七海は本当に初心だった。キスをした後も自分から手を出すことができないようで、何もかもが初めての彼は私に言われるままその次にも進んだ。そんな彼がなんだか可愛らしくて、色々と教えてあげられるのが嬉しくて、私は少々調子に乗っていたのかもしれない。
七海ファーストキス事件の翌週。私たちはよくあるアクション映画を観終わってランチを取りながら感想を述べ合っていた。私はヒロインがただ守られているだけでないところがかっこよかったと言ったら、七海はうんうんと頷き真剣な表情で私を見つめた。
「芯が通っていてアナタのようだと思いました」
どうやら七海は私の事を勘違いしているらしい。社会人を続けながらたまに呪術師をやっているのは家の事があって断りきれず仕方なく続けているだけで、本当はどちらにもやりがいや楽しみなんてこれっぽっちも見出していない。それどころか、本当は楽して暮らしたいし仕事なんてやりたくない。一日中家でゴロゴロしながら漫画でも読んで、呪いや仕事と無縁で暮らしたいと思っている。それなのに、映画のヒロイン同様に何かポリシーがあってやっていると思っているのだろう。そんなわけないのに。
「見る目無いよ、七海は」
そう言って私が笑うと七海はポーカーフェイスのまま「私の好きな人の事を悪く言わないでください」と他人事のように言うのだ。それが妙におかしくってまた笑うと、今度は拗ねた表情になり黙り込んでしまった。からかっているわけではない。私の評価があまりにも高すぎる。
「そんな志の高い人間じゃないよ。どっちも辞めるに辞められないだけ」
「そうだとしても、二つの仕事を平行するのは並大抵の努力ではできません」
「どっちも中途半端なだけなのに」
こんな調子で話は平行線だったが、七海はとにかく私をべた褒めしてくる。彼は私以外の女を知らないので加減がわからないのだろう。世の中にはもっと努力している人たちが山程いるし、私よりいい女なんてそれこそ掃いて捨てるほどいる。なんだか七海に申し訳なくなる。どこをとっても並か並以下。大したポリシーも無ければスキルもない。唯一、血で受け継いだ呪力があるから大した実力も無いのに仕方なく呪術師を片手間にやっているだけ。そんな人間なのに。付き合う前も付き合ってからも、自分が七海に釣り合うとは到底思えなかったが、彼からはとても大切にされている。何ともアンバランスでむず痒い。私のどこがいいというのだろう。私はずっと、七海から褒められても、愛を告げられても、そのどれにも納得できないでいる。彼ほど完璧な男が私のような中途半端な人間に何を見ているのかわからない。
ランチを終えて店を出た後、適当に街をぶらぶらしながらデートをした。特に目的は無い。私が部屋を模様替えしたいと言うと、女子が好きそうなインテリアショップへ一緒に入ってあれこれ話を聞いてくれた。ベッドで寝転がって本を読むときの為にルームライトが欲しいと言ったら、途端にもじもじして一人で照れ始めた。
「女性の、というか……、アナタの部屋に、ですけど。交際して一か月半ほど経ちますが、未だかつて一度も入ったことが無いので、どんなものが合うのかわらからないです」
だから正確なアドバイスができないと言うのだ。七海が言いたいことはすぐわかったが、意地悪な私はこう言い返した。
「私だって七海の家に行ったことがないから、どんな本を読むのか知らないよ」
私がそう言うと瞳を左右にぐらぐら揺らし、口元を大きな手で覆って目を逸らした。照れて動揺しているのが手に取るようにわかる。それが可愛らしい。七海は「じゃあうちにおいでよ」と言って欲しかったのだと思うが、我ながら本当にいやらしい返事をしてしまったものだ。何かを決意した七海は横目で私を一度見て、また視線を外した。それから小さな声で呟くように声を出す。
「では、今から、来ますか、うちに。アナタさえ、よければ、ですが。男の一人暮らしの部屋なんて、面白くもないし、さして興味はないでしょうけど」
