いつもの如く突然七海からの着信があり、自宅付近に来ているので出て来るように言われた。なぜ在宅であることがわかったのだろう。マンションの外を見ると、エントランス付近に一台の車が止まっていた。その中に誰が乗っているのかまでは見えない。でもそれが七海の車だと知っている。何度かその車内で身体を重ねたことがあるからだ。愛はない。性欲を吐き出すためにするだけだ。
運転席を覗き込むと七海は不機嫌そうな顔をして目を閉じていた。窓を二回ノックするとドアロックが外れる音がして、助手席に乗るように指示された。
「珍しく早いですね」
「あの、今日は生理中で、」
「……なぜ先に言わない」
「すみません……」
大きなため息をつかれ、それでも車は発進した。てっきり降ろされるかと思ったが、どこかへ連れていかれるらしい。カーオーディオから聞き覚えのあるジャズが流れている。タイトルはわからないが、五拍子でドラムソロのある曲。どこで聞いたのかはわからない。だが耳馴染みのある曲だった。行先を告げられることなく、七海は運転を続けている。横顔を見ることさえできない。窓の外は暗い。どこかの国道をずっとまっすぐ進んでいるようだ。運転をしないので道が分からない。ハンドルを握る七海に任せるほかなかった。
しばらくして七海は突然車を停車させると、サンシェードをフロントガラスに設置した。隙間から一瞬だけ、遠くにレインボーブリッジが見えた。ここはどこだろう。外は真っ暗だ。かすかに潮の香りがして波音と虫の音が聞こえる。海の近くだろうか。こんな所へ連れてきて、一体何をするつもりなのだろう。いや、やることは一つしかない。わかっているが、わずかに美しい夜景が見えるこの場所に来た意味を自分の都合がいいように考えてしまう。
「後部座席にうつってください」
ああ、やはり違った。そんな訳は無いとわかってはいたが、少しでも別の事を期待していた自分がいたのでひどく惨めな気持ちになる。七海の凍てついた視線が突き刺さったかのように胸が痛む。
「あの、生理なんです、車が汚れます」
「口でした事はありますか」
「はい」
「……そうですか、では遠慮せずにすみそうだ」
七海は後部座席に腰掛けたきりそのまま動かなかった。呆然と隣に座っていると私の手首を掴んでシートから引きずり下ろし跪くように促した。床に膝立ちになり彼を見上げる。
「早くしてください」
動くつもりはないらしく、恐る恐る七海のスラックスのベルトを外した。まだ二枚の布を隔てているが、既にゆるやかに勃起しているようだった。腹の底がぐっと熱くなる。
今から、これを、口淫する。
ジッパーを下ろすと黒いボクサーパンツが見えた。このままでは口にすることができず反応を待つが、七海は動こうとしない。
「あの、腰を上げてもらっても、いい、ですか……」
何も言わずに腰を浮かせた七海のスラックスと下着を下ろすと、硬くなった陰茎が空気に晒された。蒸れた汗の匂いが放たれ身体の芯が疼く。月経中であるが、そんなことはお構い無しに快感を欲する自分の身体の浅ましさに打ち震えた。
陰茎の裏筋に舌を這わせ往復する。尿道口から先走りが出始めたのでこぼさないうちに舐めとり根元を扱きながら、陰のうを優しく手のひらで転がした。裏筋を食むように優しく刺激すると七海の小さな呻き声と荒い息使いが聞こえ、頭の中は霧が立ち込めたようにぼんやりしてきた。七海が私の口淫で感じている。嬉しかった。大きく口を開き、硬度を増した陰茎を口の中にみちびく。わざとらしく舌を出して迎え入れ、一気に根元までくわえ込んだ。顔を上下させ舌を絡め、口をすぼめて吸引する。卑猥な水音だけが車内に響き渡る。淫らな欲求が湧き上がってきて我慢できない。自分はこんなにセックスが好きだったのだろうか。男に蹂躙され喜ぶような人間だったか。卑しく欲する雌でしかないのか。
お願いします、これを私にください。めちゃくちゃに突き上げて何度もイかせてほしい。
治まることを知らない不埒な願望がとめどなく溢れる。口に出せたらどんなに楽だろう。
「意外に上手いんですね。誰に仕込まれたんですか」
咥えたまま首を横に振ると「痛い」と睨みつけられ髪を掴まれた。驚いて目を見開くと、七海もしまったとハッとしたようで髪を掴んでいた手を緩め、そのまま髪を撫で耳にかけられる。その手つきがあまりにも優しく恋人にするようなものだったので、もっとひどくして欲しいと思った。優しくしないで。勘違いしてしまう。
