高専の廊下を歩いていたら唐突に着信音が響いた。電話の主を見て背筋が凍る。また、七海からだった。
三ヶ月ほど前、記憶を失うほど酔いつぶれた私は見知らぬベッドで目が覚めた。隣には誰もいなかったが、着衣は乱れ、散乱した小袋やティッシュ、バスタオルを見て何があったのか理解した。ここはどこで、誰と寝たのか。二日酔いのせいでズキズキと痛む頭をなんとか働かせるが皆目見当もつかない。散らばった衣類を集め慌てて着替えていたら、寝室の扉が音も無く静かに開く。そこには下着一枚で水の入った大きなグラスを持った七海が立っていた。心臓が思い切り跳ねて、ドクドクと鼓動が脳内に響く。咄嗟に謝罪して丁寧に畳まれていたジャケットを羽織り、七海の横をすり抜けて逃げようとしたがすれ違いざまに腕を掴まれる。強い力に驚いて七海の顔を見上げると目に角を立ててこちらを見た。
「これっきりだと思わないでください」
耳元で囁かれびくりと震えると掴んでいた私の腕をぱっと離した。恐ろしくて何度も首を縦に振ると、七海は顔を逸らして呆れたように首を横に振った。その意味がわからず戸惑ったがそれ以上何も言わなかった。そして私は逃げるように七海の自宅から立ち去ったのだった。
その後、何度も突然呼び出されてはその度にいいようにされている。終わった後は捨て置かれ、優しい言葉をかけられたことが無い。着信を示す画面をしばらく見つめた後、震える手で通話ボタンを押す。
『遅い』
苛ついた態度を隠すこともなく七海が言う。
「すみません、側に人がいたので……」
咄嗟に嘘をついてしまった。なぜか罪悪感に苛まれる。嘘をついたからだろうか。恐怖がそうさせるのに。それでも、今から行われる吐き出すためだけの行為や、今までの欲求を満たすだけのセックスを思い出すと下半身に熱が集まった。今日はどこへ呼び出されるのだろう。こんなことを続けていたらいつか誰かに見つかってしまう。最近はそんなスリルさえも二人の関係のスパイスになってしまっていた。七海の抑揚のない声が続く。
『二階の空き教室に来てください』
「……はい」
私の返事を聞かぬ間に通話は切れていた。二階に空き教室などあっただろうか。そんなことはどうでもいい。早く行かなければ。遅れると彼の機嫌が更に悪くなり、痛い思いをするのは自分なのだから。
二階の廊下は静まりかえっていた。今このフロアには私以外に誰もいないらしい。自分の足音がやけに響く。無人の学校というのは妙な不気味さがある。最もここは呪術高専内なので、オバケや妖怪、それこそ呪いなど出るはずはないのだが。空き教室とやらを探しながらできるだけ音を消して歩く。誰かに私がここにいると知られてはいけない。こんな誰もいないところで何をしているんだと聞かれることが怖い。辺りの様子を伺いながら歩いていると、ふいに目の前の教室の扉が開いて中から出てきた腕に引っぱりこまれる。おそらく七海だろう。
「遅い」
「あ、すみません、場所がわからず――」
「静かに」
「ぐッ……」
教室の中で倒れそうになったが七海の胸の中に引き入れられ体勢を立て直した。すぐに大きな手で口を塞がれる。扉から顔をのぞかせ周囲を確認した七海は後ろから私を抱きすくめたまま教室の扉を静かに閉めた。
「大きな声を出さないように」
口を塞がれたまま頷くと、七海も頷き口元の手を緩めた。
「机に手をついて」
言われた通りに落書きだらけでボロボロの机に手をつく。すると七海の手が私の尻をスカートの上からねっとりと撫で上げた。背筋がぞくぞくする。机は薄ら埃をかぶっていた。廃棄されるのはいつだろう。
「スカートを捲って」
指示通りにスーツのスカートを腰まで捲りあげると七海の動きがぴたりと止まって下半身をじっと見つめている。しまった。今日は暑くて蒸れるし、生理になりそうだったのでサスペンダーストッキングをはいていた。舐めるような視線を感じながら静かにしていると、七海が訝し気に口を開く。
「なんですかこれは」
「最近暑いので、これだと、涼しくて……」
七海が鼻で笑い大腿を撫でる。じっとりと汗をかいていたが彼の手はかさついていた。
「下着の着脱が楽なので、トイレの時に、もたもたしなくてすみますし――」
「そんなことはどうでもいい」
私のくだらない説明をぴしゃりと遮り続ける。
「自分で慣らしてください」
また七海の言う通りに下着をずらして自ら秘部に触れる。そこは期待だけで既に湿気を帯び始めていた。自分でも信じられない。彼に感じているのは恐れでは無かったのか。
