葉団扇豆 ―欲深い心―

第10話

 七海は慣れた手つきで私の髪を乾かした。私も彼の髪を乾かしてやる。この髪に触れること、唇同士を合わせること、学生のころから何度夢見てきたことだろう。嗅ぎなれないソープの匂いが自分と七海についている。こんな形で同じ香りをさせることになろうとは思ってもみなかった。揃いのシルクの寝巻きに袖を通すと、まるで本物の恋人同士のようだ。

「立ってないで座ったら」

 ベッドルームのソファに座る七海が窓の外を眺める私に言う。ネオンを見たいわけではないが、座れと言われてもここにソファは一脚しかない上に、そこには七海が既に座っている。ベッドに腰掛けようと足を向けると、七海はこっちだと言って手を引いた。彼の座るソファに招かれ、私にまた彼の大腿に跨れと言うのだ。

「あなたの場所はここ」
「狭いし、硬くて座り心地が悪いからいいです」
「すぐそういうことを言う」
「思い通りになると思ったら大間違いですから」

 七海に乗らずに彼の隣に腰掛ける。七海は私の肩を抱きよせわざとらしく耳元で囁いた。

「好きにさせてくれると言ったのに」
「人形じゃありません」
「困ったな。どうしたら機嫌を治してくれますか」

 私の髪を指で弄びながら言う。

「それは……」

 勝ち負けではない。このまま好きだと言えばいいだけだ。でもそれを今言うにはあまりにも遠回りしすぎたし、関係が悪すぎる。あの日何があったのか知るのが怖い。でも彼を傷つけたことは疑いようのない事実だった。それを無かったことにしてこのまま自分の都合だけで好きだなんて言えない。黙り込む私を見て七海は意地悪く笑う。

「お腹すいたんでしょう」
「子どもじゃないです!」

 ほとんど無理矢理手渡されたルームサービスの一覧を見ると、そこには信じられない値段が書いてあった。フライドポテトが二千円、サラダが三千円、フォアグラ、シャンパン、ローストビーフ。とてもじゃないが気軽に頼める値段ではない。最安値である水でさえ千円だった。あのペットボトルにはどこから汲んできた水が入っていたというのだ。

「私は、水で、いいです。水道から無限に出てくるし、味も最高」
「あなたが何を考えているのかわかりますが、遠慮なく」
「今日は割り勘でお願いしたいんですけど、分割ってしてもらえますか……」
「金を使う時間が無いから、余ってるんですよ。あなたが意地を張らなければ外で食べてから来ることもできたのに」
「こんなことになるなんて、思ってなかったんです……」

 七海がさっさと選べと言うので初めて聞く名前のペンネに決めた。何味かわからなかったが、ワンプレートかつ、この中でも低価格帯の三千円台でそこそこ量もありそうだと考えたからだ。七海は貧乏人の思考とはかけ離れているのか、長い名前の目が飛び出るほど高い肉を頼もうとしたが、今日は私に合わせると言ってパスタを頼んだ。時間がもう少し早ければラウンジなる場所にスイーツやチョコレート、軽食などがあったらしい。高層階の宿泊者しか利用できない特別なスペースだそうだ。そんなオプションまでついているこの部屋は一体いくらなのだろう。恐ろしくて聞くことが出来ない。

 時計は二十一時をとうに過ぎている。まだラウンジの利用時間に間に合うが、七海は着替えて動く気になれないそうで冷蔵庫から瓶を一本取り出した。グラスに注ぐと泡立ったのでソーダだとわかる。渡されたグラスの中の液体を口に含むと、味のない炭酸水だった。

「次はどちらかの家にしましょう。適当に惣菜でも買って映画を見て。今度は本当に一緒に眠るだけでいいですから、側にいてください」
「そんなことばっかり言って。わかってるくせに」
「字幕なしでも大丈夫ですか」

 七海は私の返事を無視して話を進める。わざとやっているのだろう。

「そりゃあ七海さん知らないかもしれないけど、私、英語教えてますから」
「……知ってる」
「リーディングとライティングはそこそこ自信あります」
「では、得意の英語で愛の言葉を教えてください」
「聞くのと喋るのはちょっと苦手なんです。だからネイティブの方と接するときは緊張します。あれ? 私たち、仕事の話したことありましたっけ」
「さあ。誰かから聞いたのかも。忘れましたね、そんなこと」

