七海は私を愛してない。それでも一緒に住んでいるし身体を重ねることがある。それは決まって私が出かけた後。まるで全部わかってるとでもいうように。
私たちの関係は言葉で表すとすれば同僚以外にない。明確な始まりの言葉があったわけじゃないから恋人ではない。お互いを縛ることはしていないし、七海が誰と何をしていようが関係ない。私が誰と何をしていようが七海は何も言わない。私たちの間には、身体の関係以外何もない。こういったことは、世間一般からみたらおかしいんだと思う。一緒に暮らして、セックスをしていたら、それはもう、交際しているカップルと何が違うのだろう。好きだという言葉があればいいのだろうか。私が七海を好きだなんて思ってはならない。自分の寂しさを埋めるため、ただ、彼を利用しているだけだから。
***
午後四時半。鼻歌を歌いながら髪を巻く恋人の姿を横目に私は本を読んでいる。いや違う。本を持っている。それだけだ。内容なんて頭に入ってこない。君が今日会うのはどの男か推理するのに忙しい。
私の恋人は浮気している。
ずっと前から。
何人もの男をとっかえひっかえ。
それでも私は君を愛している。
バレてないと思っているんだろう。
何もかも知っている。
今日も行っておいで。でも、二つだけ約束して欲しい。必ず日付が変わるまでには帰ること。帰ったら私と、セックスすること。
直接君の身体を確かめるんだ。今日はどんな風に抱かれた? 痛くはなかったか。優しくしてもらったか。満足いくものだったか。私と、どちらがいいか。
***
二十三時五十五分。間もなく約束の時間になるというところで、玄関の鍵が開く音がした。機嫌良さそうな声で彼女がただいまと言って、ヒールの高いパンプスを玄関に脱ぎ捨てる。出迎えるべきか否か七海が考えていると、ぱたぱたと小走りの彼女が手も洗わずに七海の元へと駆け寄ってきた。ソファに座っていた七海の大腿に跨り、骨ばった頬に両手を添える。燃えるように熱い彼女の手のひらから、今夜の出来事を想う。
「おかえり。もう帰って来ないのかと」
「ななみ~」
くすくすと楽しそうに笑い、七海の下唇をそっと食む。そのまま唇を貪るように吸って、歯列をなぞる。七海の背筋にぞくぞくと悦びが駆け抜けていき、彼の鍛え上げられた筋肉を覆う皮膚にぷつぷつと鳥肌が立った。このまま、今すぐに、この場で確認を始めたくなる。七海は己の腹の底から湧き上がる劣情を抑え込むようにひとつ、溜息を吐いた。
「ずいぶんと楽しそうだ」
「楽しかったあ。お酒もいっぱい飲んだあ」
出かける前に付けていった落ちにくいと話題の口紅がすっかりとれてしまっている。塗りなおさなかったのだ。帰りはホテルからそのままタクシーだったのかもしれない。先週末に二人で選んだ少し細身のワンピースとお気に入りのカーディガンを羽織っていったはずなのに、胸元が開いたカシュクールワンピースに変わっていた。今日は食事だけだと聞いていたはずだが、どうやら服を買い与えられたらしい。綺麗に整えられていた巻き髪はすっかり緩み、猥みだりがわしい。髪からはスタイリング剤に混じった彼女の汗と知らない煙草の匂いがして、七海は目の前が少しずつ白んでいくのを感じた。自分では無い誰かの痕跡を見つけるたび、みぞおちの辺りがきりきりと締め上げられるように苦しい。それなのに、腰から下はむずむずして身の置き所の無いような違和感がある。そんな七海のことなんかお構いなしに、彼女は七海の上に乗っかったまま好き勝手に彼の首から上を弄んだ。整えられた髪をくしゃくしゃに乱して眼鏡を外し、ふくよかな舌で七海の顔をちろちろと舐めまわす。唾液からは濃いアルコール臭がして、七海は思わず顔を顰めた。
「少し飲み過ぎたのでは」
「グランドスラムって知ってる?」
彼女の答えになっていない返答を聞いて、七海は首を捻った。そんな七海の反応を見て、彼女は嬉しそうに目を細める。
「カクテルなんだけどね、二人だけの秘密っていうカクテル言葉があるんだってえ」