私の方を全く見ることなく、七海に似合わないピンク色のうさぎのルームライトのスイッチを切ったり入れたりしている。そのたどたどしい話し方があまりにも初心者のそれで、いつ吹き出し笑いしてしまうか気が気でなかったが、私はなんとか耐え抜くことができた。きっと、必死の思いで誘っているに違いない。長身の屈強な男がそわそわしながら初めて女を家に呼び入れようとするその姿がなんとも健気である。七海は着けたり消したりしていたライトの灯りを止めると、そっとこちらの反応を伺う。ここらでからかうのはさすがにまずいと思って私の本心をそのまま告げてみる。
「行ってみたいな、七海の家に。いいの?」
「もちろん。ここからそう遠くない」
間髪入れずに七海はイエスの返事をした。私だって七海の部屋に行ってみたい。彼の生活を知りたいし、恋人として次の段階へ進んでもいいんじゃないかと思う。それを言わせたのは私が少しずるいからだけど、これくらい許して欲しい。だって七海が私の事で心の静けさを失うさまが愛おしくてたまらない。
「ああでも、少しだけ、片付ける時間をください」
そう言うと私の手を取って、インテリアショップを後にした。きっと七海は、ずっと、どちらかの家に行く機会を探っていたんだと思う。キスより先に進みたいからかもしれない。それとも、もっと親密になりたかったのかも。どちらにせよ彼の誘いに乗って今日のデートの後半は七海の家で過ごすことになった。私たちはもう大人だから、これから一歩先へと進むのだろう。今までだってそこらのホテルにでも誘えばいいのに、それさえ出来ずモタついていたんだと思うとこの大柄な男が心底愛おしい。七海がどうやって初めてのセックスに誘ってくるのか想像するだけで顔がにやけてしまう。
「散らかってても平気だよ」
心の中の低俗な想像を隠すために平静を装って答える。私がそう言うと七海は何とも言えない困ったような表情を浮かべて頷いただけだった。
電車に乗って数駅。駅から少しだけ歩いたところに七海の暮らすマンションがあった。中に入ると予想通り小ざっぱりしていた。1SLDKだと言っていたが私の部屋よりかなり広々としている。単身用の部屋なのにカウンターキッチンだし、洗面所はホテルのようだ。私がリビングへと足を踏み入れると、締め切った部屋からむっとした熱気が流れ出て顔を撫でる。七海はテーブルの上に出しっぱなしになっていた文庫本をさっと隠し、ベランダを開けて換気した。冷蔵庫を開け「アイスコーヒーしかありませんが……」と申し訳なさそうに言うのでそれで問題無いと答えると、中ジョッキくらいはあろうかという大きなグラスになみなみと注がれたアイスコーヒーが出てきた。普段七海が使っているものだと思うが、どれだけ喉がカラカラでもこの量を飲み干すのは時間がかかりそうだ。
「少し、入れすぎましたね……」
私の驚いた顔を見て七海が気まずそうに言う。それがまたかわいらしく噴き出して笑うと、七海も口元を押さえて控えめに笑った。
そのまま少し待っているように言われたため、リビングのソファで待たせてもらうことにする。一つしかない部屋へ入ったきりゴソゴソして出てくる気配がない。片付けたいと言うのは寝室の事だったのかと思い、七海が居ない事を確認してにやにやと笑ってしまった。いきなり寝室を片付けだすその姿が妙に意気込んでいるようで可笑しかったのだ。私は経験豊富なわけではないが、処女ではない。でも彼は童貞だと思う。だって誰とも付き合ったことが無いと言っていたし、キスでさえあの有様だ。セックスするかもと思って今頃ソワソワしているに違いない。そんな七海の姿を想像してまた笑ってしまった。ごめんね七海。貴方があんまり可愛いから。
芸術的な壁掛け時計がカチコチと音を鳴らして時を刻む。十分ほど経っただろうか。ぼんやりと秒針を眺めていたら少し髪を乱した七海が戻って来た。
「すみません。お待たせしました」
何をしていたのか聞くのは意地が悪すぎるかもしれないと思い、私は全然大丈夫だよと答えた。七海は数冊の本を手にしている。
「私が最近読んだのはこういったものです」