 そう言うと七海は私の肩から手を離し、もう一度味のない炭酸水をグラスへ入れて一口だけ飲み、足を組んで顔を逸らす。彼の手が離れた肩を触ると、それに気づいた七海はまた肩を抱き寄せてくれた。そこにはまた温かさが戻り、私の心も少しぬくもった。いけないとわかっているのに、彼から与えられるものが欲しくなる。この一晩で私は随分七海に呑まれたようだ。

 しばらくするとルームサービスが届いた。恥ずかしくて私はバスルームに隠れた。リビングに行くとクロスがかけられたテーブルがあり、温かい料理が届いていた。この日初めて七海と二人で食事を共にした。

 腹が膨れると眠気に襲われる。ソファに戻った私たちは何をするでもなくまた肩を寄せ合っていた。七海の体温が心地よく目を閉じていると、首ががくんと落ちて居眠りしてしまったのだと気づく。そのままずるずるとソファに倒れ込み七海の大腿を枕にして横になる。彼は組んでいた足を崩し、私の髪を梳きながら何か言ったが意識が遠のいていたのでわからなかった。しばらくして七海は私を抱えてベッドへ寝かせた。そのまま入ってくるかと思ったのに、半開きになった私の唇を指で挟んで閉じるとキスをして静かな足音は遠ざかっていった。広いベッドに一人きりだが、寂しさは感じないはずだ。これまでも誰かと一緒に寝ることはあったが、一度も満たされたことなどない。それに慣れてしまっている。

 しばらくして目を覚ました時、ベッドにはまだ七海の姿は無かった。トイレに行きたくてリビングの横を通ると、彼は椅子に座ってスマートフォンを眺めているところだった。私が来たことに気づくとさっと端末を机に伏せたが、一瞬見えた画面には青い下着姿の私が映っていた。

「どうしました」
「トイレ。眠くないんですか」
「このまま寝たら、明日になる」
「当たり前です。昼から仕事なんでしょ」
「明日が来たらあなたを帰さないといけない。だから今日は寝ません」

 プンとそっぽを向いて拗ねている。思春期の中学生でも、もう少しマシな考えをしていると思う。子どもじみたことを言う七海をジッと睨むと、口をますますへの字にした。

「つまんない事言ってないで、ベッドが広すぎるし足が冷えるんです。抱き枕になって一緒に眠る約束を楽しみにしてたのに」
「なるほど。そうやって誘惑するんですね」
「早く来てくださいね。待ってますから」

 七海は頭を両手で抱えて、ハァーと大きなため息をついて信じられないものを見るように私に視線を送り首を横に振った。

「またあなたに触れるとどうしてもしたくなる。どうにも抑えがたい欲望が湧いてきて抑制がきかない。悲しい男の性です」
「いいですよ」
「良くない。やっぱり身体だけじゃないかと、これ以上あなたに疑われたくないし傷つけたくない」
「それなら、そうじゃないって教えて下さい」

 横目で私を見つめてはいるが、次の言葉はなかった。身体だけじゃないなら何なのか。その答えを七海の口から聞きたい。

「……私のことを許してくれますか」
「七海さんは、何も悪いことをしてないので許すとか許さないとか、そんなの最初から無いんです。もう寝ましょう」

 また七海は何も言わず黙り込んで項垂れた。何か言ってくれるかと思ってしばらくその場に留まったが、何も言わなかったので静かにその場を立ち去った。たった一言を口に出せないのは意地を張っているだけではない。私も七海も臆病者の腰抜けだ。どちらも自分から関係を変えようとしない。怖くてしかたがない。気持ちを口にするとこの関係がどうなるのかわからないから。

 トイレから出ると先ほどまで座っていた椅子に七海の姿はなかった。ベッドにもいない。辺りを見回して七海の名を呼んだら洗面所から手だけ伸びて出てきた。そちらに向かうと中から私の侵入を拒む声が聞こえる。