「私と君の間に秘密なんて無いはずですが」
そう言いながら七海は彼女の首元に顔を埋めた。すうすうと呼吸を繰り返す。彼女の鼻息が熱い。酒のせいか興奮のせいか、体温が高くなっているのだろう。七海も彼女を嗅いでみる。じっとりと湿った皮膚からは、彼女のものではない体液の生臭さを感じる。今日の誰かも七海と同様、こんな風に彼女の芳香を愉しんだのだろうか。見知らぬベッドに横たわり無防備に裸を晒して男を誘う彼女の姿を想像してみると、喉元に黄水が上がってくるような感じがした。心底不快なその匂いを嗅がずにはいられない。人の女を勝手に着せ替え、汚い汁で穢した奴が心底憎い。それなのに、七海のペニスはいつもに増して硬く勃起して、はち切れそうだった。
「そうだよ。秘密なんかない。全部、七海は知ってるでしょ」
「ええ。でも少し、心配になりました。出て行ったときと服装が違う。それに、君の匂いがはっきりしないんです」
七海はもう一度、彼女の頭から首元まで、スンスンと鼻息を荒げて彼女を嗅いだ。煙草。汗。唾。はっきりわかる姦淫の痕跡。明確になっていく不純な欲望。
「調べてみる?」
「そうさせてもらいます」
途端に大人しくなった彼女を横抱きにして寝室へと運ぶ。七海はぐらぐらと煮え滾る腹の底の薄暗い感情を隠すようにわざとらしく微笑んだ。今日は金曜日だからシーツはまだ替えていない。丁度いい。彼女の身体に付着した他の男の残痕が寝具についても、明日洗い流せるのだから。掛け布団を脇によけて、念のため清潔な大きめのバスタオル敷いておく。こうするには理由がある。彼女は時折、粗相があるからだ。他の男は知っているだろうか。
「寒いよお」
「すぐに温めてあげますから、今は少し、辛抱してください」
仰向けになっている彼女を七海はじっくりと見た。内股をもじもじと擦りながら口元に手を当て、七海をちらちらと窺っている。寒いと言いながらも頬は紅潮し、身体全体から立ち上る熱気を肌で感じた。表情からも、仕草からも、今から起こることに明らかな期待をしているのがわかる。ベッドの中央で無防備に横たわり、浅い呼吸を繰り返す姿に苛立ちがつのっていく。ワンピースの裾から出る生白い足が七海を誘う。
「まだかなあ?」
「まだです。もう少し」
わざとらしくそっぽを向いて口を尖らせている彼女のあざとい仕草に、七海はうんざりした。そんな姿が見たいんじゃない。ありのままを曝け出して欲しい。よそ行きの台詞や仕草なんかでは誤魔化されない。彼女の魂に触れたい。立てられた膝の隙間から、透けたレースの白い下着がちらついている。初めて見るものだ。誰のためにどこでそれを選んだのだろう。今日は出かける前に下着まで確認していなかったことを後悔した。所作や表情だけでなく、上から下まで七海の好みとはかけ離れている。
「今日の君は少し、嫌だな」
「七海が怖いよお」
一段と低い声で七海が言うので、彼女は我に返ったのか真顔で返事をした。足をパタンと下ろしたら、もう下着は見えなくなった。リビングより少し冷える寝室。ぶるりと彼女が身震いした。投げやりに四肢を放り、光を写さない瞳で七海を見つめる。なぜだかそれが、反抗的な態度に見えてしまう。お前には関係ないと言われているのではないかと七海は感じた。確かにこの関係に名前はないし、明確な取り決めも無い。それでも、普段の言動から感じているものはあるはずだ。七海の気持ちを知っているはずなのに、いつまで経っても気づいていないように振る舞われている。鈍くないくせに何でもないふりをし続ける彼女に、七海は勝手に腹を立てた。
「こんな姿を見せられて冷静でいられるわけが無いとわかっているくせに」
「……知らない」
