テストの採点のために机に向かっていると、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえた。私ではない誰かに話しかける声はとても優しい。あんな風に穏やかに話すことができるのに、私にはいつも冷たい。気づかないふりをして席を立ちその場から逃げることにする。七海と同じ空間にいることが耐えられない。採点は後回しにして少し早いが先に昼食をとろう。この場を何事もなくやり過ごすことができたら多忙な彼はきっとどこかへ行くはずだ。
誰もいない静かな休憩室で古びた椅子に腰掛けると大きな音を立てて軋んだ。このパイプ椅子はそろそろ買い替えるべきだ。
「お疲れさまです」
「ひっ……」
音もなく近寄られていたのか、頭のすぐ後ろから七海の声が聞こえてきて心臓に痛みが走る。頭の先からつま先まで一瞬にして血の巡りが途絶えたかのように身体は冷えきり、冷や汗までかいてきた。平静を装おうとすればするほど身体は言うことをきかない。顔だけ振り向くと七海と目が合ったが、その表情からいつものように心情は読み取れなかった。ジリジリと距離を縮めてくる七海から離れるため、椅子から離れようと足をずらしてゆっくりと姿勢を変える。このまま何事もなかったかのように立ち去りたかった。じわじわと逃げるポーズをとっていると、肘が買ったばかりの炭酸水に当たって床に落ちてしまった。これ幸いとペットボトルを拾うため席を立つと、伸ばした腕を七海に掴まれた。
「ちょ、あぶなっ」
姿勢を崩して倒れそうになったが、腕を引っ張られ無理矢理立たされた。そのまま胸の中に引き入れられそうになり、咄嗟に押し返してなんとか体勢を取り直す。今日みたいな日に七海に近づくのはまずい。その胸に抱かれて温かさを感じてしまったら、鼻腔に彼の匂いを吸い込んでしまったら、昂った気持ちを止めることができないだろう。腕を振りほどこうとするがびくともせず、私が抵抗するのを楽しんでいるようだった。七海がそのまま私の腕を引っ張りあげると、今度こそ抗えず胸の中に閉じ込められた。私の耳元に薄い唇を寄せて囁くように問いかける。
「私はあなたに酷いことをしていると思いますか」
七海らしくない、具体性に欠ける物言いだった。酷いことが何をさすのかはわからない。しかし何をどう答えても良いようには聞こえないと思い、言葉を発することができずにいた。視線を泳がせもたもたする私をじっと見つめる七海の視線が容赦なく刺さる。
「いえ、あの」
「五分後に資料室へ来てください」
私の言葉を遮ってあざけり笑い、返事を待つことなく立ち去った。乾いた革靴の音が少しずつ遠のいていく。さっきは聞こえなかったのに。
資料室といえば普段ほとんど人の出入りはない埃臭い、息が詰まりそうな空間だ。日も当たらず風も通らず、淀んだ空気が充満している。普段資料室に立ち入る者は少ないが、廊下は人通りがあるので誰かに物音を聞かれるかもしれない。七海に呼び出される理由は一つしかなく、今からそこで行われる行為を想像すると鳥肌が立った。
机の上に広げたサンドイッチを食べる気にはなれない。そのままランチバッグに戻して炭酸水を飲もうと開封すると、飲み口から一気に吹き出してテーブルも床もびしょ濡れになってしまった。こんな時に信じられない。慌ててテーブルをハンカチで拭うが、床には水溜まりができていた。このままここで途方に暮れていたかったがそれどころではなく、手洗い場から持ってきたペーパータオルで必死に拭いていると辺りはゴミだらけになってしまった。なんて惨めなんだろう。
なんとか片付け慌てて資料室へと向かう。扉がほんの少しだけ開いていた。音を立てない様に注意して開け中に入ると、壁にもたれかかる七海が時計を睨んでいるところだった。
「遅すぎる。何をしていたんですか」
「飲み物がこぼれてしまって。今日は、危ない日なんです。だから」
「だから?」
「避妊を」
