ソフトクリーム・スイートメモリー





「ソフトクリーム三つください!」

 少し肌寒い日だった。元気いっぱいの明るい声に振り向くと、見知った顔があった。朗らかに微笑みヒラヒラと手を振っている声の主は、喫茶店を営んでいるヒナオだ。今日は連れが二人。相変わらず面倒見がいいらしい。彼女の後ろには物珍しそうに店を覗き込む少年と、興味津々で身を乗り出す幼女がいた。少年は高校生くらいの背格好だが、顔はとても幼く見えた。ヒナオに抱っこをせがんで店の中を覗き込んでいる幼女は、細っこい身体だが目はキラキラと輝いていて、ちょっと悪戯っぽく笑っている。

 ちょっと待ってね、と前置きをして、中途半端になっていた今川焼きに餡子を乗せる。すると三人とも店先に身を乗り出して、真剣な眼差しで私の手元を凝視した。私にとっては毎日のことだけれど、三人にとっては物珍しいのだろう。出来上がったら拍手喝采で、なんだか少し恥ずかしい。

「お待たせ。久しぶりだね。ちょっと寒いけど、ソフトクリームでいいの?」
「夏ぶりだね~。お天気よくてあったかいから、ソフトクリームちょうだい。ハクリ君とシャルちゃんも、いいよね?」

 うんうんと首を大きく縦に振る二人は、まるで兄妹みたいにみえる。どちらも人懐っこい表情を浮かべて、私の作るソフトクリームを期待していた。ヒナオの言う通り、今日は日向にいるとぽかぽかと暖かいようだ。アイスコーヒーとソフトクリームの出が多い。冷たいジュースも人気で、店内にはいつもより多くの客で賑わっていた。

 ソフトクリームをくるくる巻いて、カラースプレーをパラリ。まんまる大きな目を更に大きくしたハクリ君とシャルちゃんから、感嘆の声が漏れた。シャルちゃんなんて、もうソフトクリームに向かって手が伸びてしまっている。

「はい、どうぞ。はじめましてのお客さまには、トッピングのオマケ付きです」
「すげェ……! ありがとうございます!」

 ハクリ君はまじまじとソフトクリームを見つめながら、なかなか食べようとしない。十一月とはいえ昼間の気温は九月下旬並みらしく、お日様が当たっているところはすでに溶けかかっている。溶けちゃうよ、と声をかけると、角がとれてふにゃりと曲がった先端にハクリ君が口を付けた。びっくりしたみたいに何度か瞬きをすると、今度は視線が私とソフトを行き来する。唇についたバニラソフトをぺろりと舐めると、満面の笑みを浮かべて「美味しいです!」と元気いっぱい答えてくれた。

「フフ。初めてソフトクリーム食べるみたいな顔してるねえ~」
「実は、はじめてかも……? なんて」
「じゃ、ウエハースもサービス!」
「わっ、いいんですか⁉」

 冗談っぽく笑いながら肩をすくめるハクリ君は、なんだかとってもいじらしい。ありきたりなソフトクリームひとつでここまで感動してくれるなんて、世間ズレしていない箱入り息子なのかもしれない。初めて会ったのに弟みたいに思えて、不思議な感じだ。つい構ってしまいたくなる気持ちを抑えられず、オマケを更に追加してしまった。これにまた大喜びして、はしゃぐ二人をにこにこ眺めていると、ヒナオも私と同じように温かい視線を送っていた。わかるよ、わかる。ほのぼのするよね。

「甘いのは好き? 夏はかき氷とアイス最中。これからはぜんざいと今川焼きがおすすめです」
「俺、甘いの好き! 好きです!」
「また来てね。お店の中でも食べられるし、ジュースもあるからね」

 ブンブンと大きく手を振り、何度も振り返りながら遠ざかる三人を見送る。祖父母の代から続く街の小さな甘味処を継いだときは、今どきこんな店流行らないだなんて悪態をついていたけれど、やってみると案外いいものだ。今日みたいなことがあると、また頑張ろうと思える。