「ひどい顔をしているので来ないでください」

 憔悴を思わせる声色だった。彼の制止を守り、ドアに背を向け会話する。

「私みたいな事言ってる。七海さんって思ってたより意気地無しなんですね」
「その通りです。だから行って」

 微かに鼻を啜る音が聞こえる。七海の声もいつもよりくぐもっていた。

「もしかして、泣いてるんですか」
「そんなわけない。ベッドで待っていてください」

 どう考えてもそうなのに、苦し紛れに否定している。その声を聴いてなぜか私は安堵した。私でも彼の感情を動かすことができるのだ。いつも私のことを搔き乱してきた七海が私を想って涙しているとは。どんな感情なのか教えて欲しい。私と同じかもしれないと自分に都合よく考えてしまう。今七海がどんな顔をしているのか知りたい。いつも彼は後ろから自分の顔を見せないように私を抱く。

「ちょっと見ちゃおう」
「嫌だと言ってるのに! 後で吠え面かかせてやるから覚悟しろ」
「洋画の和訳みたい」
「ハァ。もういいから早く向こうへ行って」
「今からベッドへ行きますよ。私は意地悪しませんから。からかってごめんね、七海さん」
「さっさと行って! ったく」

 珍しく大きな声を出した七海が可笑しくって笑いながらベッドへ向かう。なんだ、七海も揺さぶられることがあるんだ。

 嬉々としてベッドへ戻る私を七海が大股で追ってきたと思ったら、後ろから彼に担ぎ上げられベッドへと投げつけられた。うす暗い照明に照らされ七海の顔が見える。眉尻を下げて困ったような表情をしているが瞳は感情的に燃えていた。ベッドに転がる私を見下ろし奥歯を嚙みしめ視線を右下にやる。何かを思い出し確認しているようだ。

「あなたがいいと言ったので」

 そう言うと七海は私のパジャマのボタンをはずそうと手を伸ばす。その手をとって七海を見上げると拒まれたと思ったのか悲しそうな顔をした。近づいた七海の身体が遠ざかろうとしたがそのまま手を引いて私の隣に座らせた。ばつが悪そうに下を向いている。私は身体を起こしてそっと七海に近づき、その隣に腰掛ける。彼はこちらを向こうとはしない。

「あのね、私も一緒です」
「一緒なわけあるか。適当なこと言わないでください。慰めにもならない」

 七海は頭を抱えて項垂れている。思い悩む彼の耳元に口を寄せ呟く。

「女でも抱くんですよ、ひどい劣情。七海さん、私を滅茶苦茶にしてください」

 七海は頭を抱えたまま揺れる瞳だけ動かして私を見た。最早諦めとも取れる表情を浮かべている。

「随分誘い慣れていて腹が立つ。誰にでもそうなんですか。一体他に何人男がいるんだ」
「七海さんだけです」
「信じられるわけがない。でもいいです。お望み通りに。そのかわり、私の順位は繰り上げておいてください」

 答えを待たず七海は私の唇を塞ぐ。情熱的なキスで頭の奥は痺れ、背筋には電気が走り、腰が震えた。ゆっくりとベッドに倒されたと思うと、パジャマの脇から七海の手が伸びてきて乳房を撫でる。周囲をやわやわと揉みしだくだけのもどかしい刺激に耐え切れず彼の手を掴み、勃ち上がった胸の突起に自ら押し付けた。

「いつもあまり反応が無いように思っていましたが、ここも好きなんですね」
「あっ、好きですっ。ぎゅって抓まれると、すぐ、イっちゃうかも……。七海さんに、されてみたい。してください……」
「男を誘うのがあまりに上手すぎる」

 七海が私の身体に足を割り入れて膝で陰部を押し付け、そのまま勃起した乳頭を抓まれたので呆気なく果てた。

「ッ…ひっ、それぇっ、すぐ、気持ちよくなっちゃう、んです、」
「誰に教えてもらったんですか」
「ンっ、七海さん……」
「嘘吐き。私はしたことないですが」
「ほんと、なのにっ。あッ……七海さんにされたら、全部、どこも、イイんです」
「本当に?」
「ほんとですっ。……ここ舐められちゃったら、絶対、気持ちいいから、七海さん、舐めて」

 七海の頭を乳房に押し付けると、温かい舌が乳輪を舐めた。そのまま乳頭を口に含んで舌先で転がし、反対の突起は指で優しく挟んで押し潰す。先ほどの余韻がまだあり、下腹部がじくじくと疼いた。それをわかっているのか、七海は膝で股の中心をぐいぐい押し付ける。乱暴で遠慮のない刺激だがそれさえも私を昂らせた。

