七海さんちのサンタミッション

第15話

 十二月に入ると、街は途端にクリスマス一色になる。スーパーでもクリスマスソングがかかり、ブーツに入ったお菓子セットが売られ、手作りケーキのコーナーが特設されていた。七海家の子どもたちが通う保育園でもツリーが飾られて、今日は皆で飾り付けをしたそうだ。七海が子どもたちをお迎えに行ったとき、立派なツリーの前で年長の長女が自分はこの赤いプレゼントの飾りをここにつけたんだと得意げに話した。下の子らもそれぞれ飾り付けをしたようで、ツリーの周りをぐるぐると回りながら「これかな」「みどりだった」と楽しそうに話す。園児の数だけつけられたオーナメントを見て七海は微笑み、子どもたちの手をとって自宅へと向かう。

 七海家のリビングには毎年、控えめなツリーが飾られている。先日出したばかりだが、いつサンタクロースが来るのだと子どもたちは毎日聞いて妻を困らせていた。よほど楽しみにしているらしい。微笑ましい光景に目を細めていると、妻がそっと近づいてきて脇腹を小突く。

「なんですか」
「子どもたちがサンタさんに頼んでるもの、聞いた?」
「まだです」
「これから手紙を書くんだってみんな張り切ってるよ」

 リビングの子どもたちは妻からポストカードを一枚ずつ貰い、真剣な表情で何かを書き込んでいた。まだ字が書けない三女と四女は一生懸命絵を描いている。何を頼んでいるのか七海が覗きに行くと、「おとうさんは、みちゃだめ!」と声を揃えて頬を膨らませこれ以上の侵入を拒んだ。あまりの可愛らしさに七海が噴き出してしまったら、笑われたことに気を悪くした次女が涙目になり「あっちいってて!」と叫ぶ。それがまたいじらしく愛しいのだが、本人たちは真面目そのものなのでこれ以上水を差さないでおこうと思い、七海は困ったことがあれば声をかけるように伝えてその場を離れてキッチンに立つ妻の元へと向かう。

「あの手紙はどうするんですか」

 七海はエプロンを着けながら妻に問いかける。妻はなぜか得意げに笑うとこう言った。

「みんなでおもちゃ屋さんのポストに入れに行くの」
「今日の夜、こっそり手紙を見せてもらわないと」
「でもみんな毎日欲しいものを教えてくれるんだよね」
「今日の保育園の帰りに子どもたちが自販機のジュースを欲しがって、夕食前だから駄目だと答えたら、サンタクロースに貰うんだと言っていました」

 思い出し笑いをする七海の話を聞いて、妻は口に手を当てながら笑った。どうやら同じようなエピソードがあるらしい。

「そうそう。昨日はラムネとキャンディを頼んでたよ」
「毎日、何かをサンタクロースに頼んでいる」
「可愛いよね。でも貰えるプレゼントは一つだけだって伝えてるから、サンタさんへの手紙にはきっと本当に欲しいものを書くと思うな」

 それもそうだと七海は思い子どもたちの様子を窺う。いつになく真剣に机に向かい、サンタクロースへの手紙を書いていた。一体何を頼んでいるのだろう。

 子どもたちが寝静まったその日の夜、七海と妻はリビングのソファで肩を寄せ合ってくつろぎながら今年のサンタミッションの打ち合わせをしていた。枠内からはみ出しそうなほど勢いよく欲しいものが書かれている。

「長女はお化粧セット、次女はカメラ、三女は自転車、四女は粘土ですか。妙に実用品が多い。……サンタクロースの正体に気づいているのでは?」
「どうだろ。気づいてても欲しいものは素直に書いていると思うよ」

 妻がそう言って微笑むと、七海は確かにそうかもしれないと思った。

「明日休みなので、私が買いに行きます」
「じゃあ私はバレなさそうな隠し場所を探しておく」

 妻はポストカードをまとめてサイドテーブルの上に置くと、七海の肩に頭を乗せると深く息を吸い込んだ。それから首元へ顔を埋め、ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。心を落ち着ける、大好きな人の匂いがした。七海はそっと妻の肩を抱き寄せ、額に唇を落とし「もう寝ましょう」と言って妻と共に寝室へ入った。

 翌朝子どもたちと七海が出かけた後、クローゼットを開けた妻は途方に暮れていた。もう使う予定のない哺乳瓶や小さな靴下、季節外れのサイズアウトした服が大量にしまい込まれていたのだ。いつかやろうと思っていた赤ちゃんグッズの整理をクリスマス前にやる羽目になるとは思いもしなかった。お下がりをあげる相手は誰もおらず、もう捨てるしかない。そう思うとなんだか寂しくなって小さな前開きの肌着を嗅いだ。まだ微かにミルクの匂いがする。もう二度と会えない四人の子どもたちの赤ちゃん時代に思いを馳せ、丁寧に畳まれた子どもたちの服を処分した。

