男ウケ抜群♡ゆるふわデートコーデ♡ VS 対呪霊!呪師女子お仕事コーデ 彼女side





 とんでもないものを見てしまった。あの七海建人が恋人以外の女性と二人きりで食事をしており、尚且つデレデレしている。鼻の下を伸ばした七海を見たことがあるか? 私はない。今世紀最大の弱みを掴んだ瞬間である。ああ、くそっ。この位置からは会話の内容まで聞こえない。そしてもう一つ信じられないことがある。

 七海建人の恋人とは私のことなのだ。

 その日私は現場の廃ビルに向かうため電車に揺られていた。仕事を終えたサラリーマンや放課後の学生たちでいっぱいの車内。ぼんやり窓の外を眺める。海でも見えればよいのだが、繁華街を抜けるこの車窓から見える看板にロマンを求めても仕方がない。『焼肉食べ飲み放題!3980円!』『完全個室 試写室』『相席居酒屋♡女性無料♡』それでも字が書いてあれば読んでしまう活字中毒だった。ふう、と小さなため息を吐く。それと同時にスマートフォンが震えて、補助監督から連絡が入る。本日これから行く予定だった任務が明日の同じ時刻に変更となった。珍しいタイプの呪霊なので明日は学生の同行もあるらしい。昼は授業で夜は任務。呪術高専の学生も大変だな、とまた溜め息を吐いた。

 話を七海発見時に戻そう。平日の夜、突然休みになった私は次の駅で降りて特にあてもなく繁華街をフラフラしていた。そのまま帰宅してもよかったが、久しぶりに街へ来たので食事でもして帰ろうかと思ったのだ。最近は電車が一時間に一本程度の田舎での任務が多かった。加えて出張調査も。基本的には心霊スポットのような呪霊のたまり場を巡回する程度なのだが、慣れない土地での仕事はやはり疲れる。それに、同じ家に住んでいるというのに一ヶ月以上恋人とすれ違う日々が続いている。突然のオフだが七海のスケジュールを知らない。電話をかけるが呼び出し音が鳴るだけで留守番電話にもならず、五コール目で切った。おそらく彼も任務に出ているのだろう。念のため食事に誘う簡単なメッセージを入れておいた。

 本屋を物色し、生活雑貨屋をのぞく。返信はまだ無い。さらに文具店を訪れお気に入りのボールペンの替芯と小さなノートを買った。もう一度返事が無いか確認したが既読にさえならない。ブラブラしながら三十分ほど待ったがついに返事はこなかった。お腹も空いたし諦めよう。仕事にも恋人にもフラれた私は、今日もまた一人の食事となった。仕方がない。私だって、何度も彼の誘いを断ってきたのだから。

 都会の喧騒から一本入った筋にある小洒落たバルのメニューを眺めていた時のこと。視界の右端に見慣れたブロンドと広い背中を見つけた。七海によく似ているが、仕事の時に着ているスーツではない。人違いかと思ったが、見覚えのあるジャケットを着ている。

――……いや、あれ七海だな

 先々月一緒に出掛けたときに買ったものだ。
 しかし、どうやら一人ではないらしい。彼の向かいに見知らぬ女が座っている。それもセクシーに胸元があいたワンピースを着た女子力高めの美女。明らかに盛られた大きな胸。デコルテには華奢なネックレス。ふわふわ巻かれたハーフアップの髪。指先には控えめなネイル。清楚なメイク。にこやかに微笑むつやつやの口元。

 誰なんだあの女は。

 メニュー看板から立ち位置を少しずらすと、七海の横顔が見えた。


 ねえ信じられる?


 鼻の下伸ばしてだらしない顔!
 漏れてるよ下心!
 なんでコンタクトなんだよ!
 一番高い時計つけてる!
 髪をかきあげるな!
 無理矢理足組んで足長アピールしてんのかい!
 座ってんのにポケットに手突っ込んで中学生かよ!