プンとそっぽを向く彼女の姿に、七海は我慢の限界を迎えた。細い身体の上に覆いかぶさり自由を奪う。硬く勃起したペニスをだらしなく開いた股の中央に擦り付ける。すると彼女は下から迎え入れるように腰を揺らすので、七海はすぐに動きを止めた。して欲しいことをしてやりたくない。そんな意地悪い気持ちになっている。手首を掴むと弱々しい力で身動ぎしてみせる。抵抗のふりだけする彼女に腹が立つ。手首を掴んだ手に力を籠める。痕が付くかつかないか。ぎりぎりの力加減で握ると、彼女は痛がって声をあげた。潤んだ瞳にはどういった意味が隠されているのだろう。挑発的にも見えるし、怖がっているようにも見える。いつだって彼女の本心はわからない。だからこうやって、確かめるしかない。
七海はもう一度わざとらしく下着越しに彼女の秘部にペニスをずりずりと擦りつけ、反応を窺う。瞑った目の端から大粒の涙が零れた。普段は何を考えているのかわからないくせに、彼女はセックスの時だけよく泣いた。特に深いオーガズムに達するとぼろぼろと涙をこぼし、七海の名を何度も呼ぶのだ。
泣いている彼女に構うことなく、七海は身体を離してベッドサイドに立つ。独りぼっちでベッドに取り残された彼女が不安そうに七海を見上げる。
「全部脱いでください。その服、全然似合って無い。下着もオーガニックコットンの上下があったはず」
「あれはあんまり可愛くない」
言われたとおりにワンピースを脱ぎ、下着も外した。突き放したように言う七海の冷たい視線が彼女の全身を刺す。ちりちりと皮膚が焼かれるように焦れて今すぐ触って欲しい気持ちになっていた彼女は、静かにその感覚が遠のいていくのがわかった。七海が珍しく怒っている。でもその原因に心当たりがあり過ぎる。服も、下着も、匂いも、態度も。
でも、まだひとつ。
「なんですかこれは」
寒さから逃れようと身体を縮こまらせた彼女の左の臀部に赤紫の鬱血痕が見えた。七海の大きな手が彼女の腸骨を荒々しく掴み、無理矢理に横を向かせる。ショーツに隠れる部分にわざとらしくつけられた痕。普段誰に見せるわけでも無いその部位を敢えて選んでいることがわかり、七海は怒りでどうにかなってしまいそうだった。親指で圧迫してみても、しっかりとつけられていて消えそうにない。これが自然と無くなるのに何日もかかるだろう。それまで毎日、確認しなくては。
「あっ、うそ。やだ。虫に、刺されたのかも」
七海が奥歯を食いしばって何度も同じ部位を押していると、彼女はようやく理解したとでもいうように呑気な声を出した。その声にまた苛立ちが募る。こんな場所を吸われて、気付かないなんてことがあるだろうか。
「悪趣味な虫ですね。二度と君に触れられないように殺してしまおうか」
「七海が言うと本気に聞こえる」
「どの虫かわかれば、すぐにでも」
七海はもう一度強く、彼女の左の尻の一番柔らかい部分の肉についた痕を押した。どうやっても消えないそれが七海を嘲笑う。お前の女を犯したぞ。そういわれているような気がした。大きな溜息を吐き、なんとか気持ちを落ち着かせようと試みる。目の前が燃えるように朱い。憤怒が身体中を駆け巡るのがわかる。下半身が火傷したみたいに熱い。彼女の痴態に劣情を掻き立てられている。七海が触った尻たぶを確かめるように彼女が撫でた。触れただけではわからないだろう。彼女からは見えない位置に付けられたそれに明確な意思を感じ、七海は何度目かの絶望的な気持ちになった。
彼女が他の男に抱かれに行くのは自分のせいだと七海は考えている。この名もなき複雑怪奇な関係を作り上げてしまったのだ。彼女に試されているのかもしれない。他の男とのセックスはどんなものだろう。今日はデートまで楽しんだようだ。食事と共に酒を飲み、他愛も無い会話をして、安いホテルに二人で入ったのだろうか。その後は風呂にも入らずベッドで絡み合い、何度絶頂に達したのだろう。
――彼女の好きな場所を知っているか。奥を丁寧にほぐして何度も突いてやらないと満足できないんだ。腰を震わせて達した後は濃い味の白い蜜を出す。それを啜りながら中のザラザラを指で押して、尻の穴も優しくマッサージしてやると涙を流して悦ぶ。そんな姿をお前は知っているか?