「…いッ、はァ、は、そこ、きて…きてる…っ、ッあ、や、」
「チョロすぎて心配になる。もう他の男に身体を許さないで」
「だからッ、そんなことしてませんって、」
「前はしてたと?」

 七海は私の胸を舐って捻り、吸い上げ、股の間を膝と大腿で圧迫し陰核を押し潰した。もっと強くしてほしくて腰をぐいぐいと押し付けているとまた気をやりそうになってしまう。

「もうしてないっ。い、く……ぁ、は、あっ」

 絶頂に追いやられ下着がまた汚れた。脱がせて欲しい。それから直接触って、もっと気持ちよくして。快感を逃すように腰を引くと、乳頭を擦っていた七海の手が私の腰を捕まえて引き寄せた。そうするとまた彼の大腿に陰部が当たって、卑しく腰を振ってまた刺激を要求してしまう。そんな私の浅ましい動きを見て、七海は不愉快そうに眉を顰め私の身体を突き放す。呆れられてしまったかもしれない。お前こそやりたいだけじゃないかと思われただろう。七海は身体を起こして目元に垂れた髪を触ると、大きなため息を吐いた。

「ハァ。やはり何人も男がいたのか。今は私だけということですか。他に男は誰もいない?」
「ずっと前からそうですっ、あぅっ、も、いいでしょ、早くッ、」
「まあ、とりあえずそれでいいです、今は」

 そう言うともう一度私の胸元に口を寄せ、吸い付いた。片手で尻を揉みしだき、もう片方の手はいよいよ陰部へと伸びる。ついにその割れ目に指が這わされ中に侵入しようと穴を擦ると再度快感の波に飲まれ頭がぼうっとして声が出せなかった。うつろな目をした私を七海が苦しそうな顔で見つめている。肩で息をしながら私をベッドに押さえつけた。これから何をされるというのだろう。七海にされるのなら、どんなことでも受け入れられる。これが最後でも。本当の気持ちを伏せたままでも。

「あなたにすごく腹が立っているのに、何をされても許してしまう。私はあなたにどうやっても勝てない」
「私だって、七海さんに、私の全部を許してます」
「嘘ばかり。身体だけ。あなたの気持ちが知りたいのに。なぜ教えてくれないんですか」

 私の身体から手を離し、髪にキスして顔を逸らす。そうやっていつも、私の口から言わせたがる。自分は私から目をそらしているのに、言葉だけを望む。

「じゃあ……。せーので言っちゃいますか。七海さんがそれでいいなら」

 骨ばった頬を掴んで無理矢理私の目を見せると、彼の瞳は左右へぐらぐらと揺らいだ。

「それは……」
「冗談です。私たち、二人とも臆病だから、もしそうじゃなかったとき、立てなくなるかも」
「もういいです。そうやって翻弄して誘惑している事、いつか必ず後悔する」
「もう後悔してます。どうやっても戻れないんだったら今できることをしませんか」
「今できることなんて――」
「あるでしょ。早く奥まで突っ込んで、めちゃくちゃにして。いつもみたいに」

 七海は「離せ」と小さな声で呟いて彼の頬を挟む私の手を振りほどき、また私から顔を背けた。行き場を失った私の手を彼の股間へやると、想像通りそこは硬く立ち上がって私の中に入りたがっている。シルクの上から撫でつけると、眉をひそめて気持ちよさそうにした。それから諦めたようにため息交じりに言う。

