恋人でない男とする口づけはこれほど甘美なものだっただろうか。七海はいつもと違ってなかなか挿入しようとはしなかった。息を荒げ、陰茎は硬く勃ち上がり興奮をその全身で表している。それでも彼の大腿に私を跨らせたまま何度もしつこいくらいに口唇と口唇を触れ合わせた。時に首筋を舐めたり弄ぶように耳介へ歯を立てたりしたが、決してそれ以上触ろうとしない。
私はというと身体の芯から七海を欲しているのにこれ以上自分から踏み出せないでいた。私もこの恋人ごっこに乗じて楽しんでいるというのだろうか。彼とはそんな関係ではなかったはずだ。やりたい時にやりたいことだけやる、カラダだけの関係。それなのに絶え間ないキスを止めることができない。七海のこけた頬に手を這わせるとその骨格を感じてそれだけで身震いするほど感じてしまった。七海の核心に触れた気がして、まるで彼そのものに近づけたような錯覚をする。どれほどの時間こうして触れ合っているだろう。室内は二人の吐息といくつかの機械の作動音のみが響いていた。
私の舌や唇、口蓋を嬲る分厚い七海の舌がゆっくり糸を引いて引き下がっていく。私の目には息苦しさともどかしさで涙が溜まっている。だらりと出したままの七海の舌から唾液が滴り、彼のシャツの色を濃くした。額と額をくっつけて甘い声で囁く。
「あなたとこうしてみたかった。恋人になれると思いますか」
七海は目を閉じている。何も言わない私の唇をべろりと舐め、そのまま啄むようなキスを何度もして私の答えを促した。
「私と七海さん、なれるわけがないです」
「どうして」
「バランスがとれない。きっとすぐダメになる」
七海が小さな声で否定の言葉を言っていた。「そんなことはない」だったか、それとも「そうは思わない」だったか。とにかくそれは違うと七海は言うが、私はこれ以上の関係を望んではいけないと思っている。何かの間違いで私が七海のことをそそのかし悪行を働かせているのだから。罰を受ける覚悟はある。でも今日だけはこのままでいさせてほしい。明日の朝まで、それまではこのまま甘い関係で。
もどかしい刺激についに耐えきれず七海のジャケットを脱がせようと彼の肩口に手を滑り込ませた。唇をふさいだまま、鼻で呼吸をしながら上着から一本ずつ腕を抜く。七海は身体を捻ったり背中を浮かせたりして私が服を脱がせるのに協力的だった。そのままネクタイを緩めるため結び目へと手を伸ばし引っ張ると、腰に添えられていた七海の手が離れて制止される。
「無理に引っ張ると傷みます」
そう言うと私の手を掴み鎖骨付近へと持ってゆき、小剣を引っ張るように促した。されるがままにループの中に通っているネクタイを引き抜くと、結び目ははらりとほどけていく。七海はソファの背もたれにネクタイをかけると満足そうに口角を上げ「上手です」と吐息とともに誉めた。それだけのことで私の胸は締め付けられ、鼓動をさらに速める。そのままシャツのボタンを一つずつはずしていくと、伸縮性のある素材で作られたライトグレーのインナーが見えた。汗でじっとりと濡れている。そのままシャツから袖を抜き、インナーを脱がせると七海がそれらを受けとってネクタイ同様にソファにかけた。上半身を剥かれた七海の筋肉質な身体はなんとエロティックなのだろう。こみ上げる肉欲を隠しきれず、その胸にある二つの突起に指を這わせると、七海は目をきつく瞑った。ここは彼の気持ちいいところらしい。そのまま背中を丸めて七海の乳頭を口に含み、舌先で舐めたり突いたりしてみる。苦しそうに声を殺して呻き、歯を食いしばっていた。胸元に添えていた手を腹筋をなぞるように脇腹へと移動させる。でこぼことした筋肉をなぞり腰へと手をすべらせ、そのままバックルへと持っていきスラックスからベルトを引き抜いた。七海はそのすべてから品格を漂わせているのに、上質な布地のスラックスは股間部分をしっかりと盛り上がらせており、そこだけ異様に性的に見えた。
「今日は積極的ですね」
七海は心から嬉しいとでも言うように優しい笑顔を浮かべている。なぜ今そんな顔をするのだろう。
「早くいれてほしいから」
「本当に? 私はまだあなたを感じたい」
「七海さんとのセックスが好きなんです」
「他にはないんですか。教えて」
心の奥の触れられてはいけない部分へと七海の手が伸びてくる。自分から彼の唇を塞いでこれ以上の侵入を拒んだ。七海は何か言いたげに舌を押し返してきたが、噛みついて抵抗すると引っ込んでいった。無理矢理奥の方へ舌を押し込んで上あごにあるざらつきを刺激すると、私の腰を撫でつけていた七海の手にぐっと力が入る。
あなたの、その大きな手が好き。私の名を呼ぶ声が好き。報告書に並ぶ言葉の選び方が好き。自分以外のすべてを守ろうとすることろが好き。大きな歩幅が好き。本を読んでいる横顔が好き。からかわれて迷惑そうにしているところが好き。無表情に見えても本当は動揺しているところが好き。死地へ赴く時の覚悟を決めた顔が好き。
七海の好きなところなんて数えきれないくらいある。誰にも負けないくらい言える。でもそれを伝えるにはこの関係を終わらせなければならない。こんな爛れた、忌まわしい関係。これさえ無ければ気持ちを伝えることができたかもしれない。でも無かったことには決してできない。一度終わらせて更地にして、何もなかったあの頃に戻ってまた同じ日々を過ごすだけでいいのに。
半裸の七海はしばらくされるがままになっていたが、決定的な刺激を与えられないまま悶々としているようだった。それを楽しんでいるのか、じれったいと思っているのかはわからない。私の腰や腹を優しく撫ではするが、いつものように下着を無理矢理引き摺り下ろすようなことはしなかった。そこに私がいるかどうか確かめるような優しい手つきで身体を撫で続け、時には子どもにするように頭を撫でたり、慈しむように頬を撫でた。それ以上何もされないまま時計の針が進んでいく。
もどかしく思って七海のスラックスを下ろして下着一枚だけにすると、染みを作るほど先走りをさせて硬くなった陰茎は時折ひくついていた。下着に手をかけ七海の上から降りて口淫しようとしたら彼の手が止めに入る。
「続きはベッドでしましょう」
「は、はやくしたい」
「私もあなたと同じ気持ちです。時間はあります。焦らずに」
服はソファにかけたまま、私の手をとり歩かせる。お前の意思で歩いてベッドまで行くんだと言われているようだった。広いリビングからベッドルームへ行くとキングサイズのベッドが鎮座していた。ここに泊まった人は皆、大切な人と特別な夜を過ごすのだろう。私もその一人に数えられるだろうか。
ベッドのそばへたどり着くと、立ったまま七海は私を抱きしめた。なんだか苦しんでいるかのような息遣いが不安を煽る。そのまましばらく息を整えながら抱き込められていた。どうしたというのだろう。
「明日の朝まであなたといられることが嬉しくて離したくない」
「約束は必ず守ります」
「朝が来たらもっと帰したくなくなるかもしれない」
「その時はまた、次の約束をしてください」
宙ぶらりんになっていた腕を七海の背中に回すと、私の背中に回る手にさらに力がこめられた。七海は消え入りそうな声で「約束は絶対ですよ」と言ってから私を抱く腕の力を抜いて離れた。ベッドに腰をかけると七海が私の服を丁寧に脱がせはじめる。ジャケットもスカートも、シャツもストッキングも靴下でさえも畳み、ハンガーにかけ、ショーツとブラジャーだけになるとその姿をじっくりと眺めた。
「写真を撮るのは好きじゃなかったのに、あなたの姿を写真に収めたいと思ってしまう」
「どうぞ」
「何度も眺めて今日を思い出すからやめておいたほうがいいでしょうか」
「私に拒否する権利はないです」
「あなたはどう思いますか。撮った方がいいか、やめた方がいいか」
「私だったらやめます。アルバムを開くのが辛くなる」
七海は一理あるとでも言うように納得した表情をしたのに、「そのままで待っていて」と言い私に口づけてベッドルームを退室した。スマートフォンを持って戻って来たと思ったらカメラモードを起動して下着のままベッドに腰掛ける私にレンズを向ける。シャッター音が一回鳴ったらすぐに電源ボタンを押してまた出ていった。七海の端末の中にデータの私だけは置いておくらしい。
昼間と同じブルーの下着は七海のシャツと同じ色だった。意図的に選んだわけではないのに、まるでこの日のために合わせてきたように寝室の窓の夜景とも七海とも調和している。戻って来た七海は私の隣に腰掛けると、緩く束ねていた髪を解き、一束掬ってキスをした。まるで映画のワンシーンのようだ。そのまま首筋をなぞって肩まで手を這わせると、ブラジャーのストラップをずらし鎖骨の窪みをなぞる。横に並んだまま首筋に何度か口づけをすると、「服を脱がせる前に撮ればよかった」と残念そうに呟いた。
何かに気づいたのか窓の外に視線をやった七海は、わざとリップ音を立ててまた離れていった。大きくとられた窓から入っていたネオンの光が七海の姿で遮られる。カーテンを引いて窓をすべて塞いでしまうと、室内はやけに薄暗く感じた。
「夜景も月も綺麗ですが、今あなたが見るのは私だけでいい」
戻って来た七海は私に一度立つように言うと、掛け布団をめくってベッドへ私を倒す。冷たいシーツが火照った身体に気持ちいい。すぐに私の体温が移り生暖かくなってしまったので、仰向けになっていた身体を七海の方へと向ける。足で冷たい場所を探すようにシーツを撫でていると、ベッドに腰掛けていた七海が私の方を向いて横になった。布団の中で身体を寄せて抱きしめられる。先ほど言っていたようにこのまま眠ってしまうのかもしれない。それでもいいかと思えるほど心は満たされつつあった。七海は子どもを寝かしつけるような優しい手つきで私の肌を撫でている。
それから私たちは、長い間抱き合っていたように思う。
七海が懺悔のように小さな声でぽつりぽつりと話し出す。
「今まであなたにした事を悔いている。何度も傷つけた。あんな事をすべきじゃなかった」
弱々しく今にも折れてしまいそうな声だ。
「いいって言ったのは私だから七海さんが責任感じる必要ないです。私が悪いんです」
そう、七海は悪くない。私も拒まなかった。
「あの日帰したのが間違いだった。もう戻れないんでしょうか」
明日ここを出るとき、七海が一言「何もなかった頃に戻ろう」と言ってくれればそれでいい。いや、それではあまりにも狡いか。今、私が言うべきだ。
「明日の朝になったら、今までのこと全部忘れてください。そうしましょう」
そうしたら何もなかった日に戻れる。普通に話せるようになって、仕事で頼りになる先輩といつまでもあなたのことを密かに想い続ける後輩だったあの頃のようになれるはず。それならもう一度やり直せる。もしも許されるのなら七海と恋人になりたい。彼に愛されたい。今日みたいに可愛いと言って抱きしめて欲しい。それからまたキスをして。身体なんて繋がらなくていい。一緒に眠るだけで満たされる。
「あなたが私に言う言葉のひとつひとつに棘がある。……でも責められても仕方ないか。真に受けて乗ったのは私ですから」
七海にそうさせたのは私のせいなのに、苦しめてごめんなさい。明日の朝で清算したらきれいに終われるから。
「責めてるんじゃなくって、七海さんは何も悪くないのに。私がいいよって言ったから。もう何も考えないで抱いてください」
七海が苦しそうな声を漏らしたと思ったら強い力で抱きしめられた。仰向けにされ下着を剝ぎ取られる。それはいつも突然呼び出されてセックスするときと同じ乱暴な手つきだった。そう、早くこうすればよかったのだ。そうすれば後悔なんて感じることはなかったのに。七海の温もりを知ってはいけない。独りで逝く時に今日のことを思い出すのは嫌だ。
裸になった私の上に覆いかぶさり、見下ろす七海の瞳が揺れている。彼の優しさと強さに付け込んで苦しめてしまったけれど、それも今日でお終い。さあ、早く。
直接触れられたわけではないのに、私の準備はとうに整っている。いつでもいいのに七海はいれようとせず、硬くなった陰茎を大腿や腹部に擦り付けながら私の身体を念入りに調べていた。胸の突起や腋を舐めたり、子宮の位置を探るかのように下腹部を圧迫したりしているが、決して性器には触れてこなかった。もどかしい刺激に耐え切れず膝を立てて大腿をこすり合わせると、七海の熱を持った手が足を大きく開いた。そのままその中心部に顔を埋めようとしたので、咄嗟に手で秘部を覆い隠し大腿で七海の頭を挟んでしまった。すると七海はむっとして不満そうな声を出す。
「離してください」
「お風呂入ってないのに!」
「ますます気になる」
しばらく問答を繰り返したが結局七海に押し負けて抵抗を止めた。ベッドの上で蛙の死体のような恰好にされ、せめて顔だけは隠しておこうと腕で覆う。恥ずかしさのあまり呻いていると「見えない」と呟き、私の身体をベッドの下の方へ引っ張って自分はベッドから降りていってしまった。背中に枕が入り角度をつけられると覆った腕の隙間から、床に膝立ちになって真剣な表情で私の陰部を見つめる七海と目が合った。そのまま七海が顔を近づけたと思うと、陰唇を両手で開き硬くなった陰核を指の腹で優しく擦り数回往復する。