七海が誰かも知らない男に頭の中で自分の優位性を説いていると、彼女が不安そうな顔をして七海の方を向いた。腕を伸ばすのでその手を取る。冷たく冷え切った手に触れて七海は我に返った。彼女を温めてやらなければ。
七海は素早く服を脱ぎ捨て、裸になった。彼女にぴたりと身体を寄せて掛け布団をかぶる。ひやりとした彼女の皮膚が七海の熱に溶かされていく。
「友達は、変わり無かったですか」
「ぁ……、元気、だったよ」
友達に会いに行くと言って出て行った彼女。美しく着飾り、うきうきと扉を開けた。行ってらっしゃいと快く見送ったはずなのに、帰ってきたら酒に酔い、他の男の存在をぷんぷん匂わせて七海をたぶらかす。本当に、悪い女だと七海は思う。そんな彼女と生まれたままの姿で皮膚をくっ付け合い、硬くなった下半身をわざとらしく押し当てる。彼女に触れているだけで射精してしまいそうになるのを必死で堪え、背中側からぎゅうぎゅうと抱きしめた。七海の身体とは明らかに違う。彼女はどこを触っても吸い付くようにもちもちと柔らかく、まるで絹のようにすべすべと肌触りがいい。双丘をゆるゆる揉んでいると彼女はふにゃふにゃと声を出した。こんなに弱いくせに。いとも容易く達するくせに。
「それは良かった。どんな話をしたんです」
「ぇ……と、好きな、こと、とか……んンッ……」
「好きな、こと」
七海が繰り返すと、彼女は小さな声でうん、と答えた。一体どんなことを話したのか。聞きたい。聞きたくない。相反する思いが頭の中で交錯する。知ってしまったら、許せなくなる。でも知らないままじゃ、愛せない。
「例えば、胸を吸いながら、反対側の突起をゆるく扱かれることが好き、とか」
「ちが、ふー……っ、ふー……っ」
彼女を仰向けにして胸を弄ぶ。少しずつ乳頭と乳輪が硬くなり感度が増していく。足をピンと伸ばして快感を逃そうとする彼女の足を擦ると、少しずつ力が抜けて表情が蕩けていく。この調子では、性器はもうどろどろになっているだろう。彼女は触って欲しそうに足を開き、わずかに腰を揺らす。切なく濡れた瞳で七海を見つめ、静かにおねだりをした。でも、まだ駄目だ。そんなすぐには与えてやらない。なんでも彼女の想い通りにはならないんだと理解させる必要がある。お前の雄は自分だけだとわからせて、もう二度と、他へ行かないように繋ぎ止めておかなくては。
「あとは、臍の下に隠れている赤ちゃんの袋を、外側から圧迫されるのが好き、とか」
「ングっ……、押しちゃ、だめェ……っ!」
七海の手が胸から離れたと思ったら、そのまま脇腹を優しく撫でた。こそばゆいはずのその刺激は背筋をぞくぞくと駆けのぼり、頭の真ん中のほうで火花を散らす。チカチカと弾ける電気信号が神経を震わせ、彼女の腹の奥に隠された性器を痺れさせる。じんじんと疼くような甘さを孕んだ感覚に酔いしれながら、彼女はされるがままになった。脇腹から臍のあたりまで七海のかたくて熱い手のひらが到達したとき、堪らずに喘ぎ声を漏らす。もう耐え切れないほど欲していて、そのまま快感を与えて欲しくて仕方がない。七海の手の甲の上に彼女の手が重なった。そのまま手を性器へと導こうとするのに、七海は臍の下をぐいぐいと押すばかりだ。間接的に届けられる快感ではもう満足できない。早く指を突っ込んでかき回して欲しい。その逞しく勃起した熱々のペニスを出し入れしたい。何度七海の手を引っ張っても動いてくれず、彼女はついに泣き出してしまった。子宮に響く快感と、思い通りにいかないもどかしさ。そんな姿を見て、七海は口角を上げる。ほら見たことかと顎をしゃくり、嗤笑した。