 あれから毎日のようにハクリ君は甘い匂いに引き寄せられるようにやってきて、うちの冬季メニューを全制覇するに至った。一番好きなのはやっぱりソフトクリームらしく、バニラとチョコのミックスが世界一なんだとまで言ってくれた。真っ直ぐな言葉や態度は素直に嬉しいと同時に、こんななんてことはない店でさえ感動してしまうだなんて、どのような道を歩んできたのだろうと、想像を膨らませている。ほんのわずかな時間でも癒しになればと、笑顔で出迎えようと勝手に決めた。

 彼らが訪れるようになって、店先からぼんやり眺めていた街が、少し違って見えてきた。毎日同じ景色で退屈だと思っていたけれど、一日として同じ景色なんて無いってことに気付く。毎日同じ時間に来る常連客も、毎日少しずつ表情が違う。私がそうであるように、彼らの人生もまた日々を刻み、生きているのだ。ヨチヨチ歩きだった子は今や手を繋がなくても歩いているし、仲良さげに歩いていた老夫婦はいつの間にか独りになっていた。ただ流されるように繰り返しているだけだった毎日にも、小さな変化や命の輝きがあることを思い出した。退屈だった日々は言い換えれば平和で、それを享受するのに慣れ、鈍感になっていた。彼らとの出会いが、変わらないという有難さを思い出させてくれた。

***

「あら。ハクリ君。いらっしゃい。今日は何にする? ちょっと冷えるから、ホットココアなんかもあるよ」

 今日は珍しく一人で店を訪れたハクリ君の表情は、いつもと違って曇っている。気まずそうに俯きながら指を組んでもじもじとしている様子から、何かあったんだな、とわかってしまう。

「今日は、最初に頼んだやつください。ソフトクリームのチョコトッピング。ウエハースも」
「原点回帰、いいね」

 初めてのときと同じオーダーを淡々とこなしながら、なんとなく、もうお別れかもしれない、なんて考えてしまう。どうぞとこれを渡したら、今日でさようならなのかな。寂しくて注文の品を渡しあぐねていると、眉を下げて申し訳なさそうな顔をしたハクリ君が呟くように言う。

「しばらく来れないかも……」

 やっぱりそうだった、なんて思いたくなかった。短い付き合いではあるが、彼らにのっぴきならない事情があるんだろうとは感じていたから、この結果にさして驚いているわけじゃない。それにハクリ君の様子から、彼の進む道に退路は無さそうだ。私には止める権利も無ければ、事情を聴く仲でもない。それでもいつか、また会いたい。だから、無理に笑わないで。そんな後ろめたそうに、謝らなくてもいいんだよ。

 ソフトクリームを渡す指先から、彼の体温がほんのりと伝わった気がした。

「私はずっとここに居るから、落ち着いたらまた来てよ」
「ハイ! 俺、絶対また来るんで! あの、そのとき、もしよかったらですけど――」

 何か言いかけて、口を紡ぐ。どうかその先を聞かせてほしい。

「どっか、散歩でも行きたいなー、とか思ったり……。一緒に、二人で……」
「嬉しい。デートのお誘いだ。ありがとう。頑張ってね」

 ツンと尖った唇から漏れるように聞こえてくる、素敵な提案に思わず口元が緩んでしまう。私が笑ったのをみて、ハクリ君は照れ隠しなのか眉を顰めて苦笑いした。それから最初の一言目を聞くや否や、飛び上がって喜んだ。素直で真っ直ぐな君の頑張りが報われて欲しい。気が付けば、彼に引き寄せられていたのは私のほうだったのかもしれない。わたしはずっと、ここで待ってる。

「……楽しみにしてるから」

 甘い時間を分け合ったのはほんのわずかなときだったけれど、私にとってはかけがえのない大切なものだった。いまでも店先にそっと残っているあの笑顔とあの声を思い出しながら、君の帰りを待っている。