久しぶりに校内に足を踏み入れる。そこはいつも通りだった。校庭では数少ない生徒たちが呪いと対峙するための体術訓練を受けている。懐かしい光景だ。だが、彼女の姿は無い。学年が違うのだろう。そういえば彼女の事を何も知らない。英語教師であるということ以外だと、よくいる場所はサボるには最適な自販機の影に隠れられるベンチだ。それから職員室兼事務所で採点をしたり教材を作る姿を見たことがある。いつも大体その二か所のどちらかにいたのだが、今日はそのどちらにも姿はなかった。授業中かもしれないと教室の前を通ったが生徒たちが自習をしているだけで教員は不在だったし、休憩室にもいなければ学生寮にもいない。まさかとは思い資料室にも足を運んだが鍵が掛かっていた。遠くから一目見るだけでいいのだがそれさえ叶わないようだ。連絡先を知っているがあれ以来一度もその番号に電話をかけていない。かけられるわけがない。
今日は校内にいないのだろう。諦めて帰宅しようと校庭の脇を歩いて駐車場へ向かっている最中、彼女の同期である伊地知と窓越しに出会った。彼女の所在について尋ねると、今日は朝からここにいるはずだと言う。もう会うつもりは無かったので彼女は元気にしているかと聞くと、少し間をおいてこう言った。
「きっとまだそこらに居ると思いますよ」
元気かどうか聞いているのに、自分で直接会いに行けと言うのだ。断るのも不自然だと思い、少し探してみると返事をして来た道を戻る。先ほどまで通ってきたからわかるがこの先に彼女はいない。しばらく歩いてみるがやはり誰とも会わず再び引き返すことにした。きっと、彼女に関わるのはやめておけということだ。そう思うことにしておく。空は朱に染まり徐々に陽が落ちてきた。校庭の脇に生える大木から伸びた風に揺られる枝葉の影が足元に絡むような気がして、ふと歩みを止めた。よく見ると大きな木の幹に重なるようにしてもたれ掛かる誰かの影が伸びている。ただの影なのに、それが誰だか直感的に判った。
嗚呼、間違いない。彼女がそこにいる。会いたい。
言葉を選ぶ余裕さえ無く、なんとか出てきて欲しいと口を開く。
「そこにいるのはわかってます。隠れてないでさっさと出てきてください」
違う。これではまるで尋問だ。しばらく待つが返事はなかった。無理もない。私に見つからないように隠れているのに出てくるわけがない。溜息を吐きたかったが飲み込んで彼女に聞こえないよう静かに深呼吸をした。
「……もう帰りますから、十数えてください。その間に立ち去るのでご安心を」
彼女が身を隠す木に背を向けると、「待って」と言う焦ったような声が聞こえた。言われたとおりに歩みを止め、再び彼女の方へと向く。すると、ゆっくりと焦らすように彼女が木の陰から姿を現した。
その表情は、まるで――――。