七海が初めてラブドールという存在を知ったのはとある個人の動画だった。アダルトビデオもいいがわざとらしい喘ぎ声や淫らに男を誘ったりする姿が彼女と結びつかず、最近は素人モノばかりを見ていた。それでも彼女はこんな風に知らない男に抱かれているのかと考えると胸が軋む。彼女がこんな汚い男に付いて行って安いホテルですぐに身体を差し出すわけがない。彼女があんな下品な喘ぎ声を出すわけがない。彼女があんな紐みたいなセックス用の下着を着けるわけがない。彼女は誰のものにもならないのだから。なぜなら、今まで恋人がいるといった類の話を本人からももちろん、噂話さえも聞いたことが無かったからだ。彼女は処女に違いないと七海は信じて疑わない。こんなことを言うと彼女は怒るかもしれないが、と心の中で前置きをしてから七海は呟く。
「あんなに魅力的なのに、身なりがどうも野暮ったい……」
いつも黒ずくめなのはもちろん、高専の時に見た私服も田舎の母が近所の量販店で購入して送ってきたものをそのまま着用していた。休日に都心に出かけるときも「本当にその恰好で行くのか?」と問いかけたくなるほどの選択だった。実際、家入に何か言われて服を貸してもらったと言っていた事があった。残念ながらその日の七海は遠方に出ており、その姿を見ることができなかったのだが。灰原にすごくお洒落になっていたと聞いた時に「興味が無い」と返事をしてしまったことを今は後悔している。しかし、まあいい。服装のことなどどうでも、と七海は思っている。中身が彼女でさえあれば、外の付け替えられる部分など彼にとっては大した問題ではないからだ。彼女がありのままの姿でいることが七海にとって重要だった。誰にも染まらず、そのままでいて欲しいと願うばかりだ。
そんなわけである日、七海がもう少しプライベートな本当のセックスがどういったものか見てみたくて投稿型サイトを探していた時のこと。サジェスト動画として出てきたそれをたまたま目にしたのだ。サムネイルを見た時、なぜ目を閉じているのだろうと思った。しかしタイトルを見ると「ラブドールと濃密セックス」と書いてあり、これは人形なのだと気づく。何か運命めいたものを感じてどんなものなのか見てみようとクリックしてみると、初めてポルノ雑誌を見てしまった時のような衝撃が走る。動画の中に出てくるドールはあまりにリアルで、まるで、生きている本物の人間のようだった。柔らかそうな肌、青い血管、揺れる胸……。七海の目はその動画に釘付けになった。頭の中で彼女の代用品として利用しようとした人間たちの言葉がフラッシュバックする。
『七海君のせいじゃないよ。緊張してるんだね』
『何か悩みがあるなら話して欲しいな』
それでも数回同様の事が続くと、あの人たちは『好きな人が出来た』などと適当に理由を述べて七海から離れていく。結局、誰も彼女の代わりになどなれなかった。当たり前だ。彼女は唯一無二で、絶対にあんなことはしない。七海は彼女以外の人間の肌に僅かでも触れてしまった自分を嫌悪している。彼女とまるで違うくせに、一丁前に七海を誑かそうとしてくるその姿に吐き気をもよおした。それでも想像上の女の身体が実際はどんなものか知りたいと思い、自分の歪んだ性癖を矯正しようと試みたが結局は無理だった。しかし動画の中のドールは文句や嫌味など言わず、投稿者の欲望をすべて受け入れてその肉体を差し出している。その様を見て、人生で二度目の電撃を食らった。オナホールの存在は知っていたがそれとはまるで違う。命がそこにあった。そしてかつてダッチワイフと呼ばれていたそれらはもっとお粗末な空気を入れたビニールの袋だったはずだ。七海の知らぬ間に進化を遂げていたらしい。より機能的に、より欲望のままに、より人間らしく。その動画を食い入るように何度も見た。彼女とは似ても似つかない顔をしていて現実にはあり得ない程の豊満なバストだったが、男の願うままに揺さぶられ欲望を吐き出されるその様子を見て七海はたまらず射精した。そして、これしかないと確信する。