 七海がプレゼントの袋を四つ持って帰ってきた時、妻はまだクローゼットの中を必死で片付けていた。大荷物の七海を見て思わず妻は彼の肩を叩いて声を出して笑ってしまった。一生懸命車から降ろし、一人で抱えて自宅に戻って来たのだろう。真っ赤なギフトバッグに金色のリボン。袋にはメリークリスマスと書いてある。どうみてもクリスマスプレゼントのそれをクローゼットの奥に二人でしまい込んだ。ただ、三女の自転車が大きすぎて入りそうにない。仕方なく中身が見えないようにブルーシートをかけてベランダに放り出したが、どこからどう見ても怪しい。二人は一瞬ぽかんとして死体でも入っていそうな水色の塊を見た後、顔を見合わせて笑った。この不審物に子どもたちが気づかなければいいが。

 サンタミッションまであと四日。プレゼントの準備は無事完了した。それまで隠し通せるだろうか。いや、なんとしても隠さねばならない。

 クリスマスイブの日、仕事が予定より長引き迎えが遅くなった七海は慌てて保育園の門をくぐった。同じ部屋に集められた四人の子どもたちは父親を見つけると一斉に駆け寄り、全員が声を揃えて「きょう、サンタさんがくるひだよ!」と得意げに教えた。どうやらクリスマスにまつわる絵本を読んでもらっていたらしい。帰り道、サンタクロースに手紙は届いたのだろうかと心配する子どもたちに七海は「明日早起きしたら、その答えがわかるよ」と言って微笑みかけた。そのためには今日は早く寝ることだと告げると、子どもたちは目を輝かせながらワアワアとはしゃいだ。

 子どもたちが寝静まったイブの夜、七海と妻はしまい込んでいたプレゼントを取り出した。一度眠りに就くとなかなか起きてこないとわかっていたものの、少しの物音にも慎重になってしまう。それからベランダに置いた自転車の梱包を静かに解き始める。冬の夜のベランダは凍えそうになるほど寒く、二人は白い息を吐きながら作業を進めた。

「ハァ、ちょっと厳重にやりすぎました」
「こんなにぐるぐる巻きにしたけど、結局見つからなかったしね」

 顔を見合わせて笑うと二人は冷え切った身体を寄せて温めあった。室内に入ると暖房が良く効いてぽかぽかと暖かい。自転車をツリーの下に置いた七海はキッチンでココアを入れる妻の元へと戻る。緩いシルエットのカーディガンを羽織った妻は、ほかほかと湯気を立てるココアのマグカップを手に暖をとっていた。よほど寒かったのか鼻先は赤くなって目も潤んでいる。七海は妻の後ろからそっと身体を包み込むようにして抱きしめた。

「冷えてしまいましたね」

 妻の髪に鼻先を埋めた七海がすうすうと呼吸を繰り返していると、腕の中の妻がもぞもぞと動いた。ココアのカップを置いて七海を見上げ、すっかり温もりを取り戻した手を彼の頬に寄せる。

「温まったよ」
「それはよかった」

 七海は妻の手を取りキスをした。マグカップを二つ手に取り、妻をリビングのソファへと誘導する。

「君の好きそうなクッキーを買ってありますから一緒に食べましょう。子どもたちには内緒ですよ」

 そういって七海は再びキッチンへと戻り、パントリーの奥の方から可愛らしいクリスマスデザインのクッキー缶を取り出した。妻は「やったあ!」と言って瞳をきらきらと輝かせ喜んだ。

 翌朝、七海と妻は子どもたちより先に目覚め、二人で朝食の準備をしていた。そろそろ起こそうかという頃、寝室のドアが開いて四人とも目をこすりながらヨタヨタと出てきた。それからリビングのツリーの下にあるプレゼントを見るなり「わあ!」と歓声を上げて目を輝かせながら走っていき、キャアキャア飛び跳ねて喜んだ。

「サンタさんからのプレゼントだ!」
「なまえがかいてあるよ!」

 それぞれがプレゼントの包みを開け見せっこをしながら大喜びしている。それから父と母にサンタクロースが本当にやってきたと嬉しそうに報告し、プレゼントを広げて胸を張った。そんな賑やかな様子をキッチンからしばらく見守っていた七海と妻は、子どもたちのあまりの可愛らしさに胸が弾むような喜びを感じていた。今すぐ遊びたいんだと言って自転車を玄関へ持っていこうとする三女を抱きしめた七海は穏やかな声で子どもたちを諭す。

「まずはトイレに行って顔を洗っておいで。それからご飯を食べたらみんなで遊びましょう」

 子どもたちは我先にと洗面所へ向かう。朝食の準備を妻に任せ「ちょっと見てきます」と言って七海は洗面所へと向かった。

「保育園の支度もこれくらい早いといいんですけどね」

七海は困ったように笑っている。妻はそんな七海の姿を見て魂が揺さぶられるような心の動きを感じた。

 今年度の七海家のサンタミッションは無事遂行。今日は幸いにも休日なので家族でゆっくり過ごせる。洗面所からクリスマスソングを歌う子どもたちと七海の声が聞こえてきた。テーブルに食器を並べながら妻は穏やかに微笑んだ。

幸福とはきっと、こういうことを言うのだろう。