一週間後の二回目は更に良くなっていて何度も深々と達してしまった。まるで別人だ。何が起きたかわからず混乱していると、七海は満足そうに微笑んで私の事を何度も褒めた。かわいらしいだとか、上手にできただとか、私の肌を優しく撫でながら囁くのだ。あまりの上達ぶりに浮気でもされているのではないかと疑ったが、彼は照れくさそうに俯きながらこう言った。
「アナタに気持ちよくなって欲しくて、少し、勉強しました」
何をどこでどうやってと聞くと、女性の身体を勉強したのだと呟いたきり恥ずかしがってこちらに背を向けてしまった。男には共通して同じものがついている。形や大きさの差はあれど、それ自体は同じなのだ。だから特定の誰かでないと満足できないという意味が今まではよくわからなかった。事後に立てなくなることも無かったし、我を忘れてイキまくることも無かった。不思議な事に七海は違う。彼は特別だ。セックスと愛を結びつけたことは無かったのに、彼に抱かれていると紛れもない愛情を感じてしまう。これは愛の確認をするための行為だったとこの歳になってようやく気付いた。男女間の義務ではない。過去の男達とは全く違うセックスを体験してしまい、もう二度と七海から離れられないのではないかと恐れた。
それからというもの恋愛初心者マークだった七海はとんでもない成長を見せ、本当に何もかも完璧だった。会いたいと言えばどうにかして時間を作って会ってくれたし、疲れたと言うと大きな手で私の背中を押したり足を揉んだり、アロマを焚いたり音楽をかけたりと至れり尽くせりだ。センスの良い数々のプレゼント。ストレートで嘘偽りのない愛の言葉。そしてセックスは本当に最高で夢のようだった。初めての時からは想像できないくらい雰囲気作りもテクニックもどんどん上達していき、彼無しの生活は考えられなくなっていった。正直なところ、際限なく与えられる愛情に溺れていたし完全に甘え切っていたと思う。それほど七海建人は完璧な彼氏だったのだ。
この週末は珍しく七海にも連休があったようでとても喜んでいた。眠くなったら眠り、好きな時に身体を重ねて、お腹が空けば食事をする。そんな週末を過ごした私は浮かれに浮かれていた。毎日行くだけの仕事と惰性で続けていた呪術師の任務で流れるだけだった私の日々に、光が射しこんできた。空っぽだったところを七海が満たしてくれた。人は誰でも愛されたい。一方通行ではなく、愛している人から愛されるなんて奇跡だと思う。
土日を七海の家で過ごした私は軽やかな気持ちで仕事へと向かう支度をした。まるで新婚夫婦のようだ。私より出発が遅い七海に玄関まで見送られながら唇を重ねる。私たちは別れ際に必ずお互いの気持ちを確認し合っていた。初めてデートをした日から続いているルーチンのようなものだ。大抵七海が「アナタの事が好きです」と言ってくるので、「私も好きだよ」と返事をする。それから「またね」と別れるという流れだったのだが、この日は少し様子が違った。
出勤の支度を終えた私が七海の家の玄関で靴を履き「行ってきます」と振り向いたら、眉間に皺をよせ苦しそうな顔をした七海が壁にもたれて腕を組んでいた。
「私の事、好きですか」
玄関で別れの挨拶をする時、いつものように好意を確認し合うはずだった。同じような台詞だが何かいつもと違う。寂しいのかもしれない。
「好きだよ」
「どんなところが?」
「誠実なところ」
「他には?」
「優しいところも」
「そんなことは誰にでも言えるでしょう」
「私の事が大好きなところとか?」
「誰にでも当てはまりそうなことばかり言う」
「好きな気持ちって理屈じゃない気がするんだけど……」
矢継ぎ早に返す七海に違和感を覚えながら質問に答える。それでも何一つ納得できないと言いたげに眉を寄せ、組まれた腕は自らの身体を抱きしめているように見えた。
「私が七海を大好きだってこと、信じてもらえてない?」
「信じていますが、どこにも行ってほしくない」
「仕事に行くだけで今生の別れじゃないよ。今日早く上がれたら連絡する」
「今日は私が遅いんです。夜は会えない。このまま離したくない。行かないでください」
急に抱きしめられ身動きが取れない。七海はふぅふぅと呼吸を乱し、私の首筋の匂いを嗅いでいる。加減というものを知らないのか、腕の力がどんどん強まりギリギリと背骨が軋んで折れてしまいそうだ。彼の背中に回した腕をそっと動かして就職祝いに貰った腕時計を確認する。別れを惜しんでくれるのは嬉しいが、時間ギリギリまでのんびりしていたのでそろそろ本当に離してくれないと電車に間に合わない。
「こっそり時計を見るのはやめて」
「遅刻しちゃうから、んぅ、苦しい……」
七海は背中にも目がついているのかもしれない。徐々に腕の力は緩み、大きな溜息を一つ吐いた後にようやく私は解放された。ドアノブに手をかけて振り返ったら、顎を掬われ唇を噛まれた。最後の駄目押しのつもりらしい。
「毎日必ず連絡してください。どんな時でもアナタを想っています」
「私も。じゃあ、行ってくるね。気を付けて」
七海は頷き、私は手を振って玄関を出た。走って駅まで向かい電車に飛び乗ると先ほどまでの甘くてとろけそうな時間が嘘のようにいつもの日常へと戻る。毎日何をしに行っているのかわからない会社に行って、終業時刻まで指示された仕事をこなす。仕事をしているときはいい。何も考えなくて済むからだ。今日の夜、予定は無い。七海の帰りは遅いと聞いた。私は一人家で食事をとり、また明日も同じ電車に乗って会社へと行く。次に七海と会えるのはいつになるだろう。
七海は周囲の人々からの評価とは裏腹に少々独占欲が強くわがままな一面を持ち合わせていたが、私に抱えきれないほどの愛を与えてくれた。それは嘘偽りなどではなく、現実に存在した日々なのだ。満たされる。幸せだ。そう思う日々は確かにあった。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。