某ファストフードチェーンで出会った金髪巨乳美女

第14話

 七海建人と灰原雄だった二人は、腹が減ったと顔を見合わせた。たまたま近くにあったファストフード店を覗いてみる。多くの客で賑わっているものの、レジはスムースに流れて次々と商品が提供されていた。混んでいたとしてもすぐ買えるだろうと灰原が言うと、七海はそれもそうだなと思い、その後をついて行った。

 店内に入ると外から見るよりも多くの人でごった返していたが、場所柄持ち帰りの客が多く次々に紙袋を抱えて店を出て行く。デジタルメニューボードにはド派手な季節のおすすめ商品が繰り返し映し出されていて、いつものやつにするつもりだったのに、ぼんやりと眺めているとまんまと食べたくなってくる。灰原は迷うことなくこの店で一番巨大なサンドイッチを注文するつもりだろうと七海は知っていた。当然、ポテトもドリンクもLサイズだ。人生何週目なのかは知らないが、生まれ変わる前も一緒に過ごしていた仲間だったという記憶があるせいか、彼の考えていることはなんでもわかった。灰原雄だった男が裏表なく人一倍わかりやすい人間だというのもあるだろうが。

 お次にお並びのお客様こちらへどうぞ。いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか。ご一緒にサイドメニューはいかがでしょうか。お決まりの台詞が飛び交うなか、ついに二人の番がやってきた。店員に聞かれる前に注文を始めようと灰原がメニューを指差すと、レジの女子がボソリと呟く。

「……いただきます」

 この合言葉を知っている。
 七海は顔を見ずとも運命だとわかった。


「──随分長い間探しましたよ」

 大きな溜息を一つ吐いてから七海が言った。本当に、長い間ずっと探していたのだ。

「あっ! もしかして──」

 わけのわからない会話に困惑していた灰原だったが、二人のただならぬ気配から何が起こったのか察したようだ。七海とレジの女子を交互に眺めて、大きく丸い目をパチパチと動かした。しかし、七海はそれなりに前世の雰囲気を残しているが、レジの女子は似ても似つかない。なぜなら──。

「どうして今度はアナタが金髪に」

 染めたとは思えない美しい金髪と緑がかった瞳を持ち、肌は透き通るように白い。さらに胸元はかなりボリューム感がある。まるで、前世の七海建人のようだった。別の肉体とはいえ同じ魂を宿すのならば、もう少し面影があってもいいのではないだろうか、と七海は思った。合言葉が無ければわからなかったかもしれない。今だって、女のほうから声をかけられなければ気付かなかったくらいなのだから。七海が予想外の出来事に慌て狼狽えているにも関わらず、女は余裕そうにニヤリと笑って言う。

「なあ、バイトもうちょっとで終わんねん。食べながら待っててくれへん?」
「わかりました。行こう灰原。って、灰原って誰だ。自然と口をついて出るこの喋り方もいったい……」
「端っこの席で待ってるね!」


 注文品を受け取った灰原が嬉しそうにはしゃぎ、手を振っている。一方七海は、女の整った外見から想像できないほど流暢な関西弁を聞いてなんだかモヤモヤとした気持ちになっていた。前世のことを全て覚えているわけでは無く、なんとなくイメージがあるだけではっきりしたビジョンは無かった。女と話したことで少しずつ記憶が蘇ってくるような感覚があり、それが気持ち悪いのだ。次も必ず会おうと約束して、違う道を進んだのはわかる。それから、どうなったかははっきりしない。

 いつもと変わらぬ食いっぷりで早々にLLセットを食べ終わった灰原を尻目に、七海はモソモソと白身魚のフライが挟まったサンドイッチを食べていた。ポテトはほとんど減っておらず、サイダーをチビチビと口に含んでは溜息を吐いた。灰原は明らかに動揺している友人に「良かったね」だの「まだかなぁ」だの声をかけてみるが、帰ってくるのは生返事のみ。

 しばらくすると着替え終わった女がアップルパイとホットティーが載ったトレイを片手に、七海と灰原が待つテーブルへとやってきた。

「お待たせ~。久しぶり~。七海はどこまで思い出してるん?」

 都内有名女子高のセーラー服を身に纏い、ヒラヒラと手を振りながら優雅に歩いている。いや誰やねん。七海は思わず心の中でコテコテの関西弁でツッコミを入れてしまった。外見は別人なのに、中身は完全にあの女で戸惑いを隠せない。

「関係性はよくわかりませんが、関西弁の変な女を探さないと気が済まないという感じです。イメージだけ持っているのに、現実のアナタが全然違う。どういうことですか」
「転生したら金髪巨乳美女でお嬢様学校に通っていた件、って感じやな」
「なんだその売れないライトノベルみたいな文句は。……なぜかこの合いの手にも何らかの懐かしさを感じる。どういうことなんだ。混乱してきた」

 七海の早口オタクムーヴをものともせず、女はさも当然のように灰原の横に座った。いやなんでやねん。七海は心の中でまたツッコミを入れてしまった。だって、七海は自分の隣に来るものだと思っていたのに灰原の横に座るだなんて。以前は親しい間柄だったんじゃないのか。あまり思い出せないけれど深い仲だったような気がしてならない。そうでないと、過去の人間相手にこれほど引き摺られているだなんて、正気の沙汰ではない。

「僕は大体覚えてるよ!」
「灰原はえらい爽やかイケメンの大人のお兄さんになって……」
「今は体育の先生やってるんだ。七海だけだね記憶が曖昧なのは」

 初めて会ったとは思えない二人の意気投合ぶりを見て、七海は更に混乱した。隣通しで顔を見合わせながらキャッキャとはしゃぐ様子は、どこからどうみても恋人同士だ。もともと誰にでも愛想よく人見知りしないのが灰原とはいえ、初対面の相手にそれはおかしいだろうと七海はもともとあまり良くない目つきをさらに鋭くして二人がじゃれる様子を見つめた。おもしろくない。七海の重い視線に気づいた女は大きな目をパチパチさせて、七海と灰原を交互に見た。それからニカッと歯を見せて笑いながら七海に向かって言う。

「今はホンマは関西弁ちゃうねんけどな。今世では京生まれの東京育ち。シャレたシティガールやからヨロシク。でもソウルに刻み込まれたアツい想いは前と一緒やで」
「アナタ何者なんですか。物心ついた時から頭に浮かんで離れない。絶対に探し出せと何かが訴えかけてくるんです」

 七海の頭の中に浮かぶイメージはいつも曖昧だった。キラキラ光るモヤモヤした雲みたいなものがあって、その奥から誰かが語り掛けてくる。何を言っているかほとんど聞き取れないけれど、ものすごい圧を感じるのだ。声の主はわからない。しかし、誰かを見つけ出すように言ってるらしいということだけはわかる。いつも聞こえるわけでは無く、道を歩いていたり、テレビを見ていたり、何かのきっかけで突然イメージが現れては消える。きっと尋ね人に関係あるものだとは思うのだが、七海にはそれが何なのか、はたまた誰のことなのか、さっぱりわからないでいた。産まれた時から隣に住んでいた灰原のことはなんとなくわかったのに、一番重要であろう人物のことだけが思い出せずに苦しかった。思い出せない自分に腹が立つのはなぜだろう。七海は物心ついてからずっと、この不可思議な現象に悩まされていた。今だってそれらしき人物に会い、直感でこの人だとわかったのに、なぜ探していたのか、これからどうすべきなのか全くわからない。大きく深い溜息を吐くと、目の前の女は心底嬉しそうに笑った。この笑顔を知っている。けれど、誰なんだ君は。

「実はな、驚かんといてや。私たち、前世でめちゃくちゃ愛し合ってた恋人同士やってん。若くして非業の死を遂げ、生まれ変わったらまた会おうとあの世のこの世の狭間で抱き合って誓ったの覚えてない?」
「とても大切な存在だったことはわかります。かつての飼い犬とか……? 二人で私を騙そうとしているのでは」
「んもー。まだアカンの? 結婚してたから家族やったんやって」

 女がわざとらしく呆れ顔を作ってみせた。この表情の作り方、知っている気がする。大都会東京に似つかわしくない関西弁にも懐かしさを感じる。七海はまた大きな溜息を吐いた。するといつものモヤモヤが少しずつ晴れていく。あれほど聞き取り辛かった誰かの声が、聞こえはじめた。七海を呼ぶ声がはっきりとしてきた。コテコテの関西弁だった。固まったまま動かない七海を灰原が覗き込む。

「そのうち思い出すんじゃない? 僕も全部は覚えてない。でも二人の事だけはしっかり覚えてる。不思議だね」
「そういうことにしとこ。前はあんなに私のこと好き好き大好き絶対離さないって感じやったのに……」

 女は少し残念そうな声を出したが、表情は明るかった。あの七海が自分を忘れるはずがないとわかっているからだ。幸いこの世界には呪霊はいないようだし、何事も無ければ長生きできそうだ。これから少しずつ思い出してくれればいいと思っているから焦る必要はない。アップルパイを一口齧ると、中から熱々のフィリングがとろりと出てきた。甘酸っぱくて美味しい。以前も好きでよく食べていたけれど、七海はベーコンポテト派だったなと思い出してクスクスと笑った。女の思い出し笑いを見て、灰原もつられて笑った。七海は女の口の端から垂れたトロトロのアップルフィリングを見て、とあることを思い出した。

「夜中にヘトヘトで帰って来たとき私の帰宅に気付かずベッドで一人どすけべ本気オナニーしていたアナタを押さえつけて獣のようなセックスをした記憶が蘇ってきた」

 真面目な顔をしながらノンブレスでアダルトビデオのアオリのような台詞を吐く七海を見て、灰原と女はびくりと肩を震わせた。真昼間かつ公衆の面前で口にして良い内容ではない。

「えぇ!? 大人になった七海ってそんなに野性的な感じだったんだ!」
「そういうことは思い出しても口にすな! しょーもないことだけは覚えてるねんな」

 女は顔を真っ赤にしてテーブルから身を乗り出し、七海の口を塞ごうとした。表情一つ変えない七海が口元を押さえられたまま言う。

「強引に交際を迫って断られた挙句、数日放置したのちに無理矢理結婚させた記憶も戻ってきた。……最低ですね過去の私は」

 唐突に思い出される前世の記憶に混乱しているのか、七海は青ざめていた。今まで真っ当な人生を歩んできたと思っていたのに、過去の自分の行いたるや。目の前の女の魂を心の底から愛していたのはわかった。しかし、毎日セックス三昧。寝ても覚めても女を抱き、ヘトヘトになるまで性行為に耽る。好きを制御できず吸い付いたり噛みついたり押さえ付けたり失神させたり。もうやめてと喘ぎ過ぎてガラガラになった声で女が頼んでも、聞こえぬ振りをして子宮口を抉るように突き上げる前世の己に慄いた。まるでケダモノだ。頭が痛い。何をやっているんだ過去の自分は──。

「いや嬉しかったよあの時は。私も今言われてその流れ思い出したわ」
「結果オーライだね」

 ウンウンとうなずき合う二人を見ていると、灰原と女と過ごした日常が蘇ってきた。一時間に一本しかない田舎のローカル線に駆け込み、他愛も無い話をしたこと。ジャンケンに負けて奢らされたアイス。傷だらけになって歩いたあぜ道と燃えるような夕陽。真っ二つになった友人の身体。

──ああそうか灰原。お前は先に逝ったのか。だから先に生まれ変わって、年上なんだな。

 それから大人になって、女と再会して、過ごした日々も思い出した。スーパーに行くと必ず買った缶ビール。近所の旨い店開拓。美味しいと言って笑う君。幸せな時間が確かにあって、こんな日常がずっと続けばいいと毎日願っていた。運命とは何だろう。誰が決め、避けることはできないのか。死地に赴く女の背を見送り、覚悟を決めたあの日。

 前世と今世の記憶が混ざって頭の中がぐしゃぐしゃだ。全て思い出したわけでは無いけれど、これからどうしたらいいのかはわかる。

「まあいいです。姿かたちは違えど、中身はアナタなんですよね? 私は七海建人だった者です。もう一度付き合ってください」

 穏やかな表情になった七海が言う。間髪入れず女が返事をした。

「いや待って今彼氏おんねん私」

 ハハハと笑って紅茶を啜る。

「は?」
「あれ? 思ってたのと違う展開……!」

 女の発言が信じられず、七海は先ほどとは打って変わってヤクザ顔負けの恐ろしい顔をしている。ここはズッコケるべきシーンだったのかもしれないと思いながらも、七海の剣幕に気おされた灰原はなんとかフォローしようと合いの手を入れてみたが効果なし。どす黒いオーラを身に纏い女を睨みつける七海が恐ろしい。記憶が戻ってきただけに、今世での女の行いが許せないのだろう。

「まだ清い仲やけどな。だってなかなか七海と出会われへんし、正直、モテまくってしゃあないワケよ今は。見よこの美貌。そして巨乳。家は大金持ち。しかもチア部やで。そらモテるやろ」
「なんだそれ。私はずっとよくわからない幻想がちらついて今まで色恋沙汰とは無縁で生きてきたのに。今すぐ別れろ。スマホを出せ」

 七海もモテなかったわけではない。けれど何かある度、変なモヤモヤの奥からギャーギャー泣いて喚いて邪魔をされ恋愛どころではなかったし、見たことも聞いたことも無い人物を探し出さなければという強迫観念のようなものに囚われ続けてしんどい思いをしてきた。それなのに、やっと出会えた運命の相手には彼氏がいるらしい。意味が解らない。なんのために転生したと思っているんだと、七海は腸が煮えくり返った。確かに今世の女は巨乳で美人だ。しかし、七海が求めているのはそこではない。かつての記憶が。己の魂が。ずっと求めて苦しかったのに! 開き直ってウインクする女に心底腹が立つ。

「お金持ちの大学生で車もあるしデートも楽しくってめちゃくちゃ優しい彼氏だモン!」
「高校生に手を出す大学生にろくな奴はいない。しかも高一になったばかりでしょうアナタ。中学卒業したての女を手込めにする大学生はクソです」
「確かに七海の言う通り、性欲に目がくらんだろくでもない奴だと思うよ。大人の僕が言うんだから間違いない」
「え、そうなん? 私のことが好きやから成人するまでエッチしないって言ってたのに……」
「そういう輩はヤるためならどんなことでも言うんですよ。金髪巨乳美女と一秒でも早くセックスしたいとしか考えてない」
「七海の言う通り。チャラついた大学生とはそういう生き物なんだ。先っぽだけとか絶対に信用したらダメだよ」

 女がなにやら言い訳のようなことを述べているが、七海は全く聞く耳なしだ。灰原が援護すると、七海は大きく頷いた。モテまくっていると言うわりには世間知らずで危機感ゼロ。心配を通り越して呆れ返ってしまう。男の性欲を理解できておらず、このままではいいように弄ばれるだろう。そうなる前になんとかしなくてはならない。それに、前世から約束したではないか。それを反故にして自分だけ不純異性交遊を行っているだなんて許せない。何がお金持ちだ。何が大学生だ。女の言動に腹が立ちすぎているせいか、七海の下半身もかなりイライラしてきた。

「そういえば二人きりになったらおっぱいばっかり触ってくる……」
「は? 触らせたんですか? 裏切りだ」
「二人の雲行きが怪しくなってきた」

 止めを刺すかの如く女が言い、七海の堪忍袋の緒はブチ切れた。食べかけのアップルパイなんてどうでもいい。今すぐこの女にわからせてやるしかない。七海が若干、前屈みで立ち上がる。思春期真っただ中の男をナメないでもらいたい。青筋を立ててる七海を見て灰原は心配そうな声を出したが、顔は完全にワクワクしていた。嘘が付けない男だが、そこがいい。

「とにかく別れてもらう。行きましょう」
「どこ行くん?」

 女の腕を引っ掴んで立たせる。痛いと言いながらも大した抵抗はない。金持ち大学生にもこんな態度なのかと思うと、ますますムカついてくる。ナンダカンダと言いつつも女は席を立ち、七海に手を引かれるままついてきた。灰原は半分ほど残ったアップルパイを一口で食べて、ホットティーを飲み干す。ごちそうさまと言ってゴミ箱へ放り込み、二人を追いかけた。そういえば、昔もこんな光景があった気がする。懐かしい。

「ホテルに行きますけどちょっと疲れているので休憩するだけです。何もしません」
「ええ!? これは着いて行ったらアカンやつちゃうん!?」
「七海は信用できる男だよ」

 事前に打ち合わせでもしていたかのと疑わしいほど、七海と灰原は息ぴったりに女の脇を固めた。今世でも大柄な男子二人に挟まれて攫われた宇宙人みたいになっているのではないかと思うと、笑いそうになってしまう。七海の必死さが愛おしく、灰原の献身は頼もしい。そういえば、こんな三人組だった。一緒に過ごした時間は短いのに、どうしてこんなにも居心地がいいのだろう。前世も、今世も、来世も、太古の昔から、きっと出会う運命だったに違いない。二人と腕を組んだ女がケラケラと笑いながら言う。

「突然の手のひら返し! 何この二人!? めちゃめちゃ怪しい!」
「じゃあうちに来てください。親は夜まで帰らない」
「なるほど。今日は制服だし、ホテルは未成年入れないから七海んちの方がいいね。ちなみに僕は隣に住んでるから、親の帰宅を監視しておける」
「じゃあ灰原よろしく頼む」
「えぇ~!? これから私、どうなっちゃうのォ~!?」

 頭も心も下の分身も爆発四散寸前の七海だったが、気の抜けるやり取りをしているうちに肩の力が軽くなり声を出して笑った。やっと会えた。ずっと探していた。誰よりも愛してる。もう絶対、二度と離れるものかと心に誓う。まあ今までずっと、離したことなど一度もない。



***



 七海の家の七海の部屋。七海の匂い。七海の肌。前と少しずつ違うのに、不思議な安心感に包まれて二人は抱き合っていた。女は七海の頬に手を添え、彼をじろじろと眺めた。今世ではハジメマシテの七海を記憶に刻む。七海は今世の女を見つめながら、本能よりも深いところに存在する魂の震えを感じていた。なぜこの女をこれほどまでに求めるのだろう。もしかしたら自分たちは、アダムとイヴの生まれ変わりなのかもしれないと考えながら。

「なあ、ホンマはどこまで覚えてるん?」
「前世でアナタと結婚していて好き好き大好き絶対離さない生まれ変わってもまたアナタのことを好きになるという部分だけは、はっきりと覚えてる」
「それだけ覚えてたら十分かな」

 女が口付けると、七海は大人しく受け入れた。舌を捻じ込み押し倒して胸を揉んで吸いながらすぐさま中に入りたい気持ちをなんとか抑えながら、女の拙いキスを受け入れる。交際している男がいるというが、不慣れな口づけをしてくる。初めてなのかもしれない。そうだといいなと、七海は思った。一から十まで何もかも、生まれてから死ぬまで、全部一緒が良かったからだ。受精卵から始まり、再び魂だけに戻るまでをこのヒトと共に在りたいと思う。執着ではない。運命でそう決まっているのだ。

「アナタはどうですか」
「私もおんなじ。七海が世界で一番大好きな人ってことはわかるよ。楽しかったこととか、嬉しかったこと、もっと覚えときたかったな」

 女が七海の身体の輪郭をなぞった。前の七海はどんな感じだったか思い出せない。今の七海はどうだろう。

「これから二人の思い出を作ればいい。で、彼氏とかいう妙な男と別れたんですか」

 そういえばと思い出し、七海は女の身体を離した。はやる気持ちを抑えきれずことに及んでしまうところだった。いくら人類史始まって以降赤い糸で強固に結ばれ続けているとはいえ、現代社会の道徳は守らねばなるまい。

「別れたよ。運命の人と出会ったからって言うといた。嬉しい?」
「ではもう、合法的に恋人同士ですね」
「そういうことになるな」
「では、また、よろしくお願いします」

 七海が微笑み女の手を取った。固い握手を交わし、顔を見合わせて頷く。政治パフォーマンスのような握手を終えたら、唐突に恥ずかしくなってくる。前は性欲の赴くままに様々なプレイを楽しんできたはずだが、今世は初心なままの二人なのでこれからどうすればいいのかわからない。セックスしたい気持ちはこの世の誰よりもあるのに、そういう雰囲気にどうやってもっていけばいいのだろう。隣の家からものすごい期待の視線を感じる気がして、窓とカーテンがきちんと閉まっているのか横目で確認した。

──大丈夫だ灰原。なんとかする。ここまできたらやるしかないんだ。

 七海が手を引っ込めてモジモジしていると、焦れた女が顔を真っ赤にして突進してきた。キスしようとしたのに勢い余って押し倒してしまい、お互い恥ずかしさのあまりこの場に埋まってしまいたい気持ちになった。

「わ、ごめん……! えっと、あの、優しくしてな」
「いや、別に、平気です。これまで私がアナタに優しくしなかったことがありましたか」

 女の下敷きになったまま、七海がほほ笑む。いつでもどんなときでも優しくしてきたつもりだ。だって自分たちはずっと結ばれ続ける運命の番。誰よりも何よりも大切で、命に代えても守り抜きたいと思う。しかしさきほど思い出した出来事を反芻すると、わりとエグめのプレイばかりが頭に浮かぶ。前世の自分は倫理観欠如のモラハラ野郎だったのではないかと思えてきて、七海の表情は途端に曇った。

「……あったかもしれない」
「いいや。七海はずっと優しかったよ」

 ふわりと笑ったと思ったら、ポタポタと女の目から涙が零れた。



 再会を神に感謝し、唇を重ねる。
 触れるとわかる互いの愛の深さ。
 この身体が燃え尽きても永遠に愛してる。


 持てる全部を捧げる為に生まれてきたんだ。魂ごと、君に食われたっていい。