「少し乱暴に尻を揉みしだかれるのも好きですよね」
「そー、じゃ……なくってェ……」
七海は彼女をひっくり返してうつ伏せにした。悪い虫に刺されたという痕が目に入り、顔を顰める。七海が力任せに彼女の尻肉を掴むと、悲鳴に似た嬌声を上げた。このふるふると揺れる肉が男を誘い、惑わせる。つややかな唇から漏れ出る喘ぎが思考を鈍らせ、堕落させる。この身体が。声が。匂いが。何もかもが。まるで麻薬だ。質が悪すぎる。尻の肉を割り開くときゅっと締まった肛門が見えた。垂れた愛液のせいでぬらぬらと光って妖しく誘惑してくる。ここも何れは詳しく調べなくてはならないだろう。そう考えながら七海は舌先で穴を優しく舐めてやった。ちろちろと舐めるたびにキュウキュウ縮こまり、彼女はいやいやと首を振った。この調子ではまだ大丈夫そうだと納得した七海は、彼女を再び仰向けにして上気した顔をじっと観察する。涙で崩れたアイメイク。もうどこにも行かないので構わないだろう。七海がしばらく黙っていると、彼女は縋るように七海の名を呼んだ。
「足を抱えて、よく見せて。君の体調に変化があっては仕事に差し支える」
彼女は七海に言われた通り、足を抱えて秘部を晒した。予想通り蜜を垂れ流してヒクついていた。彼女が恥ずかしそうに顔をそむけているので、七海は零れた汁を指で掬って彼女の口元へと運ぶ。条件反射なのかすぐに口を開けて七海の指を舐めしゃぶる彼女を見て、七海はまた苛ついた。
「だらしなく穴が緩んでる。どろどろと体液が流れいて、悪い遊びをした形跡がある」
「……ぁ、悪い、遊びって……?」
七海の指を頬張り、チュウチュウと音を立てて吸い始めた。温もりのある舌とねっとりとした唾液が絡みつき、七海のペニスはびくびくと震えた。堪らず空いた手で扱いてしまう。このまま射精して穴にぶっ掛けてしまいたい衝動に駆られる。この女を孕ませたい。動物的な衝動が七海を襲う。七海は頭の中でだけ考えてみた。わざとらしく白を切る女を押さえつけて、種付けるのがいいだろう。一番奥に押し付けて子宮口を抉じ開け、精液を撒き散らしたらどうなると思う。
「自分が一番よく分かっているのでは? この穴で、何を、どうしたのか」
「っふ……、別に、悪いことじゃない……」
彼女の秘部に七海が顔を近づけるとそのまま愛撫してもらえると期待したのか、穴が締まって中から更に体液が流れ出てきた。コンドーム特有の匂いが鼻を突く。
「行為自体はそうですね。繁殖に必要なことです。子どもが欲しいんですか? しかし、避妊具を使用した匂いがする」
「んン……、ぁ、赤ちゃんできたら、だめ……」
七海が彼女の穴に指を埋めた途端に気持ちよさそうな声を出す彼女を見て、七海は今日ばかりは許せないかもしれないと思った。性的な快感を得たいがために他の男とセックスをする。避妊のためにコンドームを使用したという至極真っ当な答えが馬鹿みたいに聞こえる。確かに二人の間に約束事は無い。明確な関係があれば彼女はどこへも行かないのかもしれない。火遊びから帰ってきた彼女を抱くたび七海は身が引き裂かれそうな思いをしながらも、感じたことが無い程の性的な快感を得てしまい、わけがわからなくなる。一体自分は何を望んでいるのか。彼女をどうしたいのか。彼女とどうなりたいのか。
「では何のためにしたんですか?」
「ぅう……、好きぃ、はーっ、はぁーっ……」
