だったが汗を流すには丁度いいとそのまま浴びる。七海から貰った超高級なシャワージェルを百円ショップのボディタオルに落として泡立てた。後で知ったのだがこれは想像していたよりも滅茶苦茶に高いものだった。絶対自分では買わないし、そもそも気軽に買える値段ではない。こういったものを彼はホイホイくれる。最近はお返しするものが無く申し訳ないので断っているものの、とんでもなく不服そうにしていた。自分がプレゼントしたいだけで見返りが欲しいわけではないと言うが、高価なものばかり贈られても気後れしてしまう。少し拗ねた姿を見てその時は可愛いなと思ったことを思い出す。彼は恋人に心底尽くしたいタイプなのだろう。そんなにされても私から彼に与えられるものは多くないのに、懲りずにまた色々とプレゼントをくれるのだ。今では家のあちこちに七海から貰ったものが置かれていて、どこを見ても彼の痕跡がある。この高級シャワージェルは浴槽に入れてバブルバスにもできるのだが、バスタブに湯を張ることさえ煩わしくシャワーだけにする。初めて使った時、女優とすれ違った時にしそうな匂いだと言うと七海は笑っていたことを思い出す。私は熱めの湯にさっと浸かってすぐに上がるのが好きだが、七海は長風呂が好きだった。湯船の中で私を抱きかかえている時間が一番幸せなのだと言っていたことも思い出し「フフフ」と一人で笑っていると、ピンポンとドアチャイムが鳴った。合鍵を持っているので勝手に入ってくるだろうと思って三回目のピンポンを無視していると、どんどんと扉を叩く音と共に七海が大声で私の名を呼ぶのが聞こえた。そのあまりの悲壮感漂う声色に慌ててバスタオルを掴み浴室から出て玄関の方を見ると、バキバキと何かが壊れる音がして血相を変えた七海が玄関に転がり込んでくるところだった。

「大丈夫ですか!?」
「えっ、何!?」

 二人とも呆気にとられしばらくポカンとしていると、ゴトリと玄関ドアからドアガードが落ちた。七海がドアをこじ開けて壊したのだ。

「何度も呼び鈴を押したのに出てこないし内鍵がかかっているし何かあったのかと……」
「お風呂入ってた。一人の時はロックしろって七海が言うから……」
「……すみません。弁償します」

 頭を抱えながら七海が項垂れている。わざわざ鍵を破壊してまで入ってくる必死さに驚きこれ以上言葉が出ない。流石にやりすぎだ。そう言いたいところだが本人は廊下に膝をついて首を垂れ、深々と反省し心底後悔しているようだったので何も言えなかった。やってしまったものは仕方がない。長い人生の中で時にはドアが壊れることもあるだろう。

「ええっと、大丈夫、だと思う。先にお風呂入る?」
「本当に、すみません。中で倒れているのかと……」
「もう、わかったから」

 項垂れながら七海は浴室へ吸い込まれていった。途中で扉が開いて「あの……、ちょっと、来てください」と私を呼ぶので何事かと思ったら、着替えを持ってくるのを忘れたのだという。私の私物は彼の家にたくさんあるが、普段七海がうちに来ることはあまり無いので着替えを置いていない。これからは置いておくべきだろう。女の一人暮らしの家に七海が着られそうなものなどあるわけがなく、コンビニで下着とシャツを買ってきてやったら大きな身体を縮こまらせて恐縮していた。ただこのシャツが男女兼用しか売っておらず、七海が着るには小さすぎて入らなかったのだ。こんな遅い時間に開いている服屋は近辺に無く、この日七海はずっとパンツ一丁で過ごした。暑い日で良かった。ドアの件も服の件も何度も謝り、タオルケットをかぶりながらコンビニのから揚げ弁当と焼きそばパンを食べる七海に安物の発泡酒を渡したら、更に小さくなって恐縮しながらも一気に飲み干したので笑ってしまった。

 食事を終えて下着だけの七海にくっついていると、何やらもぞもぞと不穏な動きを始める。私の耳元で「一回だけですから、お願いします」と七海は言ったが、結局始めてしまうと私たちは大層盛り上がって三回もやってしまった。終わったのは深夜三時。最後はお互いヘトヘトになってベトベトのまま裸で寝落ち。もちろん翌日はギリギリまで眠ってヘロヘロになって出勤した。

 そう。こんな日もあった。すごく眠くてとんでもなく疲れたけれど、彼の事を愛していたから心も身体も満たされて幸せな気持ちで朝を迎えたんだっけ。

 それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。