それから様々なメーカーを調べあげた。ドールの構造や材質を比較しているうち、とあるメーカーのブランドが目に留まり、その中のサンプルである一体があまりにも彼女に似ていることに衝撃を受ける。髪の長さは違ったが、メーカーに「これはいったい誰に許可を取り彼女をモデルにしているのだ」と苦情を言いたくなるほどだった。七海はそのページを食い入るように見た。徐々に立ち上がるペニスをなだめる様に擦りながら数枚の画像を舐めるように見続けた。よく見ると彼女との違いが多々ある事に気付く。まず、彼女はそこまでバストは大きくない。大きめに見積もってC、もしくはB程度だった。七海は女性のバストサイズに詳しいわけでは無いが、どう見てもこのドールのように零れそうな程では無い。それから眉はもう少し太く、睫毛は短いが毛量は多い。肌の色は問題ない。上半身はもう少しほっそりしていて、あの体重からは信じられないがヒップは引き締まりつつも大きくむっちりしている。それが彼女のコンプレックスだった。
まだ二人が学生の頃の空き時間の事だ。トレーニングをする彼女に付き合った際、上半身に筋肉が付かないと悩んでいた。女はそもそも男に比べて付きにくいし、身体の中で大きい筋肉は大腿四頭筋と大殿筋だから下半身を中心に鍛えたらいいのでは、と何の気なしにアドバイスをしたら素直に受け入れその通りに実行した。それから彼女は足技主体になり飛躍的に成長していく。一撃で仕留める力が無いという理由もあったのだが、そのスタイルが彼女に合っていたようだ。一人で戦うときは足元を崩した後に一気に畳みかけ、誰かと共闘しても狙う場所が下なので攻撃範囲が被りにくく様々な場面で重宝された。意図的にそうしたわけではないのに、より七海の好みに近づいた彼女はますます彼からの熱い視線をその一身に受けることになってしまったのだ。
話を元に戻そう。とにかく彼女の身体の詳細が知りたい七海はあらゆる場面でなんとかそのデータを知ろうと躍起になった。それがある日、とんでもないチャンスが舞い込んでくる。彼女が任務先で軽い熱傷を負ったらしい。幸い、火傷自体は大したことは無いのだが、衣類が燃えたらしく予備の服を用意しなければならないと補助監督が電話していたのだ。きっと誰かが彼女の採寸データを持っているはずだと気づく。それを元に各人に合わせて注文されているからだ。七海は自分の服は自分で用意していたので今まで気づかなかったが、そういえば復職するときに採寸をした事を思い出す。これでドールの正確なボディが作れるとわかると心の底が温もっていき、ついには沸騰しそうな程の熱い何かがせり上がってきた。その情報がどこにあって誰が持っているのか、探さなくてはならない。
怪我の様子を医務室まで見に行くと、本人はけろっとした表情でふくらはぎに出来た水ぶくれの処置を施されているところだった。
「火傷をしたと聞いて心配しましたが、大丈夫そうですね」
「うん。びっくりしただけ」
彼女は一瞬七海に視線を向けたが、すぐに患部を処置する家入の手元に目を落とす。七海がいつまでも突っ立っていることに気づいた家入が側にいた補助監督に目配せをすると、さっとカーテンが引かれて彼女は隠されてしまった。気まずく思った七海は医務室を退室したが、ここからどうやって彼女のデータを入手するかに頭を切り替えた。事務所に何かそれらしきファイルがあるか探してみるが見当たらない。恐らく端末の共有ファイルに入っていると思われるが、個人情報なのでロックされている可能性がある。一か八かで近くにあったパソコンを開き、それらしきファイルを探す。各術師の名前が記されたフォルダは、やはり七海のアカウントでは開けなかった。事務手続き関連のファイルが格納されているフォルダを手当たり次第に見ていくと、『制服発注』と名付けられた一つのファイルを見つけた。誰かに不審がられていないかもう一度周囲を見渡すと、皆それぞれの仕事に集中していたのでそのまま続けることにする。ファイルの中は男女に分けられていて、一般的な採寸に準じたデータはもちろん、頭囲までもが書かれていた。一年前のデータで最新の彼女とは多少異なる部位があるかもしれないが、体形がそう大きく変わった様子は無い。七海はそっとスマートフォンを胸ポケットから取り出し、無音カメラでパソコン画面を撮影した。それからファイルの参照履歴を削除し、直近の任務の報告書を開いた履歴を残してログアウトする。それから何事も無かったかのように廊下に出ると処置を終えた彼女が七海のいる方向に向かって歩いてきていたところで、彼を見つけると歯を出して笑い手を振った。パンツの裾を捲って指差している。傷跡はきれいさっぱり無くなっていた。七海は胸を撫でおろし、近づいてくる彼女に「送りましょうか」と声をかける。