「あ、いく、い、ッあっ……」
あっけなく達してしまい、恥ずかしさで消えてしまいたかった。身体を震わせ快感に耐えているのに陰核への圧迫をやめようとせず、何度も快感の波が押し寄せる。びしょびしょに濡れてしまった陰部をついに七海の舌が舐め上げた。舌先を尖らせて執拗に陰核を刺激してくる。もうやめて欲しいと何度も訴えるが七海の返事は一度もなく、口唇と舌を使って夢中で陰部を弄んでいる。なんでもいいから早く入れて欲しい。わかっているはずなのにそれだけはしてくれない。耐え切れず大腿に添えられた七海の右手を濡れそぼった陰部に誘導すると、ついにその指が肉のひだを掻き分けて侵入してきた。
「ぅあ、きた、」
「来たって、自分が誘導したんでしょう」
口元に手を当て声を殺していると、誰もいないので声を我慢する必要はないと穏やかな声で言い聞かせるように告げられる。七海とするときはいつも静かにしろと言われていたので、自分で口を押える癖がついてしまっていた。
「あっ、あ、すき、すきですっ」
「何が」
「ん、くっ……指が、いいとこに、当たって」
「そういう好き、ですか」
さらに奥まで七海の指が侵入し、出し入れを繰り返す。中で折り曲げたり探るように一部を擦ったり突いたりされ、頭からつま先まで痺れて何度も絶頂の波が押し寄せる。それでもどうしても届かない奥の方を突いてほしくてたまらず、自分で腰を振って奥へ奥へと導いた。まだ届かない。
「ここですぐいくんですね」
何かコツでもつかんだとでも言わんばかりに七海は得意げにしている。私の中を蠢く指がある場所で一定の動きをすると腰が跳ねてしまう。それなのに陰核までも舌で押し潰してくるので頭の中はどろどろに溶けきっていた。何度達してもそれ以上はしてくれず、もどかしさのあまりおかしくなってしまいそうだ。
「も、はなしてくださいっ」
「腰を跳ねさせて喜んでましたね。ここがあなたの弱いところ。他に知る者はいますか」
そう言って七海は私の中から指をずるりと引き抜くと、べとべとになった指をじっと見た後べろりと舐める。必死に首を横に振ると、七海は目を細めた。わざと見せつけるようにそんなことをされ、恥ずかしさと淫らな気持ちが渦巻いてもうどうなってもいいとさえ思った。七海の指が埋まっていた場所がからっぽになると、もっと欲しいと未練たらしく中が収縮しはじめるのがわかる。
「気持ちよかったですか」
七海は身体を起こして覆いかぶさろうと近づいてきた。返事を求められている。首を縦に振ると満足げに笑って「あなたの全部が可愛い」とつぶやいてその身をゆっくりと近づけた。気持ち良すぎて七海とのセックスに感じていた暗い後ろめたさは吹き飛び、もっと快感を望んでしまう。このまま今抱きしめられでもしたらこの関係を手離せなくなるかもしれない。震える膝を立てて接近する七海を拒むが、悦楽に支配されている脳が出す指令は“そのまま受け入れよ“だった。力が入らず息を整えることに集中していると、ベッドへ乗ってきた七海の腕が私の背中を支え、ゆっくりと身体を起こされる。ゆるく胡坐をかいた七海の足の輪の中へと引き寄せられて、小さな子を抱くように背中と膝の裏に腕が差し込まれ横抱きにされた。
「あなたにだけ湧くこの感情はなんでしょう」
額をぴたりとつけてじっと目を見据えられる。恐る恐るその瞳を覗き込むと疑いようのない慈愛を浮かべていた。
「し、知らない」
「あなたはどうですか。私にだけ感じるものがあるのか、ないのか」
「……気持ちよかったです」
私の見当はずれな言葉を聞くと七海は呆れたとでも言いたげにため息をついて、くっつけた額をぐっと押し込んだ。
「あなたの心の方に聞いています」
七海は自分からは決定打を打たないくせに、私の口から何かを言わせようとしている。決して打ち明けることは無いのに、それでも逃がすまいとじりじり追い詰めてきた。返事をせずにじっとしていると「強情だ」と言って困ったような表情をしてみせる。こうして触れ合っているとなんだか本当に想いあっているような気がしてしまう。
「身体の方がよっぽど素直じゃないですか」
「だって、七海さん、」
私に好きだと言われても困るでしょう、そう言いかけた時、七海が遮って言葉を発する。
「不道徳な関係から始まってもいいと思うのですが」
なるほど、わかった。
七海は私がこの肉体関係からほだされたと思っているのだ。
その一言が私の心を切り裂いた。身体から始まったんじゃない。ずっと前から、私は七海のことを想っていた。でもそれは先輩を慕う気持ちが大きくて、こんな風に恋や愛を付け足すつもりはなかったのに。七海が戻ってくるから。私に優しくするから。ほかの人にするみたいに、距離をとって接してくれたらいいのに。何度も期待させるようなことをしてきたくせに、どうして何も言ってくれないの。あまりにもずるい。
「よくないです、絶対に。離して!」
温かな感情で溢れそうなほど満たされていたのに、突然底が抜けて一気に熱が引いていく。七海の腕から出ようと必死にもがいて抵抗する。始めは逃がすまいと七海はしがみついて離さなかったが、そのうち力を緩めて私を手放した。ベッドの隅に逃げて布団を被ると堪えきれない涙がどっと流れた。次々に流れ出してシーツに水たまりができそうだ。ベッドが沈んだので七海が近づいてきたのだとわかる。布団を剝がされるだろうか。嗚咽が止まらない。彼の前でこれ以上涙を見せたくなかった。声を殺して息を整えていると七海は布団越しに私の背中を撫でた。彼の行動には最早言い逃れのできない愛を孕んでいるのに、未だに決定的な言葉を言うことはない。
「あなたをまた傷つけてしまったみたいだ。どうしてこうなってしまうのかわからない」
「私たち、そういう運命なんじゃないですか」
私のその言葉を聞いて七海は大きなため息をつき、そうかもしれないと吐き捨てるように呟いた。彼とはいつもすれ違う。明確な言葉を避け、詮索し合うのももうお終い。明日の朝を待ち望んでいる。元の関係に戻りたい。
七海は布団を引き剥がすと、そのまま躊躇いなく私の目元の涙を舌で掬って口に含む。身を捩って抵抗するが、馬乗りになって手足の関節を拘束され、身動きが取れない。そのまま有無を言わさず迫ってきたかと思うと、肩を押さえつけて無理矢理唇を貪られる。七海は苦しそうに喘ぎながら何度も私に噛みついた。痕をつけようとするものではない。行き場のない感情を吐き出すかのように私の肌に歯を立てている。でも不思議と痛みは感じない。身体が熱に浮かされていたからだろう。
それから私は、ついに正体を失うほど快楽の波に捕らわれ動けなくなった。そんな私の姿を見てこれ以上抵抗しないと踏んだのか、七海は息を荒げながら今にも爆発しそうなくらいに猛り切った陰茎を私の膣口に当てがっている。肩を上下させて瞳孔は開き、顔面は紅潮し汗をかいていた。なけなしの理性を振り絞って避妊してくれと言うと、昼間はしなかったと七海が言う。
「一回も二回も一緒でしょう」
「でも、でも、赤ちゃんできちゃったら」
「どうなるんですか」
「もう終わりって、今日だけだって、そういう約束だったのに、」
「終わりだなんて言ってない。私はあなたの次が欲しい。さっき次の約束があればいいと言いましたね。あれは嘘だったんですか」
「七海さんと私、これ以上はダメなんです。わかって」
力が入らない手で七海の胸を押し返したが、簡単に振り払われてしまった。五月蠅い口を塞ぐように七海が唇を押し付けるとそのまま熱を持った舌が侵入してくる。そちらに気を取られていたら、陰部にあてがわれていた七海の陰茎が何も遮るものなく入ってしまった。七海の肩や胸を叩いて抗う姿勢をとったものの、快楽に支配された身体で抵抗などできるはずがなくそのまま繰り返される律動に次第に身を任せた。何度も頭が真っ白になって気が狂いそうなほどの快感が押し寄せ、信じられない嬌声をあげて善がった。それすら七海は可愛いと言って口角を流れる私の唾液を舐めとりながら、離したくない、可愛い人だと、うわ言のように何度も何度も繰り返すので、やはり愛されているのではないかと錯覚してしまう。違う。勘違いするな。これは恋人ごっこで、私たちはただ遊んでいるだけ。
なぜ神はセックスに快感を与えたのだろう。ただの生殖行為なのに、その強烈な感覚のせいですべてが台無しになる。これさえなければ七海との関係はここまで変わることがなかったはずだ。
明日で終わり。これで最後。朝になってホテルを出たら私たちは只の同僚へと戻るのだ。