七海が差し出して来たものはハードカバーのノンフィクションが二冊、ミステリーの文庫本とビジネス系の新書、それから旅行記だった。あまりの無秩序なラインナップに活字が読めたら中身は何でもいいタイプなのかもしれないと思った。いきなり寝室を片付け始めるから私の方がすっかりセックスをするつもりで来たような気持ちになってしまっていたが、私たちは今日、いわゆるおうちデートをする予定なのだ。世間一般の恋人たちが自宅で何をやっているのかは知らない。食事をしたり映画を見たり、その合間に身体を寄せ合ってみたりしているのだろう。七海は自炊すると言っていたので一緒に料理を作ったり買い物に出かけたりもするかもしれない。そう。家でやる事はセックスだけではない。やましい気持ちはくしゃくしゃに丸めて床に捨てておく。七海は私の隣に妙な空間を開けて座ったので、私からその隙間を埋めてみる。一瞬びくりと震えて身を固くしたものの、小さな長い溜息を吐いて膝の上で手を組んだ。そこから途端に静かになってしまった七海の顔を覗き込むと、いつも以上に眉間にしわを寄せていた。とんでもなく緊張しているらしい。
七海の持ってきた本を一冊手に取ってみる。若者バックパッカーのスラム街旅行記だ。七海はもっと優雅な場所が好きそうだと思ったが、こういった旅も好むのかもしれない。表紙をしばらく眺めて開いてみると写真はあまり無く、あっても白黒でそのほとんどが文章で埋まっていた。やはり彼は文字追うことが好きなのだ。雑多なジャンルについて感想を述べると、気のない返事が返ってきた。彼が張り詰めていることが手に取るようにわかる。七海はきっと、本どころではない。堅物とはいえ、やはり彼も健全な男子なのだ。我々には未達の行為がある。どう考えてもそれを期待している。私の方は身体の手入れはばっちりしてきたし、下着も上下揃っている。いつ何時こうなってもいいように、彼とのデートは毎回勝負下着だ。ついに今日、日の目を見ることになるようだ。
七海を見てみると先程と同じ格好で眉間に皺を寄せて視線だけで私を見ていた。それから意を決したように奥歯を噛みしめてから口を開く。
「……触れてもいいですか」
「いいよ」
どこに、なんて聞くのは野暮だろう。了承の返事をして数拍後に七海の手が私の肩に伸びた。そのまま彼の肩にもたれかかってみる。てのひらは驚くほど冷たいが七海の身体は燃えてしまいそうなほど熱い。私たちはやはり、このまま先へと進むだろう。私が不慣れな七海をリードしてやるべきだ。だってこんなに怯えている。大丈夫だよ。愛さえあれば。
「理性が決壊しそうです」
七海はこちらを向くことなく言った。そっと顔を見てみると耳まで真っ赤になっている。「しちゃえば?」
からかうように言えば七海は身を固くしつつも私の目を注視した。あまりに真剣な表情にこちらの方まで緊張してくる。理性など必要無い。今からやる行為は人間の原始的な本能をそのままぶつけ合うものだ。
「こういう時のスマートな誘い方がわからない」
肩に置かれた七海の手が離れていったと思うと、そのまま祈るように両手を顔の前で組み、僅かな隙間から私を見つめながら言う。照れ隠しをすることなく真正面から向き合おうとする七海の誠実さには本当に恐れ入る。何事にも真摯に向き合ってきたのだろう。それでいてどこか不器用なのだから愛おしい。七海に抱かれたい。その行為がどんなものであっても、一途に愛されるのは間違いないのだからきっと夢のようだろう。
七海の手を取りできる限り優しく撫でてみた。緊張をほぐしてあげたいと思ったからだ。セックスは怖いことではないし、悪い事でもない。したい時にしたい人同士がすればいい。私は今七海とセックスがしたい。彼もきっと同じ気持ちに違いない。
「このままそっと肩を抱いて」
再び彼の肩に身体を預けた。
「キスしてくれたら」
そのまま斜めに視線を向けると七海の美しい瞳が見えた。
「それだけでもう、その気になっちゃうよ」
