七海さんちのお誕生日会

第14話

 土曜日の昼下がり。昼食を終えた七海家の面々は自宅で過ごしていた。七海は昼から公園に行こうと子どもたちを誘ったが、全員が口を揃えて今日は家で工作をするから行かないのだと言う。いつもなら喜んではしゃぎ回って早く早くと急かすくせに、妙にソワソワした長女がリビングの端の方へ室内用のテントを引っ張っていき、お絵描きセットを出し始めた。その中に妹たちを呼び込んだと思えば四人はぎゅうぎゅう詰めになりながら何やらヒソヒソ話をして、深刻そうな声を出した下の子どもたちはウンウン言いながら相槌を打つ。その内容のほとんどは聞こえなかったが、指揮を執る長女が妹達に力強く告げたその言葉だけは七海の耳に届いた。

「今からやること、ぜーったいに、お父さんには、ないしょね!」
「わかった!」
「ないしょ! ないしょ!」

 クフフ、と笑いながら子どもたちが四人集まってリビングで秘密の相談をしている姿を七海はキッチンから静かに見守っていた。もうすでに聞こえてしまっているので隠しきれていないが、父に関する何かを内緒で用意しているらしい。七海は子どもたちの方へこっそりと視線を向けてみる。恐らく一番下の子は内緒話の意味をまだよく理解できていないだろう。それでも姉たちと頭をくっつけながらにこにこ笑い楽しそうにしている様子を見て自然と頬が緩む。どうやら折り紙で何かを作ろうとしているらしい。それが何のためになされているのかもう七海は気づいているが、バレるわけにはいかない。お父さんには内緒の作戦を完遂させてやるべく何も気づいていないふりをしてコーヒーカップに口を付けた。

 明日は七月三日。七海の誕生日だ。

 テントの中できゃあきゃあ笑って揉みくちゃになりながら子どもたちは長い時間工作を楽しんでいた。絵の具を使うだの、クレヨンを持ってくるだの、家中の文房具をかき集め、折り紙や画用紙を引っ張り出して何か大きな箱に飾り付けをしているようだ。時折漏れ聞こえてくるお父さんには内緒だという手紙の内容を想像しながら、七海は幸せな気持ちで満たされていた。あんなに小さな赤ちゃんだった長女も今では一丁前に年長者として妹たちをまとめている。なんとも頼もしいその姿を横目に、七海はキッチンでおやつ作りの準備を進めていた。休みの日、家族全員集まることができた週末は皆でおやつを手作りをするのが恒例になっている。今日はプリンアラモードを作ろうと前日に材料を買い揃えていた七海は、そろそろ時間だと子どもたちのテントの側まで行って声をかけた。

「一旦休憩して、みんなでおやつを作りませんか」

 そう言いながら七海がテントを覗き込もうとすると、中から飛び出して来た長女が大きく手を広げてその侵入を拒む。

「お父さんは、きちゃだめーっ!」

 あまりにも必死なその様子に思わず七海がプッと吹き出して笑うと、からかわれたと思った長女はむっとして頬をふくらませた。まるで誰かさんのように眉間に皺を寄せており、その表情に見覚えのある妻は傍から見て微笑ましい気持ちになった。わざと覗くつもりではなかったが、長女の背中越しには折り紙で作られたカラフルな輪飾りが見えた。

「みちゃだめ!」
「ないしょないしょ!」

 そんな七海の視線の先を察したのか、次々に子どもたちが出てきて入口を塞いだ。途端に中の様子が見えなくなり子どもたちの勢いにも負けて七海は後退りをしたら、そのままわらわらとテントから出てきた子らに押しのけられてしまった。

「ああっ、こら。危ないでしょう。何も見てないから、そんなに押さないで……」

 子どもたちの小さな手にぐいぐいと押されて追い返されながら七海は口元を綻ばせている。もう何をしているのか完全にわかってしまったが、知らないふりをしながらダイニングテーブルでパソコンを開く妻の元へと向かう。そんな様子を見ていた妻はフフフと声を漏らして笑い、のけ者にされているにもかかわらずなぜか嬉しそうな顔をしている七海に声をかけた。

「ねえ、散歩にでも行ってきたら?」
「出た方がいいかと思ったんですが、子どもたちがあまりにも可愛くて、つい……」

 口元を押さえながら七海が言う。その温もりに満ちた表情を見て妻は幸せな気持ちでいっぱいになった。二人が出会って何年経っただろう。随分長い付き合いになった。子を成してから毎日が慌ただしく通り過ぎていく。気が付けば家族は六人になり毎日賑やかな日々を送っているし、出会った時から変わらぬ愛を七海から感じる。