「時間がありません、早く」
七海に急かされ指を陰部に割りを入れると既に中は充分濡れていた。そのぬめりを指につけ、陰核を擦ると背中が甘く痺れた。その快感に吐息を漏らすと七海はまた嘲笑した。私の背部からベルトを外す音が聞こえる。スラックスと下着を下ろす衣擦れの音も。その音だけで卑しくも昂ってしまう。七海は既に勃起しているのだろうか。私はもう、こんなに濡れてしまっている。
「もう、いけます。挿れてください」
「尻をもう少し高く、そうです」
陰茎があてがわれ、そのまま静かに奥の方まで沈んでいった。しばらくゆるゆると抜き差しをしていたが、次第に七海の息遣いが荒くなってきた。彼も興奮している。その事実だけでよかった。利害の一致以外の何物でもないこの行為に意味を持たせてはいけない。
「うゥッ、ちょっと痛い、です」
「静かに。そのうち慣れ、ますッ……」
もう少しゆっくりして欲しかったが、そんなことはお構い無しに七海はぐいぐいと腰を進めてくる。弱い刺激に飽きてきたのか一気に一番奥まで突っ込むとそのままずるりと引き抜き、下品な破裂音を立てながら何度も何度も腰を打ち付けた。奥を穿つ快感にとらわれて意識をもっていかれそうになる。誰もいない教室に淫猥な空気が充満している。ここは学校で、私は教員で、もしかしたら誰かが来るかもしれないのに。
「ッ……はっ…ふあぁ……やッ………………あっ」
「声が、大きい、黙って」
腰を掴んでいた手が離れていったと思うと身体ごと覆いかぶさられ、強い力で抱きしめられる。胸元をまさぐる七海の大きな手はシャツのボタンをうまく外せないでいた。早々にボタンは諦めスカートにしまわれたシャツを引っぱりだし、下から強引に腕が差し入れられる。ブラジャーを押し上げ、乳房を乱暴につかまれ痛みが走った。身を捩り逃げようとするが七海の身体におさまってしまい身動きがとれない。七海は私のうなじに舌を這わせて滴る汗を舐め上げた。それは予想外の出来事だった。いつもはこんなことしてこない。私たちが繋ぐのは性器だけ。キスをしたり約束を交わしたりすることはなく、愛の行為とは程遠い。野生動物でさえ求愛のダンスを踊ってもう少しマシな交尾をする。それなのに分厚い舌が私の味を知ろうとして舐めるだなんて。下半身に集中していた感覚が一気に首元へと駆け上り、頭の奥の方がびりびりと痺れ始めた。
「ぅ、あ、汚い、ですから……」
「あなたの、汗の、味がする」
七海は吐息交じりに呟いた。それ以上は何も言わなかった。しばらくは中を擦り上げるように腰を打ち付け続けていた七海の動きが変わってきたのを感じる。いよいよ果てるのか規則的な律動が始まった。後ろから容赦なく突かれ続け声を上げそうになると、身体に巻き付く七海の腕が徐々に上に伸びてきて私の口を塞いだ。苦しくて振りほどきたかったが首を振っても離してくれない。僅かに空いている隙間から「苦しい」と声を出すと絶対に声を出さない約束をしろと言われ、ようやく七海は手を離した。
「ぅ……おッ、も、出る、出ます……」
「あッ、ァ、わたしも…………んッ……」
耳元で囁かれる七海の官能的な喘ぎ声に耐えきれず、深く達してしまった。身体がビクビクと震え、思わず漏れた声に驚き自らの手で口元を押さえ声を殺す。
「……ッふ、ぐッ……でる、うッ……でるッ……」
私を抱きしめる力が強くなりつぶされてしまいそうだった。これ以上進めないのにぐいぐいと奥に押し付け身体を震わせて射精する七海の温もりを感じて、私はまた絶頂を迎えた。しばらく余韻に浸りたかったのに七海は何度かゆるゆると腟内で陰茎をしごくと、すぐに引き抜いてしまった。額から汗が流れ落ちる様子を見つめていると、私の視線を遮るように反対を向いた。着衣を整える音と私の息遣いだけが無人の教室に響く。
「また連絡します」
「はい」
七海はいつものように一人で立ち去った。私はいつものように一人で放置されている。乱れた着衣を直して辺りを見回すと、がらんとした教室にはどこからか集められた不要物が置き去りにされていた。まるで私のようだ。この関係を築いてしまった以上後戻りは出来ない。前へ進むことも許されないのならば甘んじて受け入れよう。
七海さん。あなたに伝えたいことがあります。私はずっと前からあなたが好きです。
決して口にすることは無いその言葉を心の中で叫ぶ。
誰にも聞かれるはずはないのに空っぽの教室に響いた気がした。