「アナタと一緒にいると私までギャグ要員にされる」
先日頂き物のフルーツを使って作ったサングリアを飲みながら、真剣な表情で七海が言う。それを聞いて女はきょとんと目を丸くして、三十秒後に首を傾げた。全く身に覚えがないと言いたげに七海を覗き込むと、発言元の男はやれやれ顔で大きな溜息を吐いて黙り込んでしまった。しばらく話さない割にはその場を離れようとはせず、あまつさえワイングラスを持っていない方の手は女の腰を撫で擦っている。七海の発言や行動が不可解なことは今に始まったわけでは無い。どうでもいい蘊蓄を語る時は雄弁なくせに、肝心なことは黙っている。そういう男だからだ。
「なあ、毎日えっちするの辞めへん?」
「……なぜ」
しばらく無言でサングリアを飲み、アヒージョやらチーズやら生ハムやらを摘まんでいた二人の間に、ようやく会話が発生したと思ったらこれだ。七海はわかりやすく眉間に皺を寄せて低い声を出した。これは意義ありのときの様相だ。
「飽きるやん」
「飽きる……⁉」
女の言葉に被せるように七海が食って掛かる。前のめりになって女の顔を覗き込む。なかなか良いリアクションである。どうやら七海にはリアクション芸の素質があるようだ。本人に言うと嫌がることは明白なので言えないが。
「そんな驚かんでも。マンネリ化するからしばらくやめとこ」
「それは困る。少し工夫しましょう。緊縛と青姦、どちらがいいですか」
「選択肢のどっちも変態的。七海って性生活にえらい前向きやねんな」
「当たり前です。人間は本能に抗うことはできないんですよ。そもそも合意があれば我慢する必要はありますか? 結婚しているのに」
確かに七海のいう事は尤もである。交際期間ゼロ日婚なので恋人同士の期間が無く、イチャイチャセックスを堪能したい七海の気持ちがわからないでもない。ましてや両片思いの期間も長く、十年ぶりの再会だったこともあり、愛の炎がめらめらと燃え盛るのは無理もないことだろう。それにしても、と女は思っていた。七海の愛を受け止めてやりたい一方で、生活や仕事もある。男と女では体力の差があるし、相手は肉体派一級呪術師。付き合うほうの身にもなって欲しい。それに、七海は自分の発言についてよく考えた方がいい。真面目で誠実。大人オブ大人と言われる七海建人の言葉とは到底思えない。
「あのさ、そういうトコロがギャグ要員になる原因ちゃうかな。私のせいじゃないやん」
「本能と戦う必要はない。受け入れて上手く付き合うことが大切です」
「いやだから、上手く付き合うために毎日やるのやめようって提案やねんけど──」
別にしたく無いというわけではないのだ。普通の恋人たちは、一体どれくらいの頻度でセックスしているのだろう。同じ家に住んでいると嫌でも毎日顔を合わせることになる。だからといって日に何度も交わったり、何時間も性交やそれに近しい行為に耽るのは不健全だと思う。別に法律で決められたわけではないし、世間一般のカップルがどれくらいセックスをしているかだなんて知らないわけだけれど。
「まず一つ間違いを訂正させてください。毎日じゃない。しない日もある」
「いえ。それは違います七海クン。物理的に顔を合わせない日以外は毎日です。こちらのアプリをご覧下さい」
女はスマートフォンを七海の眼前に差し出した。そこには生理の予定日や性交渉した日が記録されている。確かに、物理的に顔を合わせていない日には毎日ハートマークがついていた。だが、それがどうしたというのだ。犯罪を犯したわけでも、誰かに迷惑をかけたわけでもない。
「なぜこんな記録を?︎」
「乙女には必要やねん」
「私以外に男が?」
「なんでそうなる? 排卵日予測したり、出張の日に生理が重ならんかなぁ、とかさ」
若いころから各地を飛び回ることが多く、月経の予測をしたいがために入れたアプリだった。かなり前から習慣になっている記録を見返してみる。周期は概ね二十九日。生理前の不安や寂しさといったメンタル面での不安定さが少しある。経血の量は多くないと思う。誰かと比較したことは無いが、寝具を汚したり漏れたりということは、よっぽどでなければ起こりえない。データの羅列を見ていると、ある時期からハートマークが多発している。七海と再会し、籍を入れた日。結婚という縛りがあってもなくても、ずっと側に居ることには変わりない。未だ婚姻という契約に意味を見いだせないでいるが、七海曰く色々なことに都合がいいらしい。確かに七海の言う通り、どちらかが死んだ場合相続やら手続きやらは楽だろう。それだけのことで、この契約が無くても添い遂げる覚悟が揺らぐわけではない。もしもこの先何かの間違いがあって子どもでもできてしまったとき、遺された家族にとっても有利だろう。女はありえないことだとわかっていながらも、二人の愛が形になることを想像した。本当にそんなこと、間違っても起きてしまってはいけない。
「危険日がどうこうというオギノ式というやつですか」
「誤解があるな。あれは妊娠したい人が排卵日を知るために使うの」
女は自分でも少し神経質だなと思いつつも、七海の発言の細かいところが気になり訂正した。けれど、そこは間違えて欲しくない。だって子どもは欲しい人が授かるべきで、未来があるかないかもわからない男と女の間に新しい命なんて来てはいけないではないか。もしも二人の間に子ができたら、という想像は極力しないようにしている。幸せにしてやる自信がない。母か父のどちらかが、はたまたどちらも人生の早い段階でいなくなるなんて、そんな悲しい思いをさせては可哀想だ。女が鬱々とした考えを脳内で巡らせているというのに、七海はなんだかお気楽そうだ。見るからに上機嫌で、更に女との距離を縮めている。腰を撫でまわすだけでは飽きたらず、尻の肉や胸元まで手が伸びてくる。その度に手を払いのけているのに、本気で嫌がっていないだろうということを見透かしてじりじりと迫ってきた。首筋やこめかみに触れる濡れた唇は熱を持ち、彼の欲情をそのまま反映しているようだ。セックスの頻度を減らそうという話だったはずなのに、聞く耳持たずの七海に女は少々げんなりしていた。確かに、二人で作ったサングリアの出来があまりにもいいのはわかる。飲みやすくてついグラスに手が伸びるし、気が付いたら空っぽだ。女はいつも七海がやるように深々と大きな溜息を吐いてみた。真似された本人は全く意に介しておらず、ますます機嫌良さそうにしている。あんなにたくさん作ったサングリアは今やほとんど七海の腹の中。一体ワイン何本分飲んだのかわからない。女は呆れてグラスに残った白ワインのサングリアを一口飲んだ。
「安全日に一度やってみたい。アナタの中に思いっきり─」
「もしもし、七海クン? 女子に安全日なんて無いから。今日は飲み過ぎ。録音して高専で流すで」
七海のアルコールで焼けた喉から出てきたあつい吐息と共に、デリカシー完全欠如の低俗な台詞が流れ出る。酒に酔っているとはいえ、信頼する人間から聞きたい言葉ではない。まさかAVしか知らない中高生ではあるまい。そんなことをして、万に一つのことが起こったらどうするつもりだというのだろう。悪びれることなく更にくっついて服を脱がしにかかろうとする七海を引き剥がしてから、女は「アホ」と言いながら七海の額にコツンと手刀を振り下ろした。さすがにまずいと思ったのか、痛くもないくせにチョップを食らったおでこを撫で擦り、目を細めて女をじっと見つめる。
「男なんてみんな、中身はこんなもんなんですよ」
「んなわけあるかい。開き直るな」
「いいからさっさと横になって。やるといったらやる」
「アカン。目が据わってる。明日仕事やろ。もう寝よ」
しばらく押し問答を繰り返し、結局女は七海に組み敷かれてしまった。本気で抵抗すればさすがの七海も引き下がっただろうが、なんだかんだ言ってじゃれあっているとその気になってしまう。ただ、先ほどの発言はやはり擁護し難く、少しは反省してほしい。お互い酒が入っているとはいえ、最低限のマナーは守るべきだ。女の頭の中ではごちゃごちゃと色々な考えが浮かんでは消えた。しばらくして何もかも面倒で抵抗にも疲れ、どうでもよくなってきたとき、七海の中指が女の秘部にぬるりと入った。
「……ぬるぬるじゃないですか」
「……人間は本能に抗うことはできない」
「少し酔っていて勃ちが緩い。ねっとりと丁寧に舐めてください」
ぐちぐちとわざとらしく音を立てて陰部をまさぐる七海に腹が立ちつつも、気持ちよくてもっとして欲しいと腰を揺らす。何もかも七海の思い通りになっているようで釈然としないが、ここまで来てしまうと理性の言い分など聞いていられない。一刻も早くこの疼きを鎮めて欲しい。そんなことしか考えられなくなってくる。ソファに大股を開いて座る七海の腰を浮かせて、パジャマの半ズボンとパンツを一気に引きずり下ろす。ぶるんと飛び出したモノはいつもと様子が違っていた。
「あーっ、毛が無い!」
「今は除毛クリームなのでまた生えますが」