「失礼。少々乱暴でしたね」
続きをするよう言われ、ハリのある雁首に舌を這わせた。弾力性に富み、はっきりとしたくびれがある。形を確かめるようにゆっくりと舌でなぞった。これでいつも中を掻き回し、いい所を引っ掻いてくるのかと想像すると下腹部がじくじくと苦しがった。くわえようと口をあけると端から唾液が流れ出た。手の甲で拭い、それでも溢れるので舌で舐めとると、七海がごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。そのまま喉の奥まで一気に突き入れ、裏筋に舌を当てがい上下させた。
「私以外の、誰に、してるんですかッ……」
(誰にもしてません。七海さんだけです)
口を離してそう言いたかったが、頭を押さえつけられたので言えなかった。必死に鼻で呼吸をしていると馬鹿にしたように笑い、頭を押さえる手に力がこめられる。ぐっと喉のさらに奥まで突っ込まれ、一気に嘔吐感が込み上げた。涙がこぼれそうだ。やめてくれと左手で七海の大腿を叩くと、落胆したようにため息をついて手を離した。七海の陰茎を口から引き抜きえずいていると、その様をじっと見られた。息を整える間もなく血管を浮かせるほど勃ち上がったものを頬に押し付けて早くしろと催促される。再度咥え込み舌を絡ませ口腔内で必死に扱く。もう終わって欲しい。苦しい。頭がいたい。根元をごしごしと扱きながら反対の手で陰のうを揉みしだく。口に含んだ陰茎に舌を這わせて射精をうながした。
「あッ……あなたの、せいで……ハァ、ん……ッふ、ぐぅ……」
七海が射精感におそわれている。もう少し。あと少しでこの地獄も終わる。
(早く出して七海さん。もう耐えられない)
「んッ……もう、すこし、はやく……」
口をすぼめて陰茎に吸い付き、頭の動きを早くした。もう少し。あとちょっとで終わる。
「おッ……でる、全部、あなたの口に、だしますッ……」
口と手で同時に扱き上げる。口角から涎がだらだらとこぼれた。頭に置かれた七海の手が熱を持っている。
「いくッ、でる、ぅヴ、……でる、ぐッ……」
七海は私の頭を両手で押さえつけ、身体を痙攣させた。喉の奥にどろりとした精液が吐き出される。独特の匂いが鼻に抜けてゆき吐きそうだ。
「ハァッ……」
何度か腰を動かして七海は脱力した。口の中で尿道に残った精液を押し出そうとビクビクと小刻みに動いている。吸い上げながら口を離すと、勢いよく跳ねて七海の腹に当たる。口腔内にどろどろした精液が滞留したままだ。吐き出したいが七海は黙っていた。視線だけで吐き出せそうなものを探すが何も無い。手に出そうか迷っていると七海が口を開く。
「どうするつもりなんですか、それ」
口角を上げて意地悪そうに笑っていた。私に決めさせるつもりらしい。こぼさないように注意して口を開き七海を見上げるとわずかに眉を寄せたが、私の口腔内を食い入るように見ていた。口の中に吐き出された精液を舌でぐちゃぐちゃとかきまぜて見せつけ、そしてゆっくりと飲み込んだ。結んだ彼の口からは何も聞かれなかったが、瞳が左右に揺れ動揺を表していた。
「……物欲しそうな顔ですね。鏡で見てみたらどうです」
「そんな……」
「残念ですが今日はここまでです」
今日は、ということは次があることを意味する。今ここで涙を流してはいけない。家で、一人で、誰にもばれないように。
七海は着衣を整えるとさっさと運転席へ戻った。ダッシュボードからティッシュの箱を私の方へ投げてよこした。口の端に垂れた唾液か精液かよくわからない粘液を拭う。ゴミ箱が見当たらずポケットに押し込んだ。助手席に戻ろうと思ったが後部座席でシートベルトを締める。私の様子を見て七海は鼻先で笑うとそのまま車を出して私のマンションへと戻った。
私を送り届けた七海はいつも通り「また連絡します」と告げて去った。車が発進した音を確認したら七海の方は見ないようにしてマンションに戻る。今日はいつもに増して虚しかった。今後は絶対に期待してはいけない。そう自分に言い聞かせる。七海とは身体だけ。恋人同士ではないのだから。
七海が車を出してバックミラーを確認した時、既に彼女の姿は無かった。わかっている。見送られるような関係ではないと。
――結局、この女とはこうなってしまうのだ。それでもこの関係を切らずに続けることで、繋がりを留めようとしている。今から帰るにはどうすればいい。何も考えたくない。明日からまた、何事も無かったかのように振る舞わなくては。