第3話 七海さんとエッチなデパートに行こう

 車中で少しウトウトした彼女が気づいた時には見慣れない街に来ていた。そこはもともと電気屋や専門店などの小売店がひしめくショッピング街だった。今では大型のオフィスビルも多くなりサブカルチャーを好む者に支持されアニメや漫画などのグッズを扱う店舗も多く、コンセプトカフェや外国人観光客で賑わって観光スポットと化している場所も多い。彼女はこの街の存在は知っていたがあまり来たことが無いようで、車を降りて周囲を見渡して不思議そうな顔をしていた。七海に誘導されるがままに着いて行ったところ、とあるビルに辿り着いた。そのままビルの看板を見ると、どうやら大人しか入ってはいけない店らしいと気付く。入り口をじっと見つめる七海を見上げて聞いてみる。

「何ここ? エッチなお店?」
「入ってみたらわかる」

 淡々と答える七海を怪訝そうな表情で彼女が見上げた。いつもの無表情にも見えるが、彼女にはわかる。七海はまだ拗ねているらしい。一度へそ曲げるとなかなかしつこいこの男は、 彼女にしかわからない違和感を醸し出している。
 外から一見しただけではそこがアダルトグッズの専門店であるとは思えない明るいBGMが流れ入りにくさは無く、先程から客がひっきりなしに出入りしている。客層は様々だが、外国人もいればカップルもいた。もちろん、おひとり様もいる。皆何を求めてこのビルに入っていくのだろう。




 一階の入り口付近は某有名オナホールが所狭しと並んでいた。一見してソレとはわからないが、見るものが見ればわかるのだ。カラフルポップなそれは七海の家のインテリアには合わないだろうけれど、洗面所の下から出てきて掃除用品だとか言っても彼女は何ら疑問に感じないだろうと七海は含み笑いをした。そんな日本で最も有名なオナホールを手に取り彼女は言う。

「あーっ。もしかしてこれって有名なやつ?」
「……男が一人で使うものです」

 これは有名なやつだ。間違っていない。有名だからこそ彼女が知っていも何もおかしくない。どこでその知識を得たのかは疑問だが、今やネットに情報はあふれかえっているし広告などで知ったのだろう。もしかしたらラブホ女子会で大人女子達から妙な知識を植え付けられたのかもしれない。そうだ。そうに違いない。別に彼女が知っていてもいい。悪いことに使うものでは無いのだから。七海は無理矢理自分を納得させた。

「そうなんだ。なんだかオシャレだね! 七海も使った事ある?」

 彼女は山積みになっている赤とシルバーのストライプがプリントされた最も有名で最も売れているオナホールを手に取り、じっくりと見つめながら七海に問うた。それは昨夜の夕食を尋ねるような気軽さだった。未使用の新品とはいえ恋人がオナホールを手にしている姿を見ることになるとは思わず、目の前に広がる光景があまりに非現実的で彼女の言っていることがすぐに理解できない。もう一度彼女の言葉を反芻してみる。いつもの調子で『七海も使ったことある?』と言ったのだ。それはそれはカジュアルに。意味は「七海もこの有名なオナホールでオナニーしたことある?」だ。七海は思った。それを聞くのか、今ここで。二人の隣でオナホールを吟味するサラリーマンの動きが一瞬止まった。会話を聞かれている。

「……無いです」

 七海は答えた。別に使ったことがあってもいい。それでもなんとなく、使用歴があると知られたらがっかりするかもしれないと思った。それに「七海ってオナホール使ってオナニーする変態なんだ!」などと思われたくない。

 いや違うんです。オナホールを使ってオナニーをするのが変態行為というわけでは無く、男子としてごく自然なことでむしろオナニーしないほうが不自然だとはわかっています。でも私は彼女の中の私像を裏切りたくないのでこう答えたまでです。あなたは何も悪くない。ゆっくりとオナホールを選んでください。と、隣のサラリーマンに心の中で言い訳をした。七海の心の声が聞こえたのか、サラリーマンは定番のものより少し高価なプレミアムタイプを手に取りその場を後にした。

 そんな心の声など全く聞こえていない彼女は曇りなき眼で真っ直ぐに七海を見つめ、こう言った。

「ある?」

 質問内容は先ほど同様、「七海建人さんはオナホールを使ったことがありますか?」だった。七海は「無いです」と答えたはずだが、もしかして声が小さすぎて聞こえなかったのかもしれない。今は周囲に誰もいない。七海は胸を張って答えた。

「無い」
「あるよね?」

 間髪入れずに彼女は同じ質問を繰り返す。しかも「七海建人さんはオナホールを使ったことがありますよね?」と、質問というよりは確認のように聞こえた。正直に言うと使ったことはある。でも一回だけだ。それも正当な理由がある。なぜ知っているのだと七海は思ったが、これ以上誤魔化しても意味はないと考え彼女の質問に答えることにした。

「……会社員の時、先輩に無理矢理押し付けられて仕方なく持って帰って処分に困り、一度だけ」
「だと思った! なんで嘘つくの? 別にいいのに」
「嘘をついたわけじゃない」
「ねえ、どうだった?」

 あなたを悲しませたくなかったからです、と続けようと思ったが、当の本人は悲しみのかの字も見せずにきらきらと瞳を輝かせて七海に聞いた。なぜか興味津々だ。

「……どうって、別に。普通です」
「そっかあ。やっぱこの赤いのじゃ普通かあ。じゃあこの箱に入ったやつ買ってみよう」
「ちょっと待てなぜそうなる」

 彼女は七海の言葉を完全に無視して一番高い商品をかごの中へと入れた。一応ツッコんでおいたものの仰々しい木箱に入っているそれを七海は棚へと戻すことなく、二階へ続く階段を上った。



「わあ! 男性用コーナーだって」
「ここは関係ないでしょう」

 二階は男性の補助グッズがメインで、カラフルなパッケージが所狭しと並んでいる。主にソロ活動を楽しむためのものが多い。可愛らしい女性のキャラクターがあられもない姿をして男を誘っている。オナホールは特に充実しており、サンプルが各商品にぶら下げられていた。無造作に並ぶ肌色のシリコンたちを手に取り、彼女は再び目を輝かせる。

「わあ、半分に切られてる。断面図ってやつだあ」
「だからここは関係ない――」
「抜群のバキューム力、ふわとろヒダで連続甘イキ、キツキツの締め付けとブリブリのイボで至高の快楽……。七海も買ってみたら?」
「ちょっ、声が大きいッ」

 一つ一つをじっくり眺めてパッケージに書かれている文言を口に出して読み上げた彼女の声が想像以上に大きく聞こえ、七海は咄嗟に口を塞いだ。店内には陽気なBGMが流れているが、なぜか客のほとんどは喋らないし、密やかな声で囁くのみで静かだった。周囲を見渡すと誰も七海たちの事を気にしていないふりをしながら、耳をそばだてているのが分かった。言わんこっちゃない。その可愛らしい口で卑猥な文言を読み上げないで欲しい。変な気分になるではないか。彼女は七海の手のひらの下で何かモゴモゴ言いながら脚をパタパタさせた。くすぐったいのもあるが、口を塞いぐという行為がなんだかとてもいやらしいものに思えてしまい、七海はすぐに手を放した。彼女は文句を言いながらも七海の脇腹をツンツン小突いてからかった。少々気に障るが反応するとまた調子に乗りそうなので黙っておいた。次は三階だ。



 これまでの階とは少し雰囲気が違い、柔らかい感じがする。それに半分以上が女性客かカップルだ。陳列された商品のパッケージはお洒落なものばかりでアダルトグッズには見えない。彼女は小走りでバイブのコーナーへと行き、明るい声を出した。

「ここは女の子のコーナーだ!」
「そうですね。あんな粗悪品よりもいいものがあるでしょう」

 なぜかすごくはしゃいでいるように見えるが動揺してはいけない。ここは堂々と彼女のすべてを受け入れる。庵が家入に無理矢理持たされたバイブとローターは一世代も二世代も前の旧式だった。あんなものを彼女に使うわけにはいかない。今は女性の身体に優しい商品が数多く開発されている。せっかく来たのならば安全でお互いに楽しめるものがいいだろう。どれどれ、と七海は一つのバイブを手に取ってみる。手触りは柔らかく全体的に丸みを帯びており、彼女の身体を傷つける危険はなさそうだ。挿入部にはヒーターがついているので使ったときにヒヤリとしないらしい。色もパステル調でピンクとブルーがあり、好みのものを選べる。彼女も興味を持ったらしく、横から覗き込んでふむふむ言いながら七海の持つバイブを眺めた。

「すごくお洒落だね。バッグに入ってても違和感ないかも。買ってみよっか」
「持ち歩く必要ありますか?」

 バッグに入れる意味がわからないと、思わずツッコんだのに彼女は何の反応も無かった。ふと横を見るとかごにはパステルピンクのバイブが入っているし、彼女は隣の棚に移っていた。

「クリ吸引……? SNSで話題なんだって! 買ってみよう」
「結構いいお値段しますね……」

 数あるラブグッズの中でもひときわ目立つ場所に陳列され、関連商品もずらりと並んでいる。彼女はその中の最も高価な商品を手に取り、迷わずかごの中へと入れた。カラーは珍しいブルーグリーンで高級感のあるデザインだ。イボだのパールだの下手な小細工はなく、吸引と振動のシンプルな機能のみ。しかしそれが最も重要なのだ。小手先のテクニックには頼らなところが非常に信頼できる。こういった商品の相場をよく知るわけでは無いが、明らかに他のものと一線を画すそれは神々しささえあった。圧倒的なパワーを感じさせる佇まいに七海は感嘆のため息を漏らす。なるほどとじっくり説明を読んでいる間に、またしても彼女は別の棚の前に行っていた。先ほどから妙に元気がいい。もっと恥ずかしがってモジモジと照れたり、隠れたりするかと思ったのに彼女の積極性に七海は少々戸惑っていた。

「Gスポットを強力に刺激だって! 買ってみよう」
「随分楽しそうですね」

 またしても迷うことなく購入を決め、次の棚へと向かおうとした彼女の背中に向かって七海は声を掛けた。

「あ、ごめんね。七海も選びたいよね。ディルドは好きなの選んでいいよ」
「……大きな声でディルドとか言わない」

 少々棘のある言い方に彼女ははっと何かに気付いて立ち止まり、振り返って申し訳なさそうな顔をして謝った。が、違う。そうではない。選べないので拗ねているのではなく、なぜそんなに楽しそうなのかと言いたいのだ。もしや普段の性生活に満足していないかもしれないという一抹の不安が七海の脳裏をよぎる。そんなことを考えているうちに彼女はお悩み解消コーナーに行ってしまった。
 
「あっ、コックリングだって。こんなのもあるんだ! 持続力アップって書いてるよ」
「別に早漏ではないからいりません」

 彼女の手には「男たるもの長持ちが命!」と書かれた円形の道具が持たれていた。根元にはめ込むことで勃起力と持続力が上がり、射精時の快感もアップするらしい。眉唾物だが本当だろうか。七海が訝し気に見ていると、少し言いにくそうに彼女が商品を差し出してきた。何の変哲もない金属製のシンプルなリングだ。亀頭と竿のくびれに装着するタイプで、ナントカという磁気を発生させるマグネットが内蔵されており、男のプライドをサポートしてくれるらしい。

「買ってみたら? おしゃれでかっこいいかも」
「私には必要ない(なぜなら早漏では無いから)」

 サポートされる必要などない。七海の心の声の繰り返しにはなるが、なぜなら七海は自称「早漏ではない」からだ。それに彼女が持ってきたものは自分には小さすぎると、サイズが書かれた場所をトントンと指で叩いた。彼女はあまり意味がわかっていないのか顔中にクエスチョンマークを張りつけながら、コックリングを残念そうに棚に戻した。次は四階だ。



 四階はローションやコンドームなどが陳列されている。棚一面にずらりと並んだローションを見て彼女は嬉しそうに声を上げて笑った。ずらりと並ぶローションはなんとも言えない不思議さを醸し出している。オナホール用、アナル用など細分化されいて星の数ほど種類があるようだ。

「色んな種類がある!」
「アナタには必要無いでしょう」

 一般的なサイズより大きい七海は、今まで度々スムースな挿入ができずローションの世話になってきた。しかし彼女は濡れやすい体質なのか七海のテクニックによるものか、今まで潤滑剤の必要性を感じたことはない。挿入時はいつも処女のような締めつけを感じるのに、入ってしまえばどんどんと溢れてきて最後にはベッドがびしょ濡れだ。そんないつもの様子を思い出しながら七海は得意気になり口角を上げた。

「でもお風呂で使ってみたら楽しいんじゃない? 買ってみようよ」
「……それもそうだと思い直したので買います」

 彼女がマットプレイ用のローションを手にして七海に提案した。確かに一理ある。自宅で使うと風呂掃除がとてつもなく大変だろう。それに今から行く場所にはきっとマットのレンタルがある。せっかくだからいつもとは違ったプレイをしてみるのも一興だ。ローションを手に取った彼女が乗っかり、ぬるぬると奉仕する様を想像して七海はにやついてしまった。悪くない。寧ろ最高だ。きっと彼女の言う通り楽しいに違いない。七海は業務用サイズのマットプレイ専用ローションをかごに入れた。ずっしりと重いかごの中を見ると、当然だがアダルトグッズばかりだ。少し張り切りすぎている気がしないでもないが、たまにはいいだろう。そんなことを考えていると彼女は棚の裏に回って七海は一人になっていた。業務用ローションとバイブ数種類を持った一人客のようになってしまい、慌てて彼女を追いかけた。彼女はコンドームの棚の前でまたはしゃいでいた。

「いつものやつでいいのでは」

 彼女との隔たりは薄ければ薄いほどいいと思うけれど、七海は”あえて”厚めのタイプを選んでいた。より長く彼女を感じたいし、お互いに満足するまで繋がっていたい。だからコンドームを変更することに抵抗がある。決して早漏ではなく、相性が良すぎるあまりにそうなってしまうのを防ぐためだ。

「暗闇で光るんだって! どう?」
「シュールすぎる……」

 ぺニスが暗闇で光る必要があるだろうか。いや、無い。一応嫌そうにしてみたたものの、彼女は気にせずかごの中に光るコンドームを入れた。厚さは薄めに作られているらしい。光るだけでも意味がわからないのに、薄さも追及するなんて余計なお世話だと七海は思った。

「つぶつぶが付いてる! どう?」
「そんなにたくさん買わなくても……」

 快感アップのためにそうなっているらしい。オマケ程度についた突起で果たしてどれだけの快感がもたらされるのか甚だ疑問である。厚みは普通だが、もう少し厚くてもいい。ツブツブで気持ちよくなった彼女に締め付けられたら早まってしまうかもしれないからだ。重ねてにはなるが決して早漏ではなく、お互いの満足感を高めるために心配しているだけだ。弱々しく不必要であることを主張してみたものの、まてしても彼女は七海の意見を無視してかごに放り込んだ。

「俺史上最長記録更新だって! どう?」
「えっ?(早漏だと思われているのか?)」

 手に取られていたものはいつものやつとは違っていたが厚さが一般的なコンドームの二倍あるそうだ。なぜ彼女がそれを薦めてくるのが理解できない七海は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。どう? と聞いているくせに七海の同意は関係ないらしく、既に俺史上最長記録更新はかごの中。まあいい。きっとこれで長持ちするはずだ。何度も言うが早漏ではない。性生活を楽しむために必要だということを理解して欲しい。



 一通りコンドームを吟味したあと二人は五階にやってきた。ここはセクシーランジェリーが売られている。他のフロアと違ってカップルばかりだ。店内には所狭しと様々な趣向を凝らした下着が並んでいた。大胆なものもあれば、可愛いものもある。七海はどんなものを好むのだろう。いつも下着をすぐに脱がしてしまうのでこういったものにはあまり興味は無いのかもしれない。彼女は悩みながらも色々と見て回った。あまり派手すぎない甘めのものがいいだろうと、たくさんのフリルとリボンがあしらわれた純白のベビードールを手に取り身体に当てて七海の反応を伺ってみる。

「わー、こんなところに穴が空いてる。エッチだ……!」
「少し品が無さすぎませんか」

 全然興味ないですね、とでも言い出しそうな顔をしながらも、上から下まで舐めるようにネットリと眺めていた。この男、実は興味津々である。

「試着して写真撮ってもらったら安くなるんだって」
「店内に掲示されるので絶対に駄目です」

 試着割引では顔を出さなくてはいけないし、そもそも彼女の身体を人目に晒したくない。しょんぼりしながら棚に戻そうとした彼女から下着を取って七海はかごの中に入れた。そんな七海を彼女は何も言わずにニコニコと見つめる。店内ではずっとむっつりしているくせに、七海もちゃっかり楽しんでいるのがわかっているからだ。

「男性用もある! 男の膨らみを大きく魅せる、だって」
「わざわざ大きく見せる必要は無いでしょう」

 いちいち口に出して言わなくてもわかるだろうとでも言いたげに七海は胸を張った。人より大きい自覚はある。しかし自慢ではない。そのことで相手に苦労させてしまったこともあるので申し訳ない気持ちさえあるのだから。大きさだけが男の価値では無いし、それを鼻にかけているわけでもない。しかし、事実として、七海は一般的なサイズよりも大きい。これはどうあがいても変えようがない。だからわざわざ大きく見せる意味はない。もともと大きいからだ。表情からはうかがい知れないが、七海の心の中の声は騒がしいだろう。

「女の子がエッチな気分になるんじゃない?」
「……買ってもいい」

 確かにその通りだ。気分が盛り上がって楽しめるのなら買ってもいいだろう。まあ別に無くてもいいんですがね、と顔に書いてあるのを見て彼女はフフフと声を漏らして笑った。



 最後は六階。コスチュームコーナーだ。マンネリ打破などと書かれているけれど七海は全く気に留めていない。ナースや制服、メイドなどの衣装が所狭しと並んでいるがあまり興味はわかず、さっさと帰ろうと考えている。そもそもマンネリなどしていないからだ。それにどうせすぐに脱がせるのだから彼女の外側がどうなっていようと関係ない。

「スクール水着とかどう? セーラー服とか、メイドも可愛い!」

 しかし彼女はどうやら違うらしく、複数の衣装を手に持って七海にどれがいいかと聞いた。ずいぶんと楽しそうにしている。もしかして日々のセックスが恒常化しているとでも思っているのだろうか。

「未成年をどうこうする趣味はありませんのでスクール水着もセーラー服も無しです。メイドは可愛いとは思いますが、スカートが短すぎる。メイドにするならばもう少しクラシカルなロングスカートの方がいいでしょう。この中であればチャイナ一択です」

 聞かれたので懇切丁寧に七海は答えた。どうやら彼女は七海の好みを把握していないらしく、的外れなものばかりを持ってくる。セクシーさを強調するためにありえない短さにされてしまったセーラー服のどこがいいというのだ。スクール水着も背徳感はあるかもしれないが、それよりも性犯罪の匂いがしてしまい集中できない。その他諸々の衣装たちも意図的に短くされたりスリットが深すぎたりと、わざとらしさが目立ち不自然だ。彼女は首を捻りながら「じゃあ、これ?」と言いながら膝上丈のチャイナドレスを持ってきた。七海は大きな溜息を吐いてやれやれと首を振った。全く、全然わかっていないではないかと呆れてしまう。

「短すぎるスカートは逆にそそられないんですよ。襟がしっかり立っていて長袖のものを。生地が安っぽいので専門店で仕立てた方がいいでしょうね。あてがあります」
「チャイナが好きなの?」
「そういう訳では無いんですが、肌の露出を極力抑えているのに、その下にはとんでもない助平な下着を着ていると思うとグッとくる。男の浪漫です」
「……そう。なんかこのフロアでだけよく喋るね。七海はコスプレしたかったんだ……」
「たまにはいいかと思って提案してみただけで深い意味は無い」
「ふーん……」
「なんですかその目は」

 得意げに語る七海を見て彼女はがっくりと肩を落とした。他の階ではボソボソ小さな声だったしあまり楽しそうでは無かった。しかしコスプレコーナーではやけに饒舌だ。彼女は七海との性生活には概ね満足している。ワンパターンだとか代り映えしないなどということもなど考えたことは無かったのに、前のめりでチャイナ服について語る七海はちょっと、いや、かなり怪しい。もしかしたら自分とのセックスに満足していないのではないかと不安がつのる。

「そんなにウキウキしてたらすぐ終わっちゃうかもしれないから、やっぱりコスプレはやめよう」
「えっ……?(やはり早漏だと思われているのか?)」

 いつもと違った雰囲気になって楽しいかと思ったが今日は無しだと、彼女は抱えていた衣装を元に戻した。盛り上がり過ぎて速攻で終わってしまったら悲しくなる。七海がどうしてもというなら今度チャイナ服を仕立てに行かないでもないが、今そのことを言うのはやめておくことにした。

 一方七海は彼女の『すぐ終わっちゃうかもしれない』という言葉を何度も脳内で反芻していた。確かに喋り過ぎたかもしれない。気持ち悪いと思われたのだろうか。それにやはり「七海はいつも早いよね」と思われている気がしてならない。七海が早漏なのではなく、彼女が良すぎるのだ。



 レジで手を繋いでカップル申請をすれば割引があるらしく、彼女は七海を誘った。しかし七海は「別に割り引かれなくても」や「人前でわざわざ手を繋ぐ意味はない」などとウダウダ言って恥ずかしがり、一人で清算を終えてしまった。そそくさと立ち去ろうとする七海を小走りで追いかけ店を出る。こういうところは非常にめんどくさいけれど、これぞ七海という気がしないでもない。

「いっぱい買っちゃったね」
「なんでそんなに楽しそうなんですか」
「七海は楽しくなかったの?」
「そうではないのに、なぜか腑に落ちない部分がある」
「早くラブホに行こうよ」
「大きな声でそういうことを言わない」

 そんな可愛くてちょっぴりめんどくさい恋人と店を出てから手を繋いだ。温かく大きな手に触れるとほっと心が安らぐ。途端に彼女は眠気に襲われた。非日常的な空間でテンションが上がり過ぎたせいだろう。七海にもたれ掛かりながら駐車場へと急ぐ。瞼が重く、早く目を瞑りたいと思ってしまう。店を出てから急に大人しくなった彼女を見て、七海はこれから先の事を考えて期待に胸を膨らませているのだろうと思った。ふにゃふにゃしながらしな垂れる姿が可愛らしい。今日は大いに盛り上がるだろう。

「長持ちするやつ試してみたいな」

 これから起こることをうきうきと想像していた七海は彼女の予想外の言葉にすぐ返事をすることができなかった。

「……もしかして早いと思ってるんですか?」

 ごくりと喉を鳴らしてから、意を決してずっと気になっていたことを聞いてみる。

「そういう訳じゃないんだけど、いっぱいしたいから……」
「さっさとシートベルトして」

 ぽっと頬を染めてはにかむ彼女を見て七海の心臓はドクンと音を立てて跳ねた。相変わらず全てが最高だ。助手席でぼーっとしながら眠そうにしている彼女を急かした。目的地は決まっている。