ごくりと生唾を飲む音が生々しく部屋に響き、一呼吸おいてから七海の震える冷たい手が私の顎を掬う。ゆっくりと唇同士が重なったと思ったら一旦離れて、もう一度深い口付けが落とされた。遠慮がちに開かれた唇から舌の先端が差し込まれたので迎え入れて絡めてみる。途端に息を荒らげて私の身体を強く抱きしめるので「苦しい」と言うと、彼は身体を離して申し訳なさそうに謝った。そのまま激情をぶつけてくれても良かったのに、律儀な男は欲望にのまれる事を恐れて私を手放した。がっくりと項垂れる七海の背中を撫でてやると「情けない……」と呟いてこれ以上無いくらいに肩を落とすのでこちらの方が申し訳なくなってしまう。
「七海が愛おしい」
「私は重い男です。このままアナタを離せなくなる。それでもいいですか」
「いいよ。絶対に離さないで」
七海は喉を鳴らして一呼吸置くと、貪るような口付けをした。私たちはもう止まらない。何度も角度をかえて求められる唇を彼の望むままに差し出した。侵入してきた舌を絡め取り、吸って、噛んで、押し返す。口腔内で動き回る七海の舌を追いかけているうちに苦しくなって唇を離し息継ぎをして、またすぐに舌を差し込で絡める。七海の大きな手がついにブラウスの裾から差し込まれてきて、肌の表面にぞわぞわとした感覚が駆け巡った。七海の膝の上に乗って更に求めると彼は腰を引いて逃げてしまった。二人でこのまま溺れてしまおう。早く貴方と一つになりたい。隠さないで教えて欲しい。私に全部見せて。
「ねえ。ベッドに連れて行ってよ」
聞いたことが無い程甘ったるい声が自分から出たことに驚いた。そんな猫かぶりな私を七海は軽々と抱きかかえ寝室へと運ぶ。電気は消えていたが、窓から僅かに差し込む太陽の光で七海の表情を伺う。先ほどとは別人のように熱を持った視線に射抜かれ、臍の下あたりがぎゅうぎゅうと締め付けられた。ベッドに横たわる私を上から下まで舐めるように眺めている。熱い視線が全身に刺さり私の欲望も燃え上がった。彼から立ち昇る暴力的なまでの色気に支配され、このまま組み敷いて滅茶苦茶にして欲しいと思った。早く触れて貰いたくてたまらない。
そのまま私たちはベッドになだれ込み、また何度もキスをした。粘膜同士が触れ合い唾液が絡む。ぴちゃぴちゃと淫猥な水音が響いた。身体を這う七海の手つきが更に欲に塗れたものとなった時、ついに衣類を脱がされ肌が外気に触れる。七海がどういった下着を好むのかわからなかったが、セクシーすぎるものより女性らしい甘めのデザインがいいだろうと思って淡いピンクで肌の露出が少なめのものを選んだ。きっと正解だったと思う。男は誰だって女が清楚であることを無意識のうちに望む。七海も例外ではなかったのだろう。下着を凝視しながらブラジャーをカップの上から撫でまわし、寄せた胸の谷間に顔を埋めている。しばらく堪能した後、今度は片手を尻に這わせてつるつるしたシルクの触感を楽しんだ。彼の期待に応えられて嬉しく思う。七海は呼吸を荒げながらしばらく下着を堪能した後、律儀に脱がしてよいか確認を取ったのち、うやうやしくブラジャーを外した。ホックを外すのに一瞬戸惑ったようだが、初めてにしては上出来だ。露わになった胸をしばらく見つめたあと壊れ物を触るように優しく包み込み、ついに立ちあがった先端へと舌を這わせた。恐々触る七海の手を取り乳房に添えてやる。もう少し強くしてもいいと伝えると、ぎゅうぎゅうに揉むので七海の余裕のなさが手に取るようにわかって愛しく思った。不慣れな手つきでも肌同士が合わさると気持ちが昂り、もっと七海が欲しくなってしまう。私も彼のシャツを脱がして剥いてやると、鍛え上げらえれた肉体と身体についた消えぬ傷跡に腰が抜けそうな程のエロスを感じた。でこぼことした筋肉のくびれをなぞり七海の形を確かめる。じわりと汗で濡れた肌に触れるだけで眩暈がしそうだ。大きく口を開けた七海が目の前に迫りそのまま唇を貪られ、息継ぎも忘れて必死にキスをした。胸を触られているだけなのに我慢ができなくて、全部脱いで今すぐに入れてしまいたいと思ったが、初めての七海のために挿入は手順を踏んでからすべきだろう。キス、胸の愛撫と終えたら残るは互いの性器だが、なかなかそこに七海の手は伸びない。