七海さんちの鬼退治

第12話

 今日は二月三日。今年も節分がやってきた。毎年七海家では豆まきをして晩御飯には手巻き寿司を食べるのがセオリーだ。後片付けが大変だという理由でまくのは殻付き落花生にしているが、子どもたちは毎年この日を楽しみにしている。豆まきが終わったらみんなで回収して、自家製ピーナツバターを作るのだ。豆まきももちろん楽しいのだが、父が作るピーナツバターもとても楽しみにしていた。作っているそばから子どもたちがしょっちゅう味見をするので、出来上がりは少々少なくなるまでがお約束だ。鬼はもちろん七海の役目だ。去年は全員が泣き喚き阿鼻叫喚だったので、今年はあまり怖がらせ過ぎないように鬼の面の表情を可愛く描いたつもりだ。年々呪力が増してくる子どもたちを相手にするのはなかなか骨が折れる。加えて悪ノリする妻の攻撃を回避しつつ子どもたちの豆には当たりに行かねばならないので、この鬼の役は大変難しい。並の者では務まらないのだと七海は心の中で誇り、リビングの外で鬼の面を付け虎のパンツを穿き待機した。

「みんな、準備はいい?」
「いいよー!」

 妻と子どもたちの元気な声がリビングから聞こえてきた。それぞれ牛乳パックで作った豆ケースを肩にかけ、落花生を握りしめて鬼の登場を心待ちにしている。行くぞと七海は気合を入れ、リビングへと飛び込んだ。

「グオオオオ! 鬼だぞー!」

 地底から這い出てきた怪物のような低くおどろおどろしい声に子どもたちは驚いた声を上げたが、さっそく豆がビュンビュンと飛んできた。迎え撃つ気満々の妻と子どもの顔を見て、七海扮する鬼は更に気合を入れ手作りの棍棒を振り回す。

「おにはそとー!」
「ふくはうちー!」

 当たった時の衝撃で誰が投げたものかわかるのは、無意識のうちに子らが豆に呪力を籠めてしまっているからだ。長女は生まれながらにして潤沢だった呪力がここのところ更に増して、最近では漏れ出さないようにコントロールする術を父と母から教わっている。随分上達してきてはいるが、このように咄嗟の事態にはまだ弱い。感情がぶれると制御不能となり溢れて漏れて、物に乗ったり乗らなかったり、あらぬ方向へ飛んでいってしまうのだ。当たりにいったり躱したり、鬼となった七海は少しずつ子どもたちとの距離を縮めていく。すると横一列に並んでワーキャー騒いでいた子どもたちは、徐々に近づく鬼に怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

「ギャアー! きたあー!」

 最初こそ楽しんでいた子どもたちも、鬼の迫真の演技に恐怖を抱き泣きながら逃げまどっている。それでも屈しまいと果敢に豆を投げつけてくる姿を見て、七海は鬼の面の下でこっそりと涙ぐんでいた。怖くても立ち向かう勇気に感動し、その成長を想って泣いた。赤ちゃんだった子どもたちも今や立って歩いて喋って食べて、仲良く遊び元気に過ごしている。なんて素晴らしいことなんだと感動し、唸り声を出し手足をばたつかせ、棍棒を高く掲げながら七海は考えていた。あまり怖がらせては可哀想だと攻撃の手を緩め、時折豆に当たりにいっては「やめろ~」と苦しそうな声を出すのも忘れない。

 ピチピチと七海の肌にぶつかるかわいい豆たちにまぎれて、たまに岩でも投げられているのではないかと思う程の衝撃がある。それは二種類あって一つは確実に妻なのだが、もう一つがわからない。妻の呪力とよく似たそれは、子どもたちの誰とも違うように感じるし、誰かのもののようでもある。もしかしたら妻が何らかの細工をしてカモフラージュしているのかもしれない。そんなことを考えていると、今までで一番大きな衝撃が七海の大腿に走る。咄嗟に防御したもののあまりの痛さに思わず大きな声を出してしまった。

「痛いっ! 誰ですか!」
「え~? 誰だろ?」

 とぼけた表情で妻が言う。

「おかあさんだよ! わたし、みたよ!」

 次女が妻を指差しエッヘンと手を腰に当てて言った。やはり妻だったようだ。室内であれほどの力を出すとはどうかしていると、七海は大きな溜息を吐いた。

「君ね、本気を出すのはやめて。子どもたちに当たったら危ないでしょう。それに家が壊れます。ほどほどにしてください」
「建人が受け止めればいいんじゃない?」

 そっぽをむいてわざとらしく知らん顔をする妻へ七海はやめなさいと視線を送って釘をさしたが全くこたえていないようだ。

「四方八方から豆が飛んでくるのにできるわけない。みんな、お母さんのマネはしないように。これは悪い見本です。楽しく遊びましょう」

 七海がそう言うと子どもたちは「はーい!」と元気よく返事をした。三女と四女は鬼の正体が父とわかっているのかいないのか、母にくっついて泣きべそをかきながら豆を投げ続けている。各々豆ケースの中身は半分ほど残っているので、もうしばらくこの遊びを続けるため七海は再び鬼に戻り、攻撃を再開した。

「おまえらのおやつを全部食べてやる~!」
「おにはそと! おにはそと!」

 もはや「福は内」は存在せず、みんな鬼をやっつけることに必死になっていた。ビュンビュン飛び交う落花生が七海の肌を打つ。そしてやはり、時折混じる大きな衝撃。まだ妻が悪ふざけを続けているのだと思い、七海はピタリと動きを止めた。

「本当に痛い! いい加減にして!」

 妻の方をじっと見て注意するも、当の本人はきょとんとしている。これはおかしいと辺りを見回すと、青ざめた長女がぼうっと立っていた。

「あ……。おとうさん、ごめんなさい……」

 肩を震わせ唇を噛み、涙を必死で堪えている。時折混じっていた大きな衝撃は、そのほとんどがどうやら長女のものだったらしい。楽しくて仕方がなく、興奮のあまり無意識に流れ出る呪力の制御がうまくできなかったのだろう。いつもは上手にできているがやはりまだまだ子どもだ。感情と呪力をセーブするのは大人でも難しい。

「おや、上手にできましたね」

 七海が穏やかな声を出して言う。決して意図的にやったのではないとわかっている。

「わざとじゃない……やっぱり、うまくできない……」
「わかってますよ。少しずつ上手になればいいんです」

 抱っこしてやろうと近づくと、三女と四女が泣き声を出し始めた。そういえば今、七海は鬼になっている。このままではまずいと面をはずそうとしたその時。

「今がチャンス! いけー!」

 妻の掛け声とともに全員が一斉に豆を投げ始めた。一つ一つは大した痛さでは無いのに、たくさん当たるとやはりそこそこ痛い。

「わー! やっつけろー!」
「おにさん やだー!」
「こわいー!」

 嬉々として落花生にありったけの呪力を籠めて投げる妻をいなしながら鬼は眼前へと迫る。三女と四女が怖がり、ついには大声で泣き出し逃げ惑って暴れ始めた。ワアワアと声を上げて涙をボロボロと流す姿を見て七海は申し訳ない気持ちになり再びお面をはずして正体を明かそうとしたところ、両手を広げた長女が妹たちを守るため立ちはだかる。

「だいじょうぶ。おにさんぜったい、たおすからね。ねえねのうしろにかくれて」

 長女が首から下げた豆ケースの中にはまだまだたくさんの落花生が詰まっている。手を伸ばし、最も大きな落花生を手のひらで包み込む。途端に周囲の空気が変わった。いつもは春の日差しのように温かい佇まいをしている長女だが、今はピンと背筋を伸ばし静かに呼吸を整えている。足元から立ち昇る力が全身を循環しながら整っていく様子を見て七海は将来の心配をした。もしも、呪術師になるなどと言い出したら――。そんな心配をよそに長女の身体を巡っていた呪力が一点に集まっていく。そして大きく振りかぶった。

「こうやってマメをぶつけて、わるいおにさんをやっつけろー!」

 長女の呪力がありったけ乗った落花生は凄い速さで飛んでいく。しかし少々コントロールが悪く脇を抜けそうだと油断したその時。長女の呪力を纏った豆は弧を描いて曲がり、七海の脇腹目掛けて突き刺さる。防御が間に合わない。まさか追尾機能があるとは。

「おにさん、みんなを泣かせたらゆるさない」
「うぐッ……。上手、です。随分と筋がいい」

 七海が鬼の面をずらして笑ってみせると長女もにっこりと笑った。

「スキありー! やーッ!」

 そしてまたホーミング能力を有した豆が七海の肩目掛けて飛んできた。力が上手く制御できているらしく痛みはないが、攻撃の手を休めようという気はないらしい。妻はそれを見てケラケラ笑いながら一緒になって豆まきをしている。すでに鬼は妻と子らに屈していたがその場を去ることなく、降りそそぐ豆の中でなぜか嬉しそうに笑っていたという。