だって、





 気が済むまでただひたすら飲みたいだけなのに、いつも中途半端に終わってしまう。泥酔して記憶をなくして、嫌なこと全部、忘れてしまいたい。一生成就しない片思いと、少し癖のある金髪のことなんかは、特に。

 テーブルに突っ伏してくだを巻いていたら、いきなり腕を掴まれ、無理矢理立たされた。衝撃で吐きそうになり、口元を押さえる。目の前の真っ白いシャツとよく知る匂いで、これが誰だかすぐにわかった。また誰かが勝手に柴に電話したせいで、ややこしいことになりそうだ。なんで毎回こうなるの。もうこのメンツとは飲まない。

 目の前がぐるぐるしているから、みんなの表情はよく見えなかった。財布を探していたのに肩に担がれ店から出されてしまい、文句を言いながら柴をボコボコ殴って蹴りまくる。サンドバックになっている男は微動だにせず歓楽街を進んでいく。ネオンが眩しい。ここはこんなにキラキラ輝いているのに、私の心は醜く歪んでどす黒い。

「飲みすぎやろ……」
「ぜんぜん、のんでない!」
「完ッ全に酔っ払いのセリフやん。なんで毎回こんななるまで飲むねん……」

 心底呆れていますよ、と言いたげな声色に腹が立つ。誰のせいだと思ってる。言ってやろうか、今日こそは。

「なんででしょ〜? いま私を抱えてる男前のせいで〜す」
「ハイハイ。俺が悪かった。帰るで」

 私の渾身の告白を何事も無かったかのように扱いながら、柴はコンビニへ入った。さすがに店内では肩から降ろしてくれるという優しさはあるみたいで、急に視界が元通りになる。ふらふらとおぼつかない足元を見つめていると、当然のように手を繋がれた。少し湿った生温かい男の手に、急に羞恥を覚える。大きくてごつごつした柴の手の感触をこんなところで知りたくなかった。

「じぶん、まだのめます!」
「後で恥ずかしなるだけやから、もうやめとき」
「柴が、ほったらかしにするから悪い〜」

 もう一人で帰れますと振りほどいても、すぐにつかまって繋がれる私の手。緊張で指先は冷えているけれど、首から上は信じられないくらい熱い。目を閉じてみると、街の喧騒が少し遠のく気がした。この状況にあり得ない夢想を始めようとする脳をなんとかして正常運転に戻さなければ。気力を振り絞って目を開ける。下から上へと視線を移す。ムスッとむくれた柴が視線をこちらへ寄こし、大きな溜息と共に言う。

「何回も連絡したわ。ケータイ見てみ」
「えっ、ほんとだ。音ならなかったよ?」
「サイレントモードにしたん誰や」
「なんで? 妖術?」
「んなわけあるかい」

 着信履歴が十件以上ついている画面を消して、カバンに突っ込む。頑張って歩こうとしても上手くできないから、もう完全に柴に身体をあずけることにした。傍から見ると恋人同士だろうな、なんて考えてしまっている。これを既成事実にしてどうにかなれやしないだろうか。

「なんだかんだ言っても、いつもきてくれるもんね」
「一人にしてたら何やらかすかわからんからな」
「それだけ〜?」

 寄り掛かりついでに、腕を組んでみる。ついでに胸でもくっ付けてやればよかったかもしれないが、わかりやすいボリュームの無い身体が悔やまれる。明らかな拒否は無く、組まれた腕はそのままに、柴はポケットに手を突っ込んで少し迷惑そうな顔をした。そういう表情も割と好きだ。呆れ顔ばかり見ているから、刷り込みかもしれないけれど。

「後で薊に文句言われんのかなわんし」
「なんで? 薊さん関係ないでしょ」
「アイツ、オマエの保護者気取りでやかましいねん」
「薊さんが保護者なら、柴サンはなにもの?」
「……俺は気のいい近所のお兄さんポジションや」

 私がプライベートで酔い潰れることにより薊さんに掛かる迷惑がどれほどのものかは知らない。一体何を心配されているんだろう。いつまでも煮え切らない態度をとるな、とか。中途半端な優しさで弄ぶな、とか。きっと彼なら私の身を案じて、そのようなことを言ってくれているに違いない。ということは、やはり柴は私のことが好きなのでは?

 酒の力も相まって、どんどん加速する脳内妄想はもう止められない。このまま無敵思考で突っ走ってやる。行き着く先が爆死だとしても、それならいっそ諦めがつく。

「妹みたいな存在って、恋愛対象にはならない?」
「なんや。今日は調子乗り過ぎちゃう?」
「ねえ。脈アリなんでしょ」

 一瞬眉がわずかに上がったあと、すぐにまたいつものやれやれ顔に戻った柴は、無駄に妖術を使って私を家に押し込んだ。見え透いた気持ちには応えてくれないくせに、あの人はいつだって私を安全なところにしか置いていかない。なのに今日は、ほんの数秒、しばらく動かない。たったそれだけのことで、期待してしまう。

 先ほどの都塵が嘘みたいに静まり返った我が家の玄関で、私たちの唇が近づく気配がした。咄嗟に目を瞑って覚悟を決めたのに、指一本触れられることは無かった。恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に彼の横顔があった。耳介に湿った吐息がかかる。

「答えは今度、ゆーーーっくり教えたるわ」

 口元を歪めてニヤリと笑っているけれど、目の奥が笑っていない。これは本当に、もしかするかもしれない。そうであってほしい。