躊躇しているに違いないし、触り方がわからないのかもしれない。まずは私から下着越しに触れてみる。既に張り裂けそうな程膨らんでいるそこを撫でると、七海は一瞬動きを止めた。これが合図になったようで、七海の大きな手がショーツの中に入ってきた。陰唇をそっと左右に開き濡れ具合を確かめるように割れ目に中指を沿わせてゆっくりと上下に擦られた。入り口付近も気持ちいいが、きっと七海が探しているものはそこではない。そこから少し上。小さな突起があるのに気付けるだろうか。指の角度を変えながら穴を調べているがなかなか探しているところへ到達しないので、七海の手を取って陰核まで導いてやる。既にぷりぷりと硬さを増していたのですぐに気づいたのか、そっと抓まれたと同時に思わぬ強い刺激に腰を引いてしまった。
「す、すみません。怪我は……」
七海は慌てて手を離し心底申し訳なさそうに謝っている。
「大丈夫。気持ちよすぎて、びっくりしただけ」
私がそう言うと、七海はふっと息を漏らして笑った。その姿の色っぽさといったら言葉にできない。いつもと違って少し乱れた髪や、筋肉質で男性的な身体、その額に滲む汗までもが官能的に見える。今まで交際してきた男達が駄目だったというわけでは無いのだが、生物として、雄としてこうも圧倒的な差を見せつけられると女である私は簡単に屈服してしまうのだ。本人はそんなことを意識していないと思うし、普段はいかにも男を思わせるさまは見せず人格者であることさえ感じさせるのに、セックスとなるとここまで雰囲気が変わるのかと驚くばかりだ。私は予想よりもはるかに深い沼に足を突っ込もうとしているのかもしれない。
再び七海がぎこちない愛撫を再開した。触り方の強弱や深浅を一つ一つ確認しながら行われるその丁寧さに驚きつつも、私の言葉通りに実践して快感をもたらす飲み込みの早さに驚嘆する。垂れるほど濡れるだとか、糸を引いているだとか、そういったことはAVや漫画でしか見たことがない。それなのに、かつてないくらいにどろどろに溶かされた。前も後ろもわからなくなるくらい頭がぼーっとして、それから目の前が真っ白になって、キラキラと輝く閃光が散る。そんな事が何度も繰り返され、次第に意識が混濁していった。快感に浸り唸り声をあげながら身体を震わせている様子を七海に見られている。その瞳には燃え盛る情熱を浮かべていて、それがまた私を快楽の渦へと引きずり込むのだ。
しばらく惚けていると七海の身体が離れてしまった。いよいよ、この先に進もうというのだろう。自分ばかり与えられてしまったのでお返しをと思い、背を向ける彼の背骨を舐め上げた。七海はびくりと肩を跳ねさせゆっくりと振り返ると、戒めるような視線で私を射る。それがこの世のものとは思えぬほどの強烈なエロティシズムを感じさせ私のすべてを絡めとってさらっていった。このままこの男の言いなりになるしかないとわかってしまった私は、彼が避妊具を装着する間、じっと動かず与えて貰うのを待ち望む。準備を終えた七海がこちらを向いて私をベッドに縫いつけた。いよいよだ。七海に見下ろされ期待で胸が高鳴り涙が滲む。今の私はどんな表情をしているのだろう。七海は勝ち誇ったようにも見えるのに、耐え切れないと吐息を漏らして「アナタが欲しい」なんて言うものだから、私のすべてを差し出すしかなくなってしまった。
その後は絶え間なく降り注ぐ口付けを受け入れながら、私は幸せな気持ちにどっぷりと浸かった。強烈な快楽が私の骨の髄まで染み込んでいくのを感じながら、もう普通の男には一生戻れないだろうとぼんやり考えていた。
初めてのセックスは多少のぎこちなさはあったものの、一度始まると終わりがないのかと思うくらい何度も二人で求め合った。七海は金の卵だったのだ。今までその才能が発揮される場が無かったという事が残念でならない。きっとどんな女でも夢中になっただろう。見た目も良ければ中身も完璧。更に夜のテクニックまで最高だ。非の打ち所がない。そんな男が私の恋人であるというのだからおかしな話だ。ふらふらしているだけの私の元にこんな幸福が訪れるなんて、前世で相当な徳を積んだに違いない。なんだか恐ろしささえ感じてしまう。七海はあまりに持ちすぎているけれど、何も持っていない私なんかが隣に並んでしまってよいのだろうか。
