夜遅くまで高専で事務作業をしていた彼女と七海は、二人でスーパー銭湯に来ていた。いつものようにどちらかの自宅でのんびり過ごすのもいいのだが、以前彼女が岩盤浴に行きたいと言っていたことを思い出したからだ。お腹はペコペコで身体はクタクタだったはずなのに、チケットを買うや否や彼女はカフェコーナーへ駆けてゆき、ソフトクリームを二つ頼んだ。バニラとミックスを手にした彼女がにこにこ嬉しそうに笑っている顔を見て、七海は胸がじんわり温かくなっていくのを感じていた。
「七海はミックスね」
「バニラがよかった」
文句を言いつつもソフトクリームを受け取り、一口舐めてみる。お腹が空きすぎていたせいか、普段ならずっしりと重くもたれそうな量のソフトクームがとてつもなく美味しく感じた。チョコレートとバニラが美しく交差しているさまを眺めながら七海が大きな口でパクリと食べると、彼女が「あーっ!」と大きな声を出す。それから七海の手を取りソフトクリームを手繰り寄せようとするので、リーチを生かしてソフトクリームを天高く掲げた。届かないと文句を言う彼女も可愛らしい。
「ひとくち味見させてよ!」
「半分こしましょう」
うんうんと何度も頷く彼女のバニラソフトとミックスソフトを交換し、ベンチに座って一緒に味わう。なんてことはない味なのかもしれないが、空腹と幸福で今まで食べた何よりも美味しいと感じる。必死になってペロペロと舐める彼女の横顔にねっとりとした視線を送りながら、七海は今日の日は忘れられない一日になりそうだと思った。
きっかり三十分後に岩盤浴場で待ち合わせる。汗や皮脂などの汚れを流して身体を温めることで、岩盤浴での発汗がさらに期待できるらしい。七海がペラペラの館内着を不安に思いながら階段を降りていくと、既に彼女が足をパタパタさせながら丸椅子に腰かけて待っていた。色違いのリラックスウェアを身に着け、髪はゆるく結われている。待ちきれないのか辺りをきょろきょろと見回し、七海を見つけると立ち上がって駆け寄る。
「遅いよ!」
「そうでもない。そっちが早すぎる」
「早く行こう! 混んでるかも」
湯上りでほかほかとした彼女の手が七海の大きな手をとり、引っ張っていく。まとめた髪のおくれ毛がちらちらと揺れる様子を見て、七海は再び邪な感情が持ち上がってくるのを感じた。久しぶりの逢瀬で気持ちが昂ってしまう。そんなことはお構いなしに、彼女は進んでいく。まずはじんわり温もる低めの温度からスタートするんだと解説しながら、部屋の扉を開ける。中に入るとしっとりとした熱気が身体を包む。数人寝転んでおり、ヒーリングミュージックが流れる以外は静かな空間だ。二人並んで横になれる場所を見つけた彼女がかっ「そこだ」と指を差しながら七海に目配せし、歩みを進める。足の裏がじわじわと温もっていくのを感じる。大きめのタオルを敷いて寝転ぶと、背中がぽかぽかしてきた。繋いだ手をそっと外し、目を閉じて仰向けになる。お互いの息遣いがわずかに聞こえてきて、なんだか不思議な感じがした。七海が薄目を開けて彼女を見てみると、穏やかな表情で目を閉じていた。額にはうっすらと汗をかき、静かで深い呼吸を繰り返している。しばらく見ていると、彼女がぱちりと目を開け、二人の視線がぶつかる。彼女は途端に目をまん丸にして、口元を押さえて七海の前髪を撫でた。
「七海、すごい汗だね」
「そんなに温度が高いわけでは無いのに、汗が噴き出てくる」
「筋肉がいっぱいあるからかな」