「結局、こうなるんですね」
「今日はそのためについて来ました」
「泣いて許してくれと言っても、どんなに拒否して嫌がっても、もうやめない」

 再び七海は私の首筋に顔を隠して唸った。私の口元に近づいた七海の耳の裏を舐め上げてから耳輪を唇で挟む。その刺激に反応して彼の口からくぐもった声が聞こえる。

 それから私は囁いた。

「じゃあほんとに、私の一番奥にぎゅうって押し付けて、びゅうーって、七海さんの精子、かけられちゃうのかなあ」
「……クソッ! ナメやがって!」

 私が舐めた耳を押え、片手で私の肩を思いきりベッドへ押さえつけ声を荒げて乱暴に言った。歯を食いしばり、ぜえぜえと苦しそうに息をして、耳まで真っ赤になっている。

「最後の思い出くださいね、七海さん」
「私の事を一生忘れるな」
「ずっと前から、七海さんの事だけが忘れられない」
「うるさい口をそろそろ閉じろ」

 自分の両手で口を押えて息を殺すと、七海は私のズボンと下着を引き毟るように脱がせた。彼も下半身だけ脱いで、そのまま何も言わずに私の中に入ってきてすぐに激しい律動を始める。上に覆いかぶさって体重をかけてのしかかられ、息が出来ずにこのまま押し潰されてしまいそうだ。七海は私を見ないように首元に顔を埋め耳元で荒い呼吸音を聞かせた。遠慮のない腰使いだが、やはり七海にされるとどんなことでも気持ちよくて何度も果てた。更に強い快感が押し寄せ声を我慢できず、塞いだ口から呻き声が漏れる。それに気づいた七海は私の手をどかせて、彼の大きな手が私の口を覆う。

「んッ、ぐっ、」
「今、あなたの声を、聞きたくないっ」

 息がうまくできないがそれでいい。下敷きになり足を開かれ無様な恰好で突き上げられている。人間が繁殖するための行為なのに、子を成すためでない時もしたがるのはなぜだろう。七海は私の中に出すのだろうか。彼の破裂しそうな程勃起した生殖器を、私の胎児を育てるための臓器の入り口に押し付けて、本能の赴くままに射精してしまうのだろうか。

 七海は私の口からそっと手を離すと身体を起こして組み敷かれている私を見た。それから私の両ひざを抱えて性器の繋がっている箇所に視線を落とす。七海の手が離れたので、また自分の手で口を押えて声を殺した。私の声は聞きたくないと言われている。見つめられている場所はぐちゃぐちゃになってだらだらと粘液を垂れ流してシーツを汚していた。七海は自身のものが私の縦に割れた穴に出たり入ったりしている様をじっと見ながら、ハァハァと空気を求めてあえいでいる。

 そんなところ見てないで、私を見てよ! あなたの下で言いなりになって、あなたの情欲を満たしているのは私なのに……。

「言いつけを、守って、静かに、できるじゃないですかッ」

 腰を揺らして呼吸を乱しながら私に言う。口元を押えたまま一回頷くと、七海は私の膝から手を離して口を覆う私の手をはずした。苦しくて大きな口をあけて酸素を身体に取り込む。頭がぼうっとする。

「うるさくしたら、また、口を塞ぎます、から」
「ンっ、でもっ……あッ、ん、ふぅっ、あ、やぁ、」
「すぐ、守れない、なんてっ。どうなってるんですか」
「やっ、ちがっ、七海さんの、きもちよくって、こえ、我慢できないッ」
「ハァッ、本当に、頭がおかしくなりそうだッ」

 私を見下ろしながら七海は手を口元へと持ってきた。違う。あなたのその唇で塞いでほしいのに。しかし、明らかに先ほどまでと違うやり方に、キスして欲しいだなんてとても言えない。首を振って拒否すると七海は私の口を塞がなかった。苦しそうに腰を突き動かしながらもうすぐやってくる快感に抗っているようだ。

「んんっ、なんかァ……くるッ。くる、きちゃ…ッッ」
「はあっ、ぐッ、でる、も、でますッ!」
「あ、だめ、やだァ、もっと、もっとしてっ!」
「うるさい、だまってッ!」
「ごめ、んなさ、い……でも、だめ、まだしたいの」
「なかに、押し付けて、あなたの、一番奥に、思いっきり、だしてやるッ」
「ああ、いまから、ほんとに、されちゃうんだ……。きもちっ、い、あ、」

 身体の中から私を揺るがす七海を見ると、風呂に入ったと言うのにこめかみから汗を流していた。ぽたりとその汗が私の大腿に落ちる。彼から出る体液でさえ愛おしい。血液の巡りを感じ、七海の命がここにあると思えるからだ。