童貞とは思えぬ七海に抱かれた日の夜。私たちはベッドから一歩も動かず朝を迎えた。途中で意識を失うように短時間の睡眠はとったが、すぐに七海が私の下半身をまさぐる動きで目が覚めた。いつの間にか脚を左右に開かれ、溶け切った中心部を凝視しながら七海の赤い舌が私の大腿を舐め上げる。
「起きてください。まだ終わりじゃない」
「もう、動けない。むり。できない」
息も絶え絶えな私を股の間から不服そうに見つめ、ぐちゃぐちゃの陰部に舌を挿入する。ぺちゃぺちゃ聞こえる水音は私から出た粘液のものだ。もう終わりにして欲しいと思っているのに、七海の頭を押さえつけて感じてしまう。疲労で身体はだるいし、気を抜けば意識が飛びそうだ。うわ言のように「やめて。いや」と呟いてみるが、身体の反応は全く別で柔らかくほぐれた私の穴は七海のものを受け入れようと必死で蠢いている。始まる前には坊やを導くお姉さんぶって偉そうにしていた私のこんな姿を見て、七海は何を考えているのだろう。ちょろい女だと思われたかもしれない。頭の中で色々思考しようとしてみるが、次々にやってくる快感の波に勝てるはずもなく「おねがい。いれて」と頭の中に浮かんだ単語そのままを口から吐いて、もう何度目かわからない七海の精液をコンドーム越しに中へ欲しがった。
いつの間にか寝ていた私達が目覚めた時、時計の針は午前十一時を回っていた。休日とはいえ久しぶりに昼まで寝てしまって頭が痛い。ふらふらと身体を起こして隣で寝息を立てる七海を見てみる。二人で眠るには少し狭いベッドに身を小さくして沈んでいた。健やかな寝顔はなんだか可愛らしく見える。起きる気配が無いので水でも飲もうとベッドに腰掛けると、寝ていると思った七海の腕が私の腰に巻き付いた。そのままタオルケットの中へ引きずり込まれて拘束されてしまう。痛いくらいに抱きすくめる七海へ向かって抗議するが返事は無く、更に腕の力を強めただけだ。しばらく好きにさせようとそのままにしていると不機嫌そうな声で七海が呟く。
「私もアナタの初めてになりたかった」
額を私の背骨にぐりぐりと押し付けながら泣きそうな声を出している。どうやら過去の男に嫉妬しているらしい。過去には戻れないし無かったことにもならない。まあ元カレといっても適当に付き合って適当に別れた形だけの彼氏だったので、七海が嫉妬する程の存在ではない。顔なんてほとんど思い出せないし、声はもう覚えていない。初めてのセックスの全てを忘れたわけでは無いが、周りがどんどん処女ではなくなるのに体験していないとまずいという焦りから行われたその行為は、無味乾燥な作業も同然だった。だから私の退屈な人生で七海が一番の人なのだ。信じてくれないかもしれないが。
「中でイった事なんて無かったから、びっくりした」
「本当に? 私ばかり求めすぎて無理をさせました。すみません」
「セックスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。七海が初めてだよ」
「それは光栄です。私もアナタの初めてになれたんですね」
沈んだ声が明るくなって腕の力も緩んでいく。寝起きで頬に枕の痕がついている。少し硬さの増した股間を私の大腿に当てがいながらゆるゆると腰を揺らす七海を制止して、どうにかして再びベッドへと腰掛ける。引き止めるように私の手に指を絡めてきたが生理現象が限界を迎えていた。
「喉が渇いたしトイレに行きたい」
「片時も離れたくないのですが仕方がありません」
七海はそう言うと柔らかく微笑み、手を離して私を自由にした。
あの日、確かに私達は愛し合っていた。他の誰も立ち入ることのできない二人だけの甘い世界の中だけで、息をしていたのだ。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。