運命の悪戯

第3話

 七海が彼女で初めてオナニーをしてしまった日は激しい雨の日だった。夜の寮を抜け出しコンビニに行くという七海に着いてきた彼女は、恐らく何も考えていなかったのだろう。真夏の夜は蒸し暑かったし、着替えるのが面倒で部屋着のまま出て行きたいのは理解できる。それでも、この格好は無いだろうと七海は思った。薄いよれよれの白いTシャツをぺらりと着て、実家から送られてきたと予想される訳の分からない柄の大きなハーフパンツを腰にひっかけ、かつてビタミンカラーだったであろう煤けたビーチサンダル履いて、荷物は財布と携帯のみというだらしない恰好で色気とはかけ離れていたはずだったのに。

 コンビニから出てしばらく歩いた時に猛烈な雨が降り出し、寮に着いた頃には二人とも下着までぐしょぐしょに濡れてしまっていた。彼女の髪から滴る水滴がコンクリートを濡らし、肌に張り付くペラペラのティーシャツに水色のブラジャーがくっきりと浮き出ていた。サイズが合っていないのかブラジャーの上の方から丸みを帯びた肌色がはみ出しているのがわかった。ハーフパンツが水を吸って重くなり、ずり落ちそうになるのを支える彼女の腕は手入れしているのか毛が生えていなかった。腸骨にひっかかりなんとか落ちずに済んでいたが、ブラジャーと同じ水色のツルツルした素材のパンツが見えている。まるで女みたいだと七海は思った。それから突然雷に打たれたように電流が体を走り抜け、一気に股の間が熱くなり、恥ずかしさに耐えられず彼女に背を向けた。がっかりしたように「最低」「パンツまでビショ濡れ」などと騒ぐ彼女の声がどこか遥か遠くの方から聞こえてくる気がしたが、七海はいつものように返事をすることが出来ないでいた。頭の中でガンガンと警笛が鳴り響く。早く部屋に戻らないと取り返しのつかないことになる。それなのに腹の奥底から湧き出てくる猛烈な衝動を抑えきれず、今すぐにこの場で彼女を押し倒してずぶ濡れの衣類を引き裂き滅茶苦茶に犯したいと考えてしまっている。そんなこと、許されるはずがない。わかっているのに七海の頭の中では既にこの場に彼女を押さえつけ、透けた下着をずらそうとし始めていた。まずい、これ以上は。そう七海が思った時、彼女がいつものトーンで声をかけてきた。

「何ぼーっとしてるの? 早く部屋に戻ろうよ」

 まるで何事も無かったかのように発せられたその言葉に、七海は一気に現実の世界へと引き戻された。そこはいつもの学生寮で時刻は間もなく二十二時を回ろうとしているところだった。夜間の外出は原則認められておらず、誰かに見つかると厄介なことになると知っているのに、どうしても足を動かすことができない。なぜなら部屋に戻るには彼女の方を向かなくてはならないからだ。今、前を向くと完全に勃起していることがばれてしまう。七海は濡れたシャツを絞るふりをして背を向けたまま彼女に言う。

「お先にどうぞ」

 平静を装うことに精一杯でいつも以上に冷たい物言いをしてしまったと思ったがこれ以上取り繕うことが出来なかった七海は、シャーベットアイスと携帯が入った袋を突き出して彼女をさっさと部屋に戻すよう努めるほかなかった。

「しっかり乾かして寝なよ。おやすみ」

 七海は頷いて彼女の足音が遠ざかるのを確認するとその場にしゃがみ込んだ。大丈夫だバレてるはずがない。

 それから部屋に入るや否やその場に座り込み、全く治まらないペニスを握って激しく上下させた。なんとか靴だけは脱いだが、水滴が滴る服さえ脱がず本能のままに扱きまくる。

「はあ、はあ、水色の、ブラジャー、透けて……! あのまま全部、剥ぎ取って、パンツずらして、突っ込んでやりたかったッ」

 濡れたズボンを脱ぎ捨て腰を突き出し、必死になって利き手を上下させる。一度射精すればこの熱はおさまるだろうと思い、とにかくすぐに吐き出したくて空いた手で乳首に刺激を与えながら快感だけに意識を集中させた。目を瞑ると先ほどの彼女が見せた官能的な姿が瞼の裏に浮かぶ。きらきらとピンクやイエローの輝きまで身に纏い『七海のおちんちん、ここに入れて……』と足を大きく割り開いて濡れた下着ずらし、薄いピンク色のヴァギナを見せつけてきた。

「だめなのに、あの子で、こんな、ごめんなさいっ。でも、きもちいいッ! 止まらないっ」

 少しでも早く射精するためにぐいぐいと腰を突き出して動かし、一定のリズムをつけてペニスを擦り続ける。先走りがぬるぬると出てグチグチと音を立てた。彼女に入れたらどんな感じなのだろうと想像しながら絶え間なく手を動かす。早く出さないと身体がちぎれて死んでしまいそうだった。

「ああ、ヤバイ。いく、いくいく、でる、でる、いく、でる、あっ、でるッ! ぅうッ……!」

 最速記録を更新するほどのスピードで一気に果てると、精液は勢いよく壁の方まで飛んで行った。それでもまだまだ熱は冷めず、まずは射精の余韻にしばらく浸る。奥歯を噛みしめフウフウと動物のように荒ぶった呼吸を整えようとしてみた。なんとか少し落ち着いたら、先端から流れ出た精液を竿になすり付けて二回目の射精をするため再び手を上下させ始めた。結局、彼女の先程の姿を思い出しながら三回射精して七海はようやく眠りにつくことができた。その時初めて、彼女に好意を持っている自分に気がついたのだった。幸か不幸か自分の秘めたる想いを自覚することができたが、同時に鮮烈な映像と強烈な性的快感とが結びついてしまい離れなくなった。

 あの時の光景が大人になった今も尚、七海の頭の中に残っている。何度も繰り返し思い出される雨に打たれたびしょ濡れの彼女の姿。あれ以来七海は、彼女以外で射精したことがない。それまでは至って普通のオナニーだったのに、お気に入りのグラビアでも無修正の動画でも、脳内で彼女に変換しないと抜けなくなってしまった。会社員時代に何人かの女と付き合ってみたが、いざその時になると彼女の事が頭にちらつき全く勃たないのだ。キスもスキンシップも、手を繋ぐことさえも自分からはできなかった。彼女でない女の事を不気味で不衛生だと感じてしまう。強引に誘われて付いていったホテルのベッドに横たわる裸体に彼女を重ねてみても触れることすら出来ず、それが理由で何度も振られている。もうどうでも良かった。彼女以外は。それほど七海の中には激烈に彼女が君臨している。ただの同級生だったはずなのに、今では神の如く唯一無二の存在になった。こんなこと馬鹿らしいと幾度となく振り払おうとしたが、彼女はずっと消えずに七海に取り憑いている。呪われているのかと思ったが、彼女をこんなにしてしまったのは七海自身のせいだとわかっていた。七海が彼女を呪っているのだ。あの日、あの時、雨が降らなければ今とは違った未来があったのだろうか。雨に濡れた彼女の姿を知らなければ、透けた下着を見なければ、こんなに歪んだ愛を一人で燃やすことは無かったのかもしれない。あの夜彼女に出会わなければ、あの後彼女を想ってオナニーしなければ、好きだと告げることができていたとしら、二人の関係はもっと違っていたかもしれない。でも今更何もかも遅い。このまま命が尽きるまで、この呪いと共に生きていくしかないと七海は諦めていた。