「あぁ、七海さん、ほんとに、ホントに、しちゃうんですか……」
「くそっ、なんなんだ……」

 結合部から目を逸らし、視線だけで私の表情を伺っている。きっと目を合わせると逃げてしまうから、私は七海の胸元を見た。彼の身体が降ってきたと思うと、私の背中に手を回してぎゅうぎゅうと抱きしめた。下半身は別の生き物のように動き続けている。私も七海の首に手を回して彼の身体を抱きしめる。律動を速め、いよいよ切迫感が漂う。今日何度も耳にした肉と肉がぶつかり合う破裂音が響き、性器同士の繋ぎ目からはぐちゅぐちゅと粘液を掻き混ぜる音が絶え間なく聞こえる。私は七海の腰に足を絡めて自ら腰を更に押し付けた。奥を穿つ彼の性器を感じると、気が遠くなるほど気持ちがいい。

「あァ、きも、ちいい……。七海さんに、中出しされちゃう。赤ちゃんできちゃうのに……」
「知るかっ。じゃあ、その足を離してっ、もう本当に、ヤバいんですッ」
「奥、ぐりぐりされちゃって、すっごく、イイから、離したくないです」
「馬鹿なこと言うなッ。ふざけてないで、さっさと離せ! もう、でる、おぉ、も、でる、だすッ……。奥に、くっつけてッ……」
「んン、そんなことして、どうなっちゃうか、知らないんですか……? 七海さん」
「どけッ、もう、離してッ! あァ、クソッ」

 いよいよ腰を震わせた七海は私の身体を無理矢理めくりとって陰茎を引き抜いた。抜けた瞬間から射精が始まり、先ほどまで七海が埋まっていた今はからっぽの私の穴を少し汚した。彼は慌てて私の陰部にかからないように大腿に先端を向け、身体をぶるぶると震わせながら竿をごしごしと擦って精を吐き出し続けている。

「ハァッ、ハァ、とまら、ない、まだ、でるッ……うぅっ……」
「ほんとだ、いっぱい出ましたね。こんなに中に出されたら、絶対妊娠しちゃう」
「……はあ、もう、おしゃべりが過ぎます」
「すっごく良かったです。何回もいっちゃって、まだ、フワフワしてます」
「……そう、ですか。もう、静かにしててください」
「ありがとうございます、七海さん」

 返事は無かった。きっと呆れられている。それでいい。七海はさっさと後始末をすると下着とズボンを自分だけ穿いて私を横目で見た。余韻から動くことが出来ず、奥の方はまだぴくぴくと痙攣している。見兼ねた七海が私の股のぬめりをティッシュで丁寧にふき取り下着とズボンを穿かせた。それから私に布団を被せ彼はベッドの端の方へ行ってしまった。

「もう寝ます」
「起きたら明日が来てるかも」
「早く朝が来て欲しいと今日初めて思いました」
「私と一緒ですね、七海さん」
「ハァ、一緒なわけあるか。何度も同じことを言わせないで」
「今日七海さんと過ごせてよかったです。ありがとうございました」
「私は今、心の底からやめておけばよかったと思っているところです。まあこれで最後なので、抱き枕にはさせてもらいますよ」

 そう言うと七海はベッドの端から私の方へと寄ってきて、私を抱き寄せると足を絡めた。その身体はまだ熱を持っており、しっとりと汗ばんでいる。七海の匂いがまだ少し痺れている私の頭をまたぼんやりさせた。この温もりを永遠に覚えておこう。いつか七海と離れ離れになってしまっても、今日の思い出さえあれば息ができるから。

「夢が叶ってよかったですね」
「あなたのことをどんどん許せなくなってきた」
「七海さんも嘘吐きだったんだ」
「もうこれ以上言葉を発するのはやめて、早く寝て」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

 電気が消えた部屋の中、しばらくすると目が慣れて七海が目を閉じているのが見えた。意外にまつげが長いことに気づく。額に汗をかいているのに私を離そうとしない。布団を捲ろうと身体を動かすと、七海の腕に力が入って抜け出すことが出来なかった。

「あのね、暑いんです」

 腕の中で身体を捩ると、七海はシィーっとだけ言ってそのまま黙り込む。今日はたくさんキスをしてくれたのに、最後は一度もしてくれなかった。明日の朝がきたらおはようのキスをする約束を覚えているだろうか。そんなことを考えながら私は目を閉じると、すぐに眠ってしまった。