 私は確信した。これは浮気に違いない。さて、何と声をかけるべきだろう。

『どういったご関係で?』
『ずいぶん楽しそうだね♪』
『アタシのオトコに何してんのよッ』
『夫がいつもお世話になっております』

 いやいや、どれも違う。そもそも私たちはまだ結婚していない。そうじゃなくて、何て声掛けたらいい? メニューが全然頭に入ってこない。どうしよう……。

 その時、メニューを前に立ち尽くしていた私に、店員が話しかけてきた。爽やかな笑顔のイケメンである。全然アリ。合格。

「おひとり様ですか。ただいますぐにご案内できますよ」

 そして私は決意した。イケメン店員につられて私も微笑む。

「あそこ、いいですか」

 指し示した先は七海と浮気女の斜め後ろの席。

「はい、こちらへどうぞ」

 メラメラと燃え盛るこの気持ち。心を強く持て。冷静に。なにも男は七海だけでは無い。まずはこの場を完璧に押さえる。それから、大きく深呼吸して歩き出す。


 絶対に浮気の証拠掴んで慰謝料請求してやるッ! この裏切り野郎!

 心臓の鼓動がいつもより早いことを妙に意識してしまう。気が遠のきそうだが、下唇を噛みながらなんとか気づかれることなく目的の席に着くことができた。注文する時、もしかしたらバレるかもしれない。声を聞かれるのはマズイ。できるだけ小さな声で、メニューを指さしながらブレンドコーヒーを頼んだ。お腹が減っていたはずなのに、今はそれどころではない。

 大して飲みたくもないコーヒーを啜りながら耳をそばだてる。ところどころ聞こえる会話を繋ぎ合わせると、お花柄ワンピ女は、どうやら前職の同僚のようだ。そして彼氏持ちで悩みがあるらしい。ふむふむ、プロポーズされた、くそ、聞こえない。浮気してるかも……え、その婚約者が? 結婚前なのに。それは大変だ。そして、なになに。七海君にアドバイス貰えたらなーって……アドバイスって何を? 七海、結婚してませんし婚約もしてませんけど、どういった答えをお望みで? 私って女として魅力ないかな……? ですって。あー、ハイハイ。結婚前の思い出作りに遊んじゃうやつね。了解、リョーカイ。大体わかった。で、七海の返事は。んー、ボソボソ喋って聞こえにくいな、オイ。そんなことないです、ってテンプレ回答かい。十分魅力的……綺麗……羨ましい……。ほほう、数々の褒め言葉を繰り出していますねえ。

 あっ、今、七海に恋人がいるか男ウケ抜群ゆるふわデートコーデ女が聞いています! 七海の答えは!? え!? いない! 嘘でしょう!? 七海は〝今はいません〟と答えています! これはやってしまいましたね。役満。黒です。この雰囲気、これから二人は夜の街に消えるでしょう。


 絶 対 に 許 さ な い 。

 怒りが頂点に達すると冷静になれるらしい。うまい具合に都合よく爽やかイケメン店員がお冷を入れに来てくれた。もう隠れる必要もない。

「どうもありがとう」

 七海に聞こえるように大きめの声を出す。途端に七海の背中がビクッと大きく揺れた。爽やかイケメン店員が会釈をして立ち去る。七海はゆっくりと私の方を振り返る。そして、私の顔を見た瞬間、特級呪霊でも見つけたかのような表情になった。

「ぐッ……!」

 七海が何か呻いている。どうかした? 何か問題でも?

 私はにっこりと微笑んでヒラヒラと手を振る。七海はズレたフレームを直そうと目元に手を持っていったが、メガネもサングラスもしていないのでその手は空を切っている。あなた今日コンタクトでしょ。相当動揺しているらしい。例のゆるふわ系モテコーデ女が、顔に〝ハテナ?〟を浮かべてペコリと頭を下げている。すかさず私は声をかけた。

「あれェ、七海君ジャン。奇遇だね。デート?」

 わざとらしく私が言うと、七海のこめかみから一筋汗が流れる。冷や汗ですか?

「お……、久しぶりです……」

 蚊の鳴くような声で七海が言う。

「一ヶ月ぶりだね。邪魔しちゃ悪いし、私帰るね。二人でゆっくり楽しんでね」

 微笑みを絶やさず、さっと伝票を掴みレジへ立つ。遠くから「アッ……」と七海の小さな鳴き声が聞こえた気がするが、もう知らない。つかつかとレジへ向かい会計を待つ。後ろで何やら二人でごちゃごちゃやっている。

「ちょっと今日のところは……あ、いや、また……だめだ、または無いんです。失礼」

 ガタンとイスが倒れる音と同時に「イタッ!……ちょっと、待って」と七海が誰かに言っている。私にむけた言葉ではないだろう。だって私は今は恋人がいないという七海のなんでもないらしいから。