「この後、ご飯の約束があるんだ。ありがとう。またね」
彼女は再び手を振って、出口へと向かって行った。すれ違った時、いつもと違う匂いがした。恐らく、高専に置いてあった予備の服を着ているのだろう。普段より少しゆったりとしたパンツの後ろ姿を見て七海は少し罪悪感のようなものを覚えたが、これは自分にとって必要な事なんだと心の中で自らに言い聞かせ一人で帰宅した。
それから数日後、七海は国産ラブドールの有名メーカーのショールームへ行くため髪を黒く染めてこげ茶のカラーコンタクトを着け、普段と真逆の趣味の服を買い揃えた。自分の外見があまりに目立つことを自覚していたのでこうするしかなかったのだ。誰にも知られるわけにはいかない。ショールームには多くのドールが展示されており、実際に触れることでその質感を確かめることが出来た。ほとんどのドールがセクシーランジェリーを身に纏っており、陰毛の材質や質感さえも確認できる。肝心のホールは別で展示されているのだが、こちらも詳細な解説と共にじっくり見ることが出来た。彼女を隠し撮りした写真を見せて「この子そっくりに作って欲しい」と言いたかったが危険人物とみなされると思いそれはやめた。担当者の名刺をもらい、そこに書かれたメールアドレス宛に詳細な注文を記してオーダーメイドでのドール作成を依頼する。彼女の体の細部を思い出しながらメールを打っている時、七海はどうしようもない程に興奮していた。
どうやら彼女の腹筋は割れているらしい。かつて待機中の彼女と補助監督がお喋りをしていた時のことを思い出す。出張先の温泉旅館に宿泊し一緒に風呂に入った時の話のようだった。「腹筋われてて超かっこよかったです!」「触ってみる?」「ホントだ!」という女性たちのやり取りが聞こえてくる。彼女の服の下を見たことが無かったので衝撃的な発言に倒れそうになってしまったが、関心が無いふりをして経済新聞を目で追う。当たり前だが書かれている内容など全く入ってこない。彼女は腹筋が割れていて、肌は白く、出るところは出ていると言う補助監督の誉め言葉をこっそりスマートフォンにメモした。乳首や陰毛、陰部などについては完全に想像だったが仕方がないと七海は諦めた。彼女は未産婦なので色素沈着は無いだろうという以外はわからず、服に隠れた下の部分は七海の願望で創り出された。乳輪や乳頭は医療用のものを参考にカラーを選び、陰部は完全にそうあって欲しいという願いが込められていた。夏場たまに見る二の腕や足首の色から察するに、きっと彼女の色素は全体的に薄いだろう。唇の色と乳首の色が同じだという根拠の無い噂があるが、それを信じるとしても色は薄めであるはずだ。ホールは着脱可能なものに決めたのであまり細部に拘れなかったが仕方がない。そもそも彼女の隠されたあの部分を見たことが無いので深く考えることが出来なかったと言った方が正しいかもしれない。その他には腕の太さや血管の走行なども事細かに指定した。
三か月後。ついに七海の自宅へ念願のラブドールがやってくる。宅配業者に自宅まで配送してもらおうかと思ったが、中身を知られるとまずいと思い留置きにして仕事が終わってから取りに行った。かなり大きな段ボールが一つと、頭部が入っていると思われる小ぶりのダンボールが一つ。重みもしっかりとあって、この中に彼女そっくりのドールが入っているのだと思うと人目もはばからず勃起しそうだった。車に乗せる作業に集中することでなんとかその場を切り抜けたが扉を締めた車内で胸の鼓動が一気に早まってしまう。必死になだめたが抗うことが出来ず、七海のペニスはどんどん膨らんでいった。下着や洋服は既に用意してある。今から家に帰って開封して着替えさせて、そこから先の事を考えると昇天しそうな程興奮し徐々に息が荒くなってきているのがわかった。事前に用意した台車にダンボールを二箱乗せマンションのエレベーターに乗り込む。幸い誰とも会わず自宅まで搬送することができた。
「ただいま」
七海はまだ誰もいない室内に向かって帰宅を知らせる挨拶をした。
『おかえり』
箱の中から声が聞こえたような気がする。これから二人の生活が始まるのだ。