ドキッ!呪霊だらけのナイトプール!





『ホテルのプールに出現する複数の三級呪霊討伐依頼』

 補助監督から伝えられた任務の内容を見て彼女は小さな溜息を吐いた。まるで誰かさんのようだと思いながら用意された部屋へと向かう。ここは都内の有名な高級ホテルだ。こんな仕事をしていれば縁が無いと思われるかもしれないが、こういった大型の施設にはよく呼ばれる。人の行き来が多い分、呪いも発生しやすいのだろう。今回は近年人気のナイトプールに呪霊が出現して悪さをしているらしい。幸い今のところ怪我人はいないそうだが、この呪霊が出るようになってから治安がよろしくないとのことだ。具体的には男女間の諍いが劇的に増え、暴力沙汰になったこともあるという。補助監督は言葉を濁していたが、任務の依頼書には『性的な接触を公衆の面前で行う者が増加し、注意しても制止できず一一〇番通報の後、薬物中毒の疑いで救急搬送されるも薬物反応は無かった』と書かれていた。不埒な欲望が暴走するような術式なのかもしれない。

 窓と補助監督の初動調査では呪霊は姿こそ現さなかったが、ナンパ男が力づくで女子大生を連れ去ろうとしたところを目撃し制止したとのことだ。男の目はぎらつき理性を失った様子で言語でのコミュニケーションはできず、結局この時に初めて警察へ要請を出した。これより前に同様の事件が十件ほど起こっているのに、ホテル側のスタッフが制止ししばらく隔離していたら自然と暴走は治まったため内々で処理されてきたらしい。ついにSNSには写真映えするお洒落なナイトスポットのよからぬ噂が流れ出し、経営者は焦り始めたようだ。

 指定された高層階へと続くエレベーターの中で彼女は憂鬱な気持ちでいた。こういった場所の呪霊は陰湿で執念深い。簡単に姿を現さず何時間も探し回る羽目になる。既に一般人を複数人巻き込む騒ぎを起こしており、報告よりも力を持っているかもしれない。再び彼女は溜息を吐く。鬱憤を晴らすかのように一回目より大きく吐き出されたそれは誰にも聞かれること無くホテルの豪華な絨毯の上に落ちていった。

 カードキーをドアにかざすとロックが解除され、予想外にしっかりした造りの扉を開く。いつもケチなくせに今日は珍しくいい部屋がとられていて、飲み物や軽食まで用意されており彼女は目を丸くした。この部屋で着替えてから現場へと向かうらしく、ホテルスタッフによって貸し出された流行りの水着がドレッサーの前に置かれている。プライベートでは絶対に着ないであろうそのデザインを見て彼女は再び驚いた顔をしたが、こんな機会でないと縁がなさそうなその水着へとさっさと着替えた。洗面所の鏡で全身を見てみる。似合っていないことは無い、はずだ。が、少々恥ずかしい。鏡に映る姿を見つめて単独任務で良かったと呟き、きまり悪そうに苦笑いをした。

 依頼主からは営業中に偵察をして呪霊の行動パターンを分析し、営業を終えた後に祓除するよう指示されている。幽霊騒ぎになりつつも稼ぎ時に閉鎖することは考えていないらしい。なんとがめついのだと思いながらガウンを羽織って彼女は部屋を後にした。

 プールサイドへ行く前にプールバーへと立ち寄る。ホテル側が用意したであろうドリンクチケットを使うためだ。それに折角来たのだからドリンクの一杯や二杯飲んでもいいだろう。実はフードチケットもあるのだが、残念ながらゆっくり食事をしている時間は無い。ドリンクを待っている間に周囲を見渡すがそれらしき気配は無かった。思いの外男性は少なく、大胆な水着姿の女性が多い。多くはグループでお酒を飲みながらお喋りを楽しみ、のんびりとくつろいでいる。美しく煌びやかな照明が並び幻想的な音楽も相まって、なるほどこれは若い女性にうけるのもうなずけると彼女は思った。

 彩り鮮やかなノンアルコールカクテルを片手に予約されているという最奥のプレミアムシートへと向かうと、キャンドルが灯されたペアのデッキチェアに既に誰か座っている。遠くから見ても誰だかわかる特徴的な髪色と鍛え上げられた肉体。どう見ても七海だ。まるでそこにいる事が当然だとでもいうような表情でプールを眺めていた。

「単独って聞いてたんだけど」
「遅い」

 全く答えになっていない返答をした七海はサングラスを外して不満げな視線を彼女へ投げつけた。一瞬胸元へ視線が移ったように見えたが、すぐに前を向きデッキチェアにあずけていた身体を起こして腕を組む。妙に不服そうな態度である。彼女は時間通りに現場入りしているし、単独と聞いていたのに別の術師が派遣されるなど何かの間違いではないかと不信そうな顔をした。文句を言いたいのはこちらの方だと七海を睨みつけて彼女はサイドテーブルに写真映えするマンゴーモヒートを置く。七海はそのトロピカルなノンアルコールカクテルをとって口に含み、一口飲んで「甘すぎる」と言って戻した。勝手に飲んだくせに苦情を言われても困る。彼女は空いているデッキチェアに腰掛けて七海をじっと見つめた。先ほどからこの男、一切視線を合わせようとしない。どうも様子がおかしい。

 都会の夜に映える照明できらきらと輝く水面を見ながら七海が言う。

「窓の報告によるとどうも厄介な呪霊らしく、応援要請を受けました」
「私じゃ力不足ってこと? それにしても一級の出るような仕事なのかな」
「既に十人以上の一般人が接触しています。早急に片付けるべきだと上が判断したんでしょう」

 至極真面目な顔で答えているが、実は真っ赤な嘘である。応援要請など一切受けていない。自分の仕事はさっさと終え帰宅途中の車内で補助監督が受けた電話から漏れ聞こえる内容を聞いたのだ。なぜ七海がわざわざ出向いたのか。答えは簡単だ。彼女の水着姿を公衆の面前で晒したくない。それも不埒な男女が闊歩するいかがわしい場所で、色欲に塗れた呪霊討伐などもってのほか。既に自宅付近まで来ていたが、七海はコンビニに寄ると適当な理由を着けてすぐ降車し、とんぼ返りで現地入りした。その間僅か一五分。スピード感あふれる仕事ぶりに恐れ入る。

 彼女は納得いかないといった色を顔に浮かべながらも渋々七海の参戦を了承した。閉店まであと一時間を切っており時間がタイトすぎるので助太刀は有難いとは思った。しかし機嫌の悪そうな七海の相手をするのは少々憂鬱だ。母親のように小言が多い。へそを曲げると非常に面倒くさい男なのだ。

「夜なのにラッシュガード着てるの?」
「夏場とはいえ濡れたままうろつくと冷えるからです。そういう貴女は肌を出しすぎでは。仕事で来ているのであって遊びに来ているわけではない。わかってますよね」
「おへそは出てるけど水着は繋がってるでしょ」

 しまった、と彼女は思った。母親的視点で言えば本日のこの恰好、完全にアウトである。せめてガウンを羽織ったまま来ればよかったと後悔したがもう遅い。口うるさいオカンモードへ移行した七海はとどまるところを知らない。

「サイドの生地が紐状になって繋がっているだけで臍も腹も出ているし背中までガラ空きな上になんですかその編み上げは。胸元はハイネックで見えないかと思いきや、やや透けていて逆に視線がいくでしょう。それに下乳が見えていますがサイズが合っていないのでは? 仕事ですよ。真面目にやってください」

 上から下までジロジロ見ながら一つ一つ指を差してネチネチ責める七海に彼女は心底うんざりした。確かに肌の露出は多いかもしれない。しかし周りをよく見て欲しい。ブラジリアンビキニやチューブトップの女子達が至る所にいるではないか。彼女たちは誰かへ見せびらかすために来ているのではない。女の子同士でお洒落な雰囲気を楽しむために来ているのだ。もちろん彼女も男漁りに来ているわけがない。それなのに目の前の眉間に深い皺を寄せた不機嫌そうな人物は、男に媚びているとでも言いたげにクレームをつけてくる。

「こういうデザインなの。競泳水着でも着てきたらよかった? 絶対悪目立ちするでしょ」
「ワンピースやパレオがあるのにその選択はおかしい」
「普通の人のフリして調査するんだから流行りのデザイン貸してもらっただけ。七海うるさい。目立ちたくないのに」
「大きな声は出していません」
「声の大きさじゃなくて、グチグチ言わないでってこと」
「貴女の格好がおかしいからです。それに一人でこんな所に来る方が目立つ。ナンパ目的だと思われても仕方がないのでは? これ着て。さっさと片付けますよ」

 そう言うと七海は来ていたラッシュガードを脱ぎ放り投げた。突然の事に上手く受け取れず彼女の顔面へとヒットしたそれからふわりと七海の匂いがする。仕事終わりで汗ばんでいるのか普段よりも男臭い。それが情事の後を思わせ心臓がどきりと音をたてる。慌てて顔からラッシュガードを離してさっと羽織ったら、仄かに香る七海の匂いにまたドキドキしてしまう。

 何故か責められているが、そっちこそ上着を脱いだら上半身裸ではないかと彼女は思った。見慣れてはいるものの割れた腹筋や逞しい胸筋をアロマキャンドルの炎越しに見ると得も言われぬ気分になるし、プール中の女子の視線が七海に向いている気がする。なんでもなさそうな顔をしているが、イケてる身体に熱い眼差しを一身に浴びてさぞ気持ちがいい事だろう。

「時間がないから二手に別れよう」

 こんな目立つ男と一緒に歩きたくない彼女はさっと立ち上がり、小さなプールとジャグジーの方へと身体を向けた。そんな彼女の手首を七海が掴み制止する。

「そんなに広い施設でも無いですし、仮に奴らが現れたら一気に畳み掛けるので二人の方がいいでしょう」
「はー。一人でやるつもりだったのにペース狂うんだけど。もう好きにして」

 七海はそのまま彼女の手に指を絡め引っ張り抱き寄せる。公私混同甚だしい。仕事に私情は持ち込まないと聞いていたが違うようだ。

「離して」

 彼女が手を振りほどくと呆気なく七海の手は離れていった。そしてわざとらしく肩をすくめている。

「離しました。好きにしろと言ったのでそうしたまでです」

 そう言うと七海は取り出したスマートフォンを彼女の背中へと向けシャッターを切る。パシャリと音が鳴った事に驚き彼女が振り返ると、再び電子音が響く。七海が手にしているのは個人の端末で仕事用のものではない。どうやら写真を撮られたらしい。それも二枚。

「ちょっと! 今度は何!?」
「報告書に添付が必要だと言われているんです」
「嘘だよね? そんな話聞いてない」
「いつものように依頼書を斜め読みしているから見落としているんでしょう」
「絶対嘘!」
「ごちゃごちゃ言ってないで行きますよ」

 先ほどから続く七海の態度に呆れて彼女は三度目の溜息を吐いた。呪霊も厄介かもしれないが、今日の七海も相当ややこしそうだ。

「いた……。何あれ。最低……」

 徐々に客が引いていき、いよいよ閉店時間が迫ってきたその時。件の呪霊が姿を現した。排水溝からうねうねと現れたそれは、男性器を模した触手を何本も体幹から出していてグロテスクだ。目視確認できるのは三体だが、同じ呪力を漂わせ絡み合いながら奇妙な鳴き声を出している。どうやら今日は獲物を捕らえ損ねたらしく、なんとなく弱々しく見えた。それとも三体はもともと一つだったものが分裂したせいで力が分散しているのかもしれない。排水溝の上をずるずると緩慢な動きで身体を引き摺りながら移動し七海と彼女の方へ向かって来るが、呪力操作は乱雑で難なく祓えそうな気がする。

「大したことなさそうに見えるなあ」
「何も仕掛けてこないのが逆に不気味だ」
「一気にいこう。私は右。七海は左の二体をお願い」
「油断しないでください」

 七海が彼女の肩に手を置いたことを合図に二人は飛び出した。七海の方から二発の打撃音が聞こえたと同時に呪霊の断末魔が聞こえる。流石一級。この程度の呪霊は容易いらしい。

 一方彼女の方はというと、排水溝から溢れ出たスライム状の粘液に足をとられてプールサイドで盛大に尻もちを付いていた。とんだドジっ子である。最悪な事に転んだ反動でボトムが思いきり食い込み、健康的な大きめのヒップが丸出しになっているではないか。更にブラトップがずれて元々見えていた下乳が収まりきらずにポロリしてしまいそうだ。そんなハプニングを呪霊は見逃さず、大口を開けながら触手をうねらせ彼女へと迫る。

「言ってるそばから! 伏せろ!」

 七海の大声に驚き彼女は身を伏せた。大切な穴と突起は隠れているものの、身じろぎでもすればはみ出してしまいそうなそこを誰かに見せるわけにはいかないと七海が慌てて助けに入る。彼女の前に立ちはだかり呪霊の攻撃を受けた時、赤黒い触手の先端から大量に分泌された白濁した体液を頭から直に被ってしまった。とてつもなく不快な臭いに包まれ吐きそうだが、彼女には一滴もかからなかったのが不幸中の幸いだろう。べたつく粘液を纏いながらも七海は一撃で呪霊を葬った。実に手ごたえのない呪霊であるが、祓除したはずなのに粘液は消えず七海の身体に付着したままだ。目はサングラスで守られていたが、鼻の穴と口腔内に入ってしまい慌てて吐き出すが時既に遅し。粘膜から少量でも吸収された呪霊の分泌物は一体どんな作用があるというのだろう。

「どうしよう。七海がヌルヌルになっちゃった……。大丈夫?」

 彼女が七海へと恐る恐る近づく。下水道の中に入ってしまったような臭いが辺りに立ち込めている。転んで助けられた上に変な液を代わりに浴びせてしまうという二重の失態を犯し、絶対後でお説教だと思い涙が滲む。下手をしたらお互いに無傷では済まなかったかもしれないが、今日の七海のねちっこい反省会の方が嫌だと思ってしまったのだ。膝をついて俯いている七海を立たせようと手を伸ばしたら、苛ついた声で「触るな」と言われたので手を引っ込めた。もともとへそを曲げていたのに失敗の尻ぬぐいをした上、わけのわからない不潔な汁を頭から被った七海の冷たい態度に彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。七海は彼女の方を一瞥もせず顔に垂れる粘液を拭うと、ベチャリと音を立ててプールサイドに落ちた。ゆっくりと粘液は消失していき、七海にへばりついていたものも間もなく消えた。しかし体内に取り込まれた分は既に吸収されてしまったらしく、七海の様子がなんだかおかしい。大息を吐くのはいつもの事だが、どