長引く会議を終えた術師達がぞろぞろと部屋から出た時、七海の対角線にいた彼女と五条は立ち上がろうとせずその場で何やら話し込んでいた。仕事の話だろうとわかっていても耳をそばだてて盗み聞こうとしてしまう自分に七海はもう言い訳することは無い。彼女の全てを知りたい。しばらくして話が終わったのか二人同時に立ち上がったのを見計らい、七海も席を立つ。そんな姿をみて五条がからかうように声をかけた。
「七海ぃ、視線がアツすぎじゃない?」
「わかっているならその手を離してください。セクハラです。君も何とか言え」
彼女の肩に添えられた手を払うと五条はわざとらしく両手を上げて降参のポーズをとる。
「五条さんの距離感に慣れちゃうと駄目だね」
彼女は申し訳なさそうな顔をして七海と五条を交互に見て言った。
「ほら、オマエはさっさと行かないと間に合わないでしょ。しっかり働いてよ」
「分かってますってば。じゃあね七海」
彼女の後ろ姿を見つめながら、七海は無事帰って来るよう祈りを捧げた。彼女の背中は小さい。身長が平均よりも低いし体重も軽い。それを強みとして女性らしいしなやかさで軽やかに呪霊を討伐する姿を美しいと誰かが言ったが、戦う彼女を見るのは七海にとっては苦行と同じだった。傷つく姿を見たくない。痛い思いをしないで欲しい。彼女は普通の女性として生きるべきで、こんな世界から遠ざけてやらなければならないのに。すべて七海の自分勝手な思いだったがそう願わずにはいられない。遅かれ早かれ自分も彼女も死ぬ。それもまともな死とは程遠い。彼女を失うことも、彼女が失った誰かを想って嘆くこともあってはならないのに。しかし二人とも呪術師をやっている以上免れないとわかっている。こんな世界で出会いたくなかったが、始まってしまった運命を変えることはできない。だから七海は、来世で再び出会うまでは彼女とこれ以上の関係を望まないと決めている。
今日はこのまま交戦することはないと考えているのか、珍しく私服を着ていた。初めて見るフレアスカートとショートブーツを履いている。それなのに、太腿まで隠してしまうほど長いカーディガンを羽織っていたのでせっかくの曲線美が台無しだと七海は悔しがった。ふわりと広がりのあるスカートを履くなら、トップスやジャケットはタイトなものを選ぶべきだろう。その方が彼女にも似合う。そう、彼女に黒い服など似合わない。七海は帰りに洋服を買って帰ろうと決めた。ドールに着せて自分が考えたコーディネートが彼女に似合うか確認したいと思ったからだ。
「キャー! 七海クン、こわあい!」
彼女の立ち去る姿が遠ざかると五条がふざけた声を出して七海をからかった。心底楽しそうに人をおちょくる姿は見慣れたものだが、やはり気分が良いものではない。
「彼女をあまり遠方に行かせないでください。体力が無いのに」
「保護者面しちゃって、そんなんじゃ嫌われちゃうよ」
五条は馴れ馴れしく肩を組んで七海にもたれ掛かると密やかな声で耳打ちした。
「最近、アイツを見る目が前にも増して超ヤバイ感じなんだけど。なんか悪いアソビでもしてんじゃない?」
「勝手な妄想はやめてください。お疲れ様です」
ひっついた身体を無理矢理に引き剥がし、努めて平静を装って会議室を後にした。彼女に対する尋常ならざる七海の想いは、五条の六眼にはどのように映っているのだろう。
辺りをそれとなく探したが彼女の姿はもう無かった。彼女に似合う服を探さなければと七海は思い出し、高専を後にした。
彼女が遠方の調査任務へ行った翌日のこと。七海が理想のコーディネートへ着せ替たドールを使っていつもの遊びを楽しんでいたところ、高専から一本の電話が入った。彼女がその任務で大怪我を負ったという内容で、言葉は七海の頭へ入ったと言うのに内容を理解することができずにしばらく黙り込んだ。地元の警察官が彼女を発見した時にはまだ意識はしっかりとあったらしいが、その後救急病院に運び込まれ死の淵を彷徨った。家入が彼女の搬送先である地方の大学病院に駆けつけた時、集中治療室で蘇生処置を受けていたらしい。幸いなことに院長と高専の上層部に何らかの繋がりがあったらしく、現地で施された家入の反転術式を受けて彼女はその身体のすべての機能を回復させた。脳には重大な損傷は無かったものの、想像以上のダメージを負ったせいか意識を取り戻さぬまま数日が過ぎた。そして引き続き治療をするという名目で高専の医務室へその身体は返されたのだ。七海が彼女と再会できたのは事件から五日が経った時だった。それから三日、七海は医務室へ通い詰め彼女の側を離れなかった。