話の途中で七海の冷たい笑い声が資料室に響く。何か間違いをしてしまったようだ。七海は組んでいた腕を解き、大きな溜息をついて鼻根をぐっと揉んだ。綺麗に通った鼻筋が彼の美しさを際立たせている。
「そのつもりでは無かったので、そんなもの持ってません。あなたと少し話をしたかったのですが、そちらは違うようだ」
「えっ。私、」
「いいでしょう。そこに手をついて」
訂正することも言い返すことも許されず、指示通りに書架に手をついた。ステンレスの冷たい感触が手のひらに伝わってくる。すぐに手のひらの体温に馴染んで境界がわからなくなった。身体が熱い。
「言いなりですね」
「違うんです、」
七海はまた話を遮り乱暴にスカートを捲りあげると、ブルーのショーツは明らかに湿潤していた。子宮も膣も陰核も刺激を待ち望んでいる。排卵日付近はだめだ。身体が男を受け入れたがっている。七海の声が聞こえた時、誘いを受けた時、立ち去る足音を聞いた時、既にこの身体はどうしようもなく期待してしまっていて抑制がきかなかった。淫らな欲望を抑えきれない。七海に奥を穿って欲しくてたまらない。それなのにスカートを捲ったきり動こうともせず、じっと下半身を観察されていた。もう何を言われようとどう思われようと、どうでもよかった。身体が疼いて仕方ないこと、早くセックスして欲しくて七海が触れるのを待ち望んでいること。誤魔化すことができない。
「仮にも教職に就いているのにどういう事ですか」
「時期的なもので、今は、あの、早く」
「早く?」
「いれてください、我慢できないっ」
私の言葉を聞いてすぐ七海は下着を引きずり下ろすと、避妊具の付けられていない陰茎を後ろから膣口に押し当てた。躊躇しているのか奥に進んでこない。早く入れて欲しくて腰を突き出すと、七海は両手で私の腰を押し返して静止した。
「正気ですか? こんなこと許されない」
「いいんです、早く」
「信じられない。自分のしようとしてることがわかってますか」
「わかってます、お願い」
「最低だ。あなたも、私も」
七海は腰を掴んでいた手を離し、後ろから羽交い締めにしてきた。首元に顔を埋めて荒い呼吸を整えているようだ。それでも七海の熱はさめる事がないようで、硬くなったものが当たっている。七海に押さえつけられながらも必死で腰を動かすと勃起した陰茎が陰核を擦り上げ、全身に痺れるような刺激が走った。もっと気持ちよくなりたくてそのまま腰を振り続ける。自分でいい所に当てていると、すぐに大きな波がきて呆気なく果ててしまった。ぶるぶると身体が痙攣して全身の力が抜けてしまう。立っていられない程の快感だったが、どうにか腕に歯を立てることで意識を保とうと試みる。必死で呼吸を整えていると七海が私の首元に思いきり噛み付いた。
「痛ァッ!」
「ひとりで勝手に、なに、してるんですかっ」
耳元で囁かれるその言葉は荒々しく、吐息混じりであまりにも性的だった。七海の挙動ひとつひとつがどうしようもなく私の劣情を掻き立てる。
「もう、お願いします、突いて」
「どうしようも無い。こんなこと、いつまで」
その先は言わず、ついに七海はぐっと腰を進めた。狭い穴をこじ開けるように強引に侵入してくる。ゆっくりと奥の奥まで進むと、更にぐっと突き上げた。その瞬間に目の前が真っ白になって再び達してしまった。全身が脱力して支えなしには立っていられない。気持ちいい。もっと激しく突いてほしいのに七海は積極的に動こうとしなかった。それがもどかしくて自分から腰を押し付け、一番良くなれるところを必死に擦り上げる。
「ぐッ、また、勝手にッ……」
身体を支える七海の力が強くなり、子宮口を抉るように更に奥に思い切り押し付けられる。強すぎる刺激に歯を食いしばって声を出さずにうめいていると、七海が指を口内に突っ込み無理矢理口を開かせた。
「お、っあ……お゛ッ……ッ」
「こんなに、されて、どこがいいんですか」