 コーヒー代を支払っていると爽やかイケメン店員が「もしかして修羅場ですか?」と聞いてくる。修羅場という言葉に不釣り合いなほど、にこやかだ。そのようですね、と返事をして支払いを終え店を後にした。

 駅に向かって進んでいると、後ろから息を切らした誰かが追いかけてくる。

 あまりにもしつこく何度も私の名前を呼ぶので周囲の視線が痛く、仕方なく足を止めてやった。

「ちょっと、ハァ、貴女、足が早い……。誤解です」
「誤解」
「誤解というか、違うんです。貴女何か勘違いしている」
「勘違い」
「うっ……、やめてくださいその目は……。死にたくなる」
「じゃあ死ね」

 ツンとそっぽを向いてまた歩き出す。全然反省していないようだ。言い訳ばかり。誤解? 勘違い? そんなわけない。この耳で聞いたさっきの七海と婚前火遊び女との会話がリプレイされる。


『あっ、でもォ、七海君こんなに素敵なんだモン。これ以上はカノジョさんに申し訳ないな』
『ああ、それはご心配なく。今は恋人はいませんよ』

 なんてこと言っちゃうの。ひどいよ七海。私というものがありながら。百歩譲って目移りしてしまうのは仕方ない。私もさっきの店員さん素敵だなと思ったから。それでも嘘つくなんて思わなかった。私のこと無しにしてあの子と遊ぼうって一瞬でも考えられたことが悲しいよ。

 涙が出てきて目に溜まる。でも落とす訳にはいかない。私は絶対に折れない。

 人の波を縫うようにスイスイと進む。諦めが悪い七海は私の後を追いかけながら何やら言っている。

「彼女は昔の同僚で相談があるからと以前から約束をしていてそのついでにちょっと食事をしていただけで……」

「わざわざ二人きりで約束までして会う元同僚ってなんだろ」
「本当に何も無いんです。信じてください。私には貴女しかいません」
「七海も満更でもないって感じだったけど」
「彼女の転職と結婚を考えているという彼氏の相談に乗っていただけで何もやましい事はありません本当です」
「でも向こうは結婚前に遊んじゃお〜って感じだったじゃん」
「私はそんなつもりは無かったのに彼女が」
「あの子が悪いってコトなんだ」
「いえ、そうではなく……」
「ずっとおっぱい見てたね」
「あれだけ開いてたら見るでしょう男なら誰でも伊地知君でも見ると思います明らかにわざとでしたからそこに視線がいくのは必然で」
「恋人はいませんってことだし、好きにしたらいいんじゃない?」
「それは……すみません。許してください」
「許すも何も、七海の何でもない私の事追い回して弁明する必要ある?」
「あれは言葉のあやというやつで私の真意ではなくあの場ではそう回答した方が彼女にとって都合がいいと思って言っただけで私の恋人は貴女ですし心から――」
「もういい。自分のスケベ心を恨みなよ」

 帰宅ラッシュの人混みに紛れ、七海を撒く。式神を行使して私の残穢をそこら中にばらまいた。遠くから七海が私を探している声が聞こえたけど知らない。あっちはデカくて目立つが私は平凡中の平凡なのでそうそう見つからないだろう。あの女みたいに巨乳でもないし寄せて上げてもいない。エスカレーターを駆け上がりなんとか駅のホームにたどり着くと、閉じかけの扉から強引に電車に飛び乗った。

 その夜私は七海と暮らす家には帰らず、一人でホテルに泊まった。その後一週間ホテル暮らしをしていたら、五条さんから『七海が使い物にならないから、そろそろ許してやってよ』と連絡があったので仕方なく家に帰ってやった。玄関ドアを開けたら叱られたチワワのような顔をした七海が出迎えてくれ、誠心誠意の謝罪と有名リラクゼーションサロンとエステの予約で許すことにした。流石にその夜は大人しくしていると思ったのだが、同じベッドに入るとさも当たり前のように求めてきたので全く応じず放置していたら、悲しそうに枕に顔を埋めてブツブツ言いながら独り何かに耐えていた。

 ごめんね七海。でも、もうちょっと反省してください。
 乙女心を弄んだ罪は重い。