ヒソヒソとした小さな声で言いながら、七海の肩やら腕やらを触って確かめる。ムチムチとした肉体がポリエステルの生地越しに伝わってきて、彼女はなんだかいけない気持ちになってしまった。七海の身体は少々官能的すぎるのではなかろうか。ごくりと生唾を呑みこんでしまい、いかがわしい考えを悟られやしないかと心配になる。七海は気づいていないのか、一旦出ようと言って彼女を起こした。手を引かれるまま外に出たら、汗ばんだ身体が冷えて気持ちがいい。水分補給をして身体を休めたら、次は少し温度が高めの岩塩房へと入る。先ほどとは違って明確に温度が高い室内に七海の身体が瞬間的に反応して、じわりと汗が滲む。
「ここはわりと暑い」
「えっ。もう汗かいてる」
驚いた彼女が七海の額を拭う。少し苦笑いした七海が彼女の頬に触れた。しっとりと吸い付くような肌が艶めかしい。ちょうど真ん中あたりが開いていたので横になると、ごつごつした岩塩の塊がほどよくツボを刺激して気持ちいい。遠赤外線効果か岩塩に含まれるミネラルによるものか、身体の芯から温まっていくように感じる。血の巡りが良くなって、心臓の鼓動がトクントクンと打っているのがわかって心地よい。しばらく横になっていると、吹き出すように汗が出はじめた。額から胸から、ぷつぷつと湧いてくるそれが流れてゆくのがわかる。身体の中に溜まった何かが出ていっているような気分になった。二人してダラダラと汗をかき、十五分ほどしたところで身体を起こす。彼女が七海を見ると滝のように汗をかいていて、館内着がびしょ濡れになっていた。
「そんなに暑いんだ」
「芯から温もる感じがした。アナタも髪が濡れてる」
七海が彼女の髪を撫でると、目を細めてされるがままになる。情事後の様を思い出し、何度も頭の中から追い出しているはずの不埒な妄想が浮かんでしまう。今すぐに抱きしめたい衝動に駆られた七海は、クールダウンするために低温に保たれた専用の室内へと入った。濡れた身体が引き締まるような冷たさに驚いていると、七海の身体からモワモワと湯気が立ち昇っていた。余程暑かったらしい。
涼んで外に出たらタイミングよくロウリュの時間となっていた。元気のよい店員に誘われ部屋に入ると、今までで一番温度が高く感じた。入っただけで一気に汗ばみ、しばらく座っているとポタリと雫がタオルに垂れた。ただでさえ暑いのにサウナストーンにシトラスの香りが付いたアロマウォーターがかかると、一気に室内の温度が上がる。はつらつとした掛け声とともに店員がうちわで扇ぐと体中から汗が噴き出てきた。彼女が七海の方を見ると、顔を真っ赤にして汗だくになっている。このままでは倒れてしまうのではないかと焦り、七海を引っ張って無理矢理外へ連れて行く。
「大丈夫⁉ すごい汗だよ。脱水になっちゃう」
「ハァ、さすがに、こたえる……」
ぼたぼたと流れ落ちる汗を彼女がタオルで拭ってやり、冷蔵庫で冷やしておいたスポーツドリンクを差し出す。ごくごくと一気に飲み干して、氷が天井からちらつく仕様になっているクールダウン房へと入った。ゆでだこのようになった七海からは、先ほど同様ムワムワと湯気が出ている。汗だくでハァハァと息を整える様子は、やはり情事の後のように思えて二人はなんだか妙に恥ずかしくなった。そろそろ岩盤浴はお開きだ。
また三十分後に集合の約束をして露天風呂を堪能し、食事処で季節のおすすめ定食を食べた。時刻は午前零時になろうかという頃。すっかり夜が更け人がまばらになっている。二人仲良く手を繋ぎ、スーパー銭湯を後にする。
「お肌がすべすべになった気がする。それに、今夜はよく眠れそう」
「疲労回復にも効果ありでした。眠る前にすべすべのお肌を堪能したいので、まだ寝ないでください」
岩盤浴で大汗をかき新陳代謝が盛んになった二人は、その後のベッドでも汗だくだったという。