「七海さんって彼女いるんでしょうか?」
なんてことはない任務の帰り道を歩いていると唐突に聞かれ少し動揺した。なぜなら聞かれた本人こそ七海さんの彼女なのだから。素直で頑張り屋、タレ目で丸顔の補助監督はその事実を知らないので仕方ないのだが。
「……本人に聞いてみたら?」
「絶ッ対に無理ですぅー!」
その女性らしいきれいな両手で顔を覆い頬を赤らめる。いじらしい仕草に胸がときめいた。どうやら七海のことが気になっているようだ。
「指輪されてませんし、そういった噂を聞かないのでどうかな~、と思ったんです。でもいつもすぐに帰られるので、彼女さんに会いたいからだったりして……!」
そこまで言うとタヌキ顔の補助監督はまた頬を赤らめて黄色い声を出して恥ずかしがった。なるほど、この子は可愛い。モテそうだ。年上から好かれるだろうな。
「七海さんって私生活謎じゃないですか。どんなデートするだろうって思うと夜も眠れません」
遠くを見つめながらうっとりと続けた。
「夜景の見えるホテル最上階のバーとか、ナイトクルーズとかですかね……。彼女の肩をそっと抱き寄せて愛を囁くんでしょうか……」
七海に対する憧れからか、雑誌で見るようなデートプランを展開してきた。思わず吹き出しそうになる。七海は後輩からこんな風に見られているんだ。若い補助監督達の間で噂になっていたりするのだろうか。
でもね。休日はわりと家でゴロゴロしているし、昼過ぎから出かけて帰りは渋滞にハマってイライラしている。めんどくさいから外で食べようと誘っても、冷蔵庫に早く使わないといけない食材があるとかなんとか言って折れない。お酒は好きなのでバーには行ったことはある。でもホテルの最上階ではなかった。カクテルやウイスキーの蘊蓄を長々語っていたけれど、愛は囁かれていない。
「おうちではバスローブ一枚でワイン片手に映画を見てるんですよ、きっと」
七海に大人なイメージがあるのだろうが、大人であっても実際にこんなヤツ存在するのだろうか。そもそもバスローブを持ってないし、Tシャツ短パンというゆるい部屋着でぼーっとしている。風呂上がりはパンツ一丁でうろついてることもある。本を読んだりゲームをしたり、夜更かしすることが多くて朝はなかなか起きてこない。
「休日はオシャレなカフェでお茶したり、代官山とか表参道とかのセレクトショップでお買い物したり……。彼女さんに似合う服を選ぶっていう口実で、自分好みのワンピースなんかをすすめるんですよ」
妄想はとどまるところを知らない。七海イコールオシャレの図式がベースにあって、ちょっとワガママで独占欲強めなのがタヌキ補助監督の好みなのだろうか。
買い物に付き合ってはくれるが「いいんじゃないですか」しか言わないので、七海にアドバイスを求めてはいけない。(どっちでも)いいんじゃないですか、という意味だ。その割に自分のものを買う時はかなり時間をかけて選ぶので、何件も似たような店をハシゴして比較検討が始まる。買い物に行くと待ちぼうけをくらうのは私だ。店員さんと話し込むこともあって、その間私は休日のお父さんのようにベンチでずっと待っている。
「彼女のことめちゃくちゃ甘やかして、家ではずっとくっついてるんでしょうね。お仕事中はクールなのにギャップ萌えです」
基本的に私には優しいとは思うが、母親のようにとにかく小言が多い。洗濯物の干し方だとか、食洗機への入れ方には特にうるさい。靴下を裏返して洗濯機に入れるな。ジャケットがまた脱ぎっぱなし。冷蔵庫の食材は右にあるものから使え……。今日も朝から時計を忘れそうになっただけで「ハァー。何回目ですか。そもそも普段から時間を意識していないからそういうことになるのでは。この間も報告書の締切時間過ぎてたでしょう。なんでも後回しにしないで一つ一つ仕事を片付けたらこんなことにならないはずです。大体貴女は……」と朝からチクチク言われてげんなりした。
「でも意外とスキンシップが多くって、隙を見つけては髪や頬にすぐキスしたりして。照れてる彼女をからかって楽しんだりするんですよ」
スキンシップが無いわけではないが、ちょっと力加減を知らないところがある。道を間違えそうな時や自分の思う方へ行きたい時によく腕を引っ張られるのだが、何か一言言えばいいのに突然グイッとやられるのでいつも驚く。そして隙を見つけてはコトにおよぼうとするし、制止するのが大変だ。ライトなスキンシップでは終わらない。
「そしてそのまま抱きしめて、愛を確認しあうんですよ。キャー! 七海さんってすっごく素敵ですよねえ……」
愛を確認しあうというのが例のアレを指しているのだとしたら、そんな生ぬるいものではない。スポーツのような、捕食のような、猛烈な勢いがある。始まると一回では終わらないし、終わったと思ったら数時間後にまた始まることもある。七海の性欲が恐ろしい。
どれもこれもリアル七海とは程遠く、なんとも言えない気持ちになった。彼女の中で理想の男性として君臨してしまった妄想七海。これから期待を裏切らねば良いのだが。
***
帰宅後。今日あったことをソファでダラける七海に報告していると、迷惑そうに眉をしかめた。
「貴女なかなか意地が悪い。さっさと自分がそうだと明かせばいいでしょう」
「七海に対する幻想が面白くて、つい、ね」
冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルタブを開ける。プシュッといい音が鳴った。ごくごくと飲みながら七海の隣に腰掛けると、飲みかけのビールを奪われた。戻ってきた缶を持つとずいぶん軽くなっていた。ちょっと高めのビールだったのに、あと数口しか残っていない。じろりと睨んでやったが、七海はわざとらしく肩をすくめただけで何も言わなかった。
「まあ、遠からずのところもあったよ」
「へぇ。どういうところが?」
七海は立ち上がりキッチンへと入っていく。人のビールを奪い取って飲んだくせに、高めのウイスキーをグラスいっぱいにいれて戻ってきた。つまみに素焼きのミックスナッツ。私の分はない。
「まず私に甘いってところ」
「なるほど、正解です。貴女には敵いません」
「とんでもなく嘘っぽいなあ」
ついでに私の分も持ってきてくれればいいのに。全然私に甘くない。
「あとは肩を抱き寄せて愛を囁くってところとか」
「その通りです。貴女を愛するために生まれてきました」
優しく肩を抱き寄せ、耳元で囁いてくる。こんなこと初めて言われた。七海が気持ちを口に出すことはあまりない。なんだか、ちょっとイイ。
「髪や頬にすぐキスをするってところもだし」
「鋭いですね。誰よりも貴女を愛してます」
肩を抱いたままで髪、こめかみ、首筋、至るところに小さなリップ音をたてながらキスを落とされる。いつもすぐ舐めてくるくせに。やめてと言ってもやめないくせに。
「そのまま抱きしめて愛を確認しあうんだとも言ってたかな」
「合ってます。どれほど愛しているか身をもって知ってください」
七海は歯が浮くような台詞を吐きながら頬を擦り寄せた。いつもはこちらの都合はお構い無しに突然寝室へ運ばれる。無言で服を脱がされ、いつの間にか全裸にされているのが常だ。今日の七海は様子がおかしい。
「ノリノリだね」
「誘導されました。いけない人だ」
「いつもと全然違うクセに、サマになるからずるい」
「普段通りですよ。さあ、早く」
無理矢理抱きかかえられ、そのままベッドへ落とされる。ゆるい部屋着のTシャツを素早く脱ぎ捨て、私の服も強引に剥ぎ取った。唇に貪りついて強引に舌を捩じ込んでくる。まるで獣のようだ。七海のセックスは激しい。
『七海さんは彼女さんにすっごく優しくて、きっと夢みたいな夜を過ごさせてくれるんですよ』
ほらやっぱり、あの子の言ってた七海さんとは程遠い。