どういう風の吹き回しか、七海の股間は一本の毛も生えておらずつるつるになっていた。いつもはもじゃもじゃ生えた陰毛からのびた陰茎には血管がでこぼこと浮き出て赤黒く非常にグロテスクに見えたのに、毛が無いだけでなぜか可愛らしさがある。何かのキャラクターではなかろうかと思えてきて、こんにちは、とつい挨拶してしまいそうになるほどだ。女は物珍しそうに一通り眺めた後、いつものようにシコシコと扱き上げながら亀頭を舐めた。絡んで鬱陶しかった縮れ毛が無くなり、フェラチオが非常に捗る。
「うん。舐めやすい」
「それは良かった。後日医療脱毛へ行こうと検討しています」
「どこが気持ちいいか教えて」
「もっと唾液を出して、先端を包み込むように吸いながら竿を扱き、反対の手で乳首を触られると最高」
「わかいまひた」
こうも舐めやすければやる気もでてくるというもの。円満な夫婦には満足のいく性生活が不可欠だ。気持ちがいいのは悪いことでは無いし、セックスは最高のスキンシップである。女の持つ生来の生真面目さと探求心が存分に発揮され、七海の指示通り乳首に適度な刺激を与えながらも股間に吸い付き、緩急をつけながら丁寧にしゃぶりあげる。七海の反応を窺いながら深く咥え込んだり鈴口を舌で弄んだり、やりたい放題である。七海は与えられる快楽に酔いしれながらも、一方的にやられ続けてなんだか悔しくなってきた。
「ハァ、随分と手慣れているようで。どこで覚えたんだ」
ニチャリと笑いながら不気味な台詞を吐く七海を睨みつけながら女がピシャリと言い放つ。
「なあ。ホンマにそういうこと言うのやめて。不愉快です」
そんなことない七海だけだよ……(赤面)を期待していたが全く正反対の反応が返ってきて、七海は冷や汗をかいた。女は見たことも無いような鋭い視線で七海を睨みつけながら、股間を握り潰さんとばかりに竿を持つ力を強めた。痛い。やめて。か細い声で七海が泣きを入れる。
「すみません……」
「わかればよろしい」
女が手を離すと、七海の陰茎はくったりと元気をなくして萎れてしまっていた。先ほどまでの盛り上がりとは打って変わってしょぼくれている股の間に生えたモノに愛おしさを感じ、なんだか名前をつけたくなってしまう。女は不思議そうな顔をしてケント君(仮)をつんつん突いているが全く反応はない。それどころか、更にしおしおと小さくなり、ついには反応しなくなってしまった。
「しぼんだ……」
「自分のせいやろ! 飲みすぎてるしもう今日はやめて寝よ」
女は口元をぬぐい、ごろんとベッドに横たわる。清潔なシーツとふかふかのマットレス。さらさらの掛け布団が心地よく、すぐにでも眠ってしまいそうだ。今日は疲れているし、アルコールのせいでぼんやりしている。このまま目覚まし時計もかけず、目が覚めるまで眠り続けたいと女は目を閉じた。中途半端に終わってしまいそうで面白くない七海は、一足お先に夢の中へと旅立ってしまいそうな女に無理矢理覆いかぶさり、服を剥ぎ取ろうとした。一旦は元気をなくしたケントも、そのうちまた元気になるに違いない。必死な男とは裏腹に、女は面倒くさそうにのらりくらりと七海を交わす。
「嫌だやりたいアナタと思いっきり獣の様に交わってどろどろに溶けるまで愛します」
「録音した」
ピッと電子音が鳴ったと思うと、女が頬を膨らませて含み笑いをしていた。焦った七海が女の手元からスマートフォンを奪い取るとロックがかかっていた。
「消せ」
「シラフの時に聞かせるわな」
「やめろ」
「おやすみ」
女は全身の力を抜いてベッドに小さく丸まって転がり、目を瞑った。
「えっ、本気で寝るつもりですか」
「すやすや……」
「もう寝てる……。現実世界でスヤスヤ言ってる人を初めて見た」
「ぷーぷー」
「おい。起きてるだろ。もういい勝手に突っ込むまでだ」
半勃ちのケントを無理矢理穴に入れてへこへこと腰を振ってみるが、酒のせいか疲れのせいか元気を取り戻せずに再び萎えてしまった。女のほうも眠いし疲れているしもうやめて早く寝ようとやる気ゼロ。終いには半目になって寝落ちしそうになっていて、これではもうセックスどころではない。ただ疲労感が増しただけだが、口元をもぐもぐさせながらまどろんでいる女を見て、今日は中止にしてさっさと寝ようという気持ちになった。まあこんな日もあるだろうと溜息を吐いて、女を抱きしめて眠りに落ちる。
一人ではないベッドがこれほどまでに心地いいとは知らなかった。すべすべとした肌を撫でながら七海は、明日の昼食について考えているうち、いつの間にか寝てしまった。