「あ、ぁ、ひもひいいれふ……」
「何を言ってるかわからない、しっかり、喋って」
七海の指で口の中を掻き回されながら必死に答えようとするが、頭の中は快感で支配され何も考えることができなかった。無遠慮に口の中を蹂躙する七海の指に舌を絡め、無我夢中で舐め続ける。その間も執拗に奥にぐりぐりと硬いものを押し付けられ続け、何度も何度も絶頂に達した。耳元で七海が息を荒らげ官能的に身悶えている。その吐息さえも受け入れたくて、必死に耳を傾けた。これほどまでに与えられ続ける快楽に立ち向かう方法を私は知らない。
「ぉッ、お、でる、も、でるっ……ぐッ……」
七海は射精が近いのか何度も腰を打ち付けて奥を激しく突き上げた。パンパンと肉がぶつかる湿り気を帯びた下品な音が資料室に反響する。換気扇の音だけの静かだったこの部屋は今や淫猥な音が響き渡っていた。誰か来てしまったら、前の廊下を通ったら。間違いなく気づかれる。それでも止まることができないでいた。
「いや、まだ、だめ! もっとしてッ」
「馬鹿なんですかッ、我慢できるわけないでしょ、こんな……」
いつの間にか口の中を乱暴になぞっていた七海の指が無くなっていた。七海は右手で腰を、左手で下腹部を圧迫しながら規則的な律動を繰り返している。声を抑えきれず突かれる度に叫んでしまいそうだった。書架と七海の身体に挟まれ身動きが取れないが、なんとか自分の両手で口を押さえつけた。もしここで外に声が漏れてしまったら、こんな関係を知られてしまったら、七海はきっとこれから先二度と抱いてくれることは無いだろう。どこまでも自分のことばかり考えている脳に呆れてしまう。七海の言う通り馬鹿になってしまった頭で訳の分からないことを考えていると、上の空の私に気づいたのか七海の抽送は更に激しくなった。そのまま押し寄せる波にのまれ、もう何度目かわからない昂りに気を遣っていると七海が苦しそうに囁いた。
「も、出るッ、口をあけて、だしますッ……」
もう終わってしまう。そう思うと腹の奥底に火がついたように熱が集まり、また果ててしまった。身体がぶるぶると痙攣していよいよ立っていられなくなりその場にずるずると倒れ込む。七海もまた限界がきたようで陰茎を引き抜いて私の眼前に持ってきたとおもったら、そのまま無理矢理口に突っ込んだ。
「でる、でる、ふ、ぐぅ、はーーー……ッ、ぐ、…ッ」
頭を押さえつけられ太く膨張した根元を擦り上げ喉奥にびゅるびゅると精を吐き出している。何度か腰を振って最後まで出し切ると、脱力して口から陰茎をゆっくりと抜いた。糸を引いて離れてゆくその様を見て、まだ足りないと子宮が疼き、どこまで求めるのかと自分の欲深さに辟易した。七海は肩で息をしながらじっと私を見つめている。ふんふんと鼻呼吸をしていると口の中に出された精液の生臭さが頭の中に充満した。躊躇なくごくりと飲み下す様を見て、七海は戸惑ったように目を逸らした。それでも口元にビクビクと小刻みに痙攣する陰茎を差し出して告げる。
「後始末してください」
返事はせずに差し出されたものを口に含んで舐め上げていると、「もういい」と言ってすぐに引っこ抜いてしまった。それから七海はいつものように一人でさっさと身なりを整える。そして私にハンカチを投げてよこした。
「今後は不自然に避けないでください」
「ごめんなさい、そんなつもりは」
「さっきの態度、誰でもおかしいと気づきますよ」
それだけ言うと七海は立ち去った。また一人残されて、汚れた下着を拾ってはく。股布が濡れていて不愉快だったが替えを持ってきていない。先程までの行為が嘘のように静まり返った部屋で、そそくさと体裁を整えて何食わぬ顔で職場に戻る。あんなに何度も達したのに、まだ身体は火照って七海を欲している。そんな自分の浅ましさが悲しかった。
七海は私に酷いことをしているか。違う。酷いことをさせているのは私だ。そうでなければ、あの七海がこんなことをするはずがない。