***



「着きましたよ。起きて」

 七海の隣ですやすや寝息を立てる彼女の肩に触れながら声をかける。全く反応がない。気持ちのさそうな寝顔を見るといつもならそのままベッドへ運んで寝かせてやるのだが、今日はそういうわけにはいかないのだ。なんとか起こそうと七海は何度か肩を叩いた。

「……嘘でしょう。起きない」

 やはり起きる気配はなく、車内には規則正しい寝息で満たされた。

「つねりますよ」

 予告をしてから頬をつまんで引っ張った。ぷよぷよと柔らかい肉が気持ちいい。片側だけでは起きてこないので、両頬をつまんでみる。

「……痛いよ、やめて」
「立って歩いてくれないと、無理矢理連れ込む奴だと思われる。お願いですから」
「うぅ、寝たい……」
「とにかく部屋までは歩いてもらいます」

 なんとか口は開いたものの目は閉じたままだ。担いで連れて行ってもいいが性犯罪者と間違われる可能性があるので、七海は彼女を支えてなんとか立たせた。ふらふらしながら目をこすり、大きな欠伸をしつつ、なんとか七海の手を取り歩き始める。

 一番いい部屋を指定してエレベーターに乗りこんだ。彼女と行く初めてのラブホテル。期待で胸は高鳴るし下半身も騒ぎだした。焦る必要はない。これからたっぷりと時間はある。広いバスルームでマットプレイを楽しんでもいい。純白のベビードールを着た彼女はきっと最高に可愛いだろう。購入した玩具も使って彼女を心ゆくまで愛したい。



 部屋に入ると彼女は一目散にベッドへ飛び込んだ。清潔に整えられたリネンにふかふかのマットレス。一瞬で眠りに落ちてしまいそうだ。

「こら寝るな」
「昨日全然寝てないもん……」
「さっき店ではあれだけはしゃいでいたくせに、いざとなったら眠いだなんてどうかしてる」
「一時間だけ寝かせて。お願い……」
「寝入るとなかなか起きないから嫌です。いっぱいしたいと言ったのはあなたでしょう。起きて早く」

 ベッドに沈んでいる彼女を抱えようとするが、わざとらしく力を抜いてぐったり脱力するので落としそうになってしまった。そのままベッドの中にごそごそと入っていく。女子会から帰って来たときと店にいるときとはまるで違う様子に七海は頭を抱えた。ここまで来てオアズケなど許されるわけが無い。掛け布団を剥ぎ取り、丸くなっている彼女をひっくり返してベッドへ押さえつけた。その上に覆いかぶさりキスをする。嫌がる振りをしながらも七海を受け入れ舌を絡ませてきた。

「ねむいのに、むりやりエッチなことされちゃう……。だめぇ」

 からかいを含んだ彼女の反応にまた下半身が反応を示す。七海が彼女の首筋を舐めると、吐息を漏らしえて身を捩った。早くその気になって欲しいと必死になってキスを落とす姿がなんだか可愛らしく感じてしまい、彼女は意地悪な気持ちがむくむくとわいてきた。七海の身体を押し返したりキスから逃げたり、もっと嫌がったふりをしてみた。そんなことはお構いなしに服を脱がせにかかっている七海の余裕の無さに胸がきゅんと締め付けられるようだ。

 彼女の無駄な抵抗をあしらいながら、七海ははっとした。そういえばこっそりと良いものを買ってある。ちょうどいい。抵抗するならば容赦はしない。なぜなら七海はもう限界なのだから。七海は茶色い紙袋の中から麻縄を取り出した。

「絶対わざとだ許さないこれで縛り上げてやる」
「えぇ~! いつの間にか変な紐買ってる! ウソウソ! 起きるから! やめてっ」
「大人しくしろ」

 押せば簡単に倒れ、腕を掴むといとも容易く拘束されるような全く本気さを感じさせない抵抗に、なんだか手のひらで転がされ続けている気がしなくもない。必死の形相で迫る七海を拒むふりをしながら、彼女は楽しそうに笑っていた。まだまだ今日という一日は始まったばかり。


 ゆっくり眠るのは楽しんでからにしてもらおう。