「お父さんに内緒で、一体何してるんだろうね?」

 妻は悪戯っぽく笑いながら言っているが、七海と違ってテントへの入室を許可されているので中で何が行われているのかはもちろん知っている。ダンボール箱の四方側面には子どもたちそれぞれが絵を描いた画用紙を貼り付け、その中に手紙を入れ、折り紙で折った作品をたくさん詰め込んで、それから最後にお父さんには内緒で買いに行ったプレゼントを入れるのだ。妻はにんまりと笑いながら七海を見上げた。そんな妻を見て七海はぐっと目を細めてわざとらしく不機嫌な表情を作る。

「誰もおやつ作りに付き合ってくれない」

 そう言うと七海は腕を組んでそっぽを向いた。珍しく構って欲しそうな素振りを見せる七海が愛おしく、妻も仰々しく大きな溜息を吐いてみせ、ゆっくりとノートパソコンを閉じて立ち上がる。

「もう。仕方ないなあ」

 のそのそと七海の元へと行くと、少々不貞腐れ気味の七海はキッチンのワークトップに並べられた材料を見ながら不満げな声を出した。

「子どもたちと作ろうと昨日たくさん果物を買ったのに」

 オレンジ、いちご、キウイ、りんご、それからさくらんぼ。色とりどりのフルーツが丁寧に切られてボウルに一種類ずつ並べられていた。りんごはウサギにされているし、キウイは花形に切り抜かれている。大きな手で器用に飾り切りされた果物を見て妻はにこにこと笑った。それから一つずつゆっくり眺め、七海を見上げる。

「私と一緒に作ろうよ」

 わくわくと楽しそうな表情を浮かべる妻を見て七海は心の中が温もりで満たされていくのを感じていた。いくつになっても愛おしい。月日が経つにつれ更に深くなる妻の愛を感じるし、尽きることなく溢れてくる妻への気持ちを受け止めてもらえることが嬉しくて仕方がない。

「みんな喜ぶかと思ってプリンも買ったしホイップクリームも乗せようと泡立てました」
「建人と一緒にプリンのパフェ作りたいなぁ」

 そっと七海の腕に抱き着き、人差し指で胸元をつんつんと突きながら妻が言う。意識的に出された猫なで声だが悪くない。

「プリンアラモードです」
「どう違うの? 作りながら教えてよ」

 この遊びに付き合ってくれるのだとわかり、妻は更に甘えた声を出した。ツンとそっぽを向く七海の方へと妻が回り込む。唇を尖らせ拗ねているように見えるが頬は緩んでいる。隠しきれていない感情が漏れ出ている様子が愛おしく、妻は腰に抱き着いた。

「まあ、たまには君と二人で作ってもいいか」

 口元を隠しながら照れ笑いをする七海を見上げ、妻はこみ上げる気持ちを隠すことなく更に腕の力を強めた。いくつになっても、どんな時でも、この世で一番愛している。もちろん子どもたちもそうだ。二人には世界一がたくさんある。この先永遠に大切にしたいものが多すぎて身一つではとてもじゃないが抱えきれない。しかし夫婦二人なら支え合って何一つこぼすことなく歩いていけるだろう。

 いつも二人がくっついていると子どもたちも寄ってきて家族みんなで団子になるのだが今日は違った。子どもたちは何かに夢中でテントの中。どこにも父と母を気にするものはいない。キッチンには二人きり。それをいい事に七海は妻の顎を掬い深い口づけを落とした。いつもの穏やかなぬくもりに満ちたものとは明らかに違う、情熱的なそれを受け入れながら妻は胸をときめかせた。角度を変え貪るように妻を追っていると、ぽかぽかと温かい両手が七海の頬を包み込む。背伸びをした妻を抱きあげ鼻をくっ付けながら愛していると告げる声は、春の陽だまりのように穏やかだ。今まで幾度となく聞いたはずなのに何度聞いても聞き飽きない。その度に幸福で胸がいっぱいになる。

「明日が楽しみだね」
「なんの事ですか? さっぱりわからない」

 ふふふと笑い声を漏らしながら七海が言う。妻の背中に回った大きな手がすりすりと背中を撫でる。からかうように妻をくすぐりながらキッチンの隅に追いやると、ついに壁際へと追い詰めた。再び降り注ぐ口付けを妻がそっと制止する。視線だけを子どもたちのテントへ向け、これ以上はいけないと言うのだ。

「朝はゆっくり起きてきていいからね」
「今夜君が、夜更かしに付き合ってくれるのならいいですよ」