意識が朦朧としているのか、言葉が出てこないのか、彼女は七海の愛撫を受けながらぶるぶると震えて絶頂に達した。七海は彼女の痙攣が収まるまでしばらく待ってやった。続けて膣壁の彼女が好きな部分を擦ってやってもいいが、まだ聞かなければならないことがある。うねうね蠢く膣道に指を埋めたまま七海は彼女に問いかける。
「セックスが好きだから、というわけか」
「っあぅ……、ここ、突かれたら、何も、考えられなくなる……」
肩で息をして、目には涙を溜め、頬を染めて七海を見つめる。二人の関係が明確であれば、この行為に正当性があるのだろう。しかし何もない以上、彼女がどこでなにをしていようと七海には責める筋合いはない。決まった相手がいないのだから、誰かとセックスを楽しんでもいい。彼女の行動からそういわれているような気がして七海は胸が痛んだ。どちらかが何かを変えなければどうしようもないこの関係。始めたのはどちらだったか。その先を想像できていたか。
「それは困りますね。気持ちいいからとそこらの男と手当たり次第に交尾していては。動物でも番を作る」
「つがい……、私には、いないから……」
再び七海が彼女の中に指を入れた。ずぶずぶと簡単に飲み込んでいく。ぐちょぐちょに濡れそぼった秘部を掻き混ぜるたび、ぐじゅぐじゅと淫猥な音がする。彼女は中で達するのも上手いが、陰核を刺激すると何度でも連続でオーガズムを得ることができる体質だ。七海は中の腹側の周囲と少し感触が違うところを優しく往復して撫でながら、手のひらで陰核を圧迫した。内からと外から両方の刺激を加えられ、彼女は何度も背中を反らして絶頂を味わった。中と外では快感の質が少し違うようで、彼女の顔を見ればどちらで良くなっているのか一目瞭然だ。絶え間なく与えられる性的な快感に酔いしれる彼女を見て、七海はますますわからなくなっていく。自分の手で悦びを与えてやれることに満たされはするが、彼女の感情を動かしているわけでは無い。
混乱する七海の頬に彼女の手が伸びた。波が一旦落ち着いたらしく、まともそうな表情をしている。慈しむように撫でられたと思えば、七海の身体を撫でながら彼女の手は下へ下へと下がっていった。愛おしそうに七海のペニスを握って、カリ首にわざとらしく指をひっかけながらゆるゆると上下に扱き始める。もう入れてくれとねだっているのだ。うっとりと七海を見つめてくる瞳は熱に浮かされていて、彼女はただ自分を貫く肉棒だけが欲しいのだとわかってしまう。
「そう。私はただの同居人で、君を縛る権利はない。だからこうして、注意してるんです。悪く思わないで。君のためにやってる」
「……んぁ、ありがとう、ござい……ます……ッ」
彼女の望み通りにしてやろうと七海がゆっくりと腰を落とす。性器同士がくっつこうとする様子を見つめながらだらしなく口を開けている彼女はやはり、七海のことを都合のいい性処理道具とでも思っているのだろう。亀頭が秘部に触れそうになったとき、彼女は七海の腰を掴んで早く早くとせがんだ。じりじりと接近する二人の生殖器がぴたりと重なった。ぬるぬるで、あつくて、とけてしまいそうだ。彼女が迎え腰になり先端が埋まった。そのとき、いつもと違う感覚に気付いて七海ははっとした。そういえば、今日は避妊をしていない。慌てて引き抜こうとしても、七海の腰を掴む彼女の手は離れそうにない。いけない。そう思ってもペニスに纏わりつく肉壁が七海を離そうとせず、導かれるままにずぶずぶと沈めてしまった。奥の少し弾力のある肉にぶつかり、行き止まる。腰を引いたら、もう一度進む。引いて。進んで。繰り返したい。七海の心臓が激しく打っている。彼女が七海を覗き込んだ。限界まで小さくなった瞳孔に映っているものはなんだろう。もう一度七海の頬に触れてみる。色素の薄い皮膚の下に感じる七海の骨格。彼を形作るものは骨だけでは無い。血も、肉も、吐く息でさえも逃したくない。こめかみから流れた汗が彼女の口の端に垂れた。舐めてみると少ししょっぱい。それを合図に七海が律動を始めた。じっくりと味わうように中に触れてくる。七海に絡みつこうとヒダがうねり、奥を穿たれると全身が跳ねて稲妻のような快感が全身を突き抜ける。すっかり敏感になってしまった奥のほう目掛けてゆっくりと七海が腰を落とす。ぼってりと大きな陰嚢が彼女の尻の穴を塞ぎ、快感で蠢く睾丸に刺激されて初めての感覚を知る。ぐじゅりと音を立てて二人の性器がぴたりと嵌まり込んだとき、今まで感じたことのない大きな波が彼女を襲った。呻き声を出して快感に浸る姿を見て、七海は勝ち誇ったような気分になった。全身を小刻みに痙攣させ、七海の身体に爪を立てた。もう痛みでもなんでもいい。彼女から与えられるもの何もかも、誰にも渡したくない。
「注意のためにしているのに、気をやっていては意味がない。私の話をきちんと聞いて。二度と間違いがないようにしてください」
虚ろな表情で七海の方を向いている。焦点が合わないのに、七海を抱き寄せ何度も名を呼ぶ。目からぽろぽろと涙を流し、膣道をうねらせ、七海を離すまいと締め付ける。うわ言のように呼ばれるたび、一番奥に突っ込んだ。その度に彼女は苦しそうに喘ぎ、七海の背中に回した手の力を強めた。どれくらい時間が経っただろう。彼女は七海の下敷きになって呼吸を乱し、吐息を漏らしている。繋がった部分がひどくあつい。弾けてしまいそうな己の欲望を自覚しながら、七海は彼女から離れることができないでいる。このまま、この先まで、やってしまったら――。
「ぅぐッ……、もっ、とォ……、いっ、ッッ……ぱい、注意してぇ……っ」
なんとか持ちこたえようと必死になっていたのに、その一言で何かが切れた。
「奥を思いっきり抉って、もう二度と、悪い遊びができないように、刻み付けてやる!」
彼女は恍惚の表情を浮かべている。七海の考えは見透かされているのかもしれない。
「何回も、教えてくれて、ありがとう」
我に返った七海が彼女の汗を拭っていると、穏やかな顔で彼女が言う。
「もう、こんなことは今日で最後にしたいものです」
傷だらけの背中や腕を彼女が優しく撫でる。強く掴み過ぎてついた手形をなぞると、七海はくすぐったいと言って彼女の手を払った。行き場を無くしてしまった手で彼女は下腹部を愛おし気に撫でる。まだじわじわと温かい感覚が残っていた。二人が運よくこの世で出会ったように、彼女の腹の中でも奇跡が起こるかもしれない。
「私も……。七海、」
「ん?」
「なんでも、ない」
いつのまにか用意されていた冷たい水を飲むと頭が冴えてきた。深夜どころか夜明けが近い。長いあいだ交わっていたようだ。敷いていたバスタオルはびしょ濡れで意味を成していない。ぐちゃぐちゃの部屋を淡々と片付けながら七海が言う。
「……君が幸せであってほしい」
大切なことは目と目を合わせて言うべきだ。その先があるなら、それも教えてほしい。
「それは、七海もそう。私だけじゃ、だめ」
「そうありたいと、いつも願ってる」
「うん。そうだね」
もう七海の返事は無かった。繋いだ二人の手は最初とても熱かったのに、七海の指先が少しずつ冷えてゆき、じっとりと汗をかいてきたと思ったら静かに離れていった。べたべたの身体が不快だが今から風呂に入る気にはなれない。裸のまま二人は力尽きたように眠りに落ちた。
朝が来たら、何か変わっているだろうか。