七海さんちは四姉妹 ―三女の憂鬱―

第19話

 はろー。七海家の三女でーす。

私のウチにはデンマークのクオーターのお父さんと日本人のお母さんと二人のお姉ちゃん(大きいお姉ちゃんは優しいけど、小さいお姉ちゃんはうるさい)と一人の妹(一番うまいことやってる)がいます。これは秘密なんだけどウチってちょっと変わってて、呪いっていう変なのが見えたり触れたりするのね。んで、お父さんとお母さんは呪いを倒す呪術師っていうのをやってて、日本版ゴーストバ〇ターズってワケ。そういう親から産まれたから私も一応オバケたちが見えるんだけど、呪術師にはなりたくないかなあ。だってお父さんもお母さんもいっつも大変そうなんだもん。色んな所に旅行(出張?)できるのはいいかな~って思うけど、変な仕事やりたくないよねえ。だってオバケって超グロテスク。あんなの触りたくないよ。

 だったらどうするのって最近考えてるんだけど、どうしよう。なんにもわかんない。大きいお姉ちゃんは硝子ちゃん(呪術師専門のドクター?)みたいなお医者さんになりたいって毎日遅くまで勉強してるみたい。小さいお姉ちゃんはずっと陸上やっててなんかそーゆーの目指してるっぽい。妹はどうかなあ。なんでもできそう。このウチで一番うまいことやってるとおもう。毎日学校憂鬱だなー。お姉ちゃんは賢い進学校に行っちゃって、もうみんなで同じとこに行くのは無理だなって思っちゃった。やりたいこととか、なりたいものとか、そんなのまだわかんないよ。だって私って、なあんにも特技なんてないもん。お母さんはとりあえず勉強してたらって言うけど、お父さんもお母さんも呪術高専に行ったから普通の勉強してないよね? そんな人たちに勉強しろとか言われてもなーって感じだし、先生も普通科に行ってやりたいこと探せばいいっていうけど、普通科に行って人生の目標なんて見つかる気がしないよ。はあ。明日も学校行きたくないなあ。

 七海家の三女は穏やかだ。上に二人姉がおり、幼い頃から喧嘩を見てきたせいか一歩引いたところでいつもポヤポヤニコニコしていた。嵐が過ぎ去るのを待っているのか、自分には関係ないと素知らぬふりをしているのかはわからない。本人は否定するが、いわゆる天然というか、マイペースというか、独自の世界を持って自分の時間軸で生きているようだ。そんな三女もついに受験学年となり進路について決める時が来てしまった。一応三女なりに色々と考えてはいるが、いまだにはっきりとした答えを出すことができないでいる。父も母も姉二人も自分の生きる道があり、それに向かってまっすぐ進んでいる。だから「そんな人たちに私の気持ちなんてわかるわけない!」というのが、ここのところの三女の主張だった。進路について話せば話すほど迷宮に迷い込んだような気持ちになるのだ。最近では意図的にその話題を避けて部屋に籠りがちになっている。

 夕食後の団欒を終え、家族は各々の時間を楽しんでいた。長女は部屋に戻って勉強を再開した。次女はテレビでスポーツ観戦をしている。三女は特にやることは無いが部屋に戻ろうと思っている。四女はダイニングテーブルに座ったまま本を読んでいた。そして夫婦はソファに並んで座り食後のコーヒーを楽しみながらスキンシップをとっていた。七海が妻の肩を抱きこめかみにキスをする光景は七海家ではいつものことだが、一般家庭ではそうではないらしいと三女は最近気がついた。どうやら自分の父と母は普通よりも仲が良く、この二人の夫婦仲は非常に円満だそうだ。それは素晴らしいことなのに、なんだか少しだけ恥ずかしいような気もする。そういえばだいぶ前に次女も同じようなことを三女に言っていて、その時は「うーん?」としか思わなかったが最近は見過ごせなくなってきた。なぜだかはわからない。思春期だからだろうか。それとも進路のことでモヤモヤしているから、人の幸せを素直に喜べない天邪鬼になってしまったかもしれない。仲良さげに食後のおしゃべりを楽しむ父と母をちらりと見て、三女は何も言わず静かに自室へと戻っていった。

「あの子最近どうしちゃったのかなあ」
「進路を決めかねているようです」

 七海の妻はウンウン唸りながら腕を組んだ。

「ここぞって時の集中力が凄いから、じっくり取り組める何かがあれば伸びると思うんだけど」
「それを見つけられず悶々としているのでは」

 妻はハッとして「そうだね」と言い、再び唸りながら悩み始める。周りの大人が何か言ったとして、自分だったらそれを素直に聞き入れるだろうかと妻は考えた。三女と一緒に悩んだりアドバイスしたりはできるが、結局のところ決意するのは自分自身だ。納得いく答えが見つかるまでとことん付き合うつもりにしているが三女はどう思っているだろう。親の助言を疎ましいと感じるかもしれない。思春期の子どもの心は複雑だ。この年代で得た経験が後の人生に大きな影響を及ぼすだろう。それならばなおのこと真正面から向き合いたいと、妻はソファから立ち上がり三女のマグカップを取ってはちみつ入りのノンカフェインティーを淹れた。それから部屋をノックして少し話そうと提案すると、扉の隙間から顔を覗かせた三女は小さく頷いてリビングへとやってきた。

 それから七海と妻と三女は取り留めのない話をたくさんした。進路について話すはずが、ここのところ会話が少なくなっていたせいか話題がたくさんあったのだ。例えば今日の国語の時間が急に自習になったけれど、誰もふざけることなく静かな時間が流れたらしい。やはりみんな、進路のことで少し気を張っているのではないかと思ったそうだ。それから毎朝見かける黒くて小さい柴犬がすごく可愛らしくて、友人と共にいつも撫でさせてもらっているんだという。そのほかには数日前に四女が、三女と同じクラスの男子に告白されたという噂を聞いてしまい、自分にされたわけでは無いのにその男子と少々気まずくなったという。七海はそれを聞いて一瞬にして非常に険しい顔になったので、妻と三女は顔を見合わせて笑った。

「私なんにも知らないフリしてたのに、その子が私に、家で何か言ってなかったかって聞くからさあ――」
「あの子、うちでは何も言ってないよねえ。建人そんな話聞いたことある?」
「聞いてない。聞きたくない。この話は終わりです」

 そんななんでもない話をしながら三女は思った。確かに教師や親たちが言うように答えを急ぐ必要は無いかもしれない、と。

 久しぶりにお父さんとお母さんとおしゃべりしたなー。避けてたわけじゃないんだけど、なんか顔合わせにくいって思っちゃってた。もういっそ呪術師でもいいかなーって考えちゃうよね。だってこれは、普通の人にはない珍しい力なんでしょ? 誰かのために特別な力を使うのってなんかカッコイイよね。スーパーヒーローみたい。でも呪術師って字面がヤダ。なんか暗そー。それに高専に行きたいって言ったら、お父さん絶対に嫌がるだろうなあ。お母さんは賛成してくれそうだけど、寮に入ったらご飯も自分で作らないといけないのかなあ。掃除も洗濯も得意じゃないのに、全部自分でするのは無理かも。それに家族と離れるのはちょっと寂しいって思っちゃう。でもお姉ちゃんたちはいつか家を出て行っちゃうんだよね。私も何か一生懸命になれることが見つかったらいいのに。

 結局三女は進路希望調査票に未定と書いて提出し、進路指導室へと呼び出された。それでも家で夕食後に長女の部屋で一緒に勉強をするようになった。一日の復習をして明日の予習を少しする程度だが、この積み重ねは無駄にはならないだろう。三女が進路を決めるのはまだ先になるかもしれない。それでも立ち止まることなく歩み続けようという意思がある限り、三女の未来は希望に満ちている。七海と妻はそんな我が子を眩しく思った。三女がどんな答えを出そうとも、家族みんなは全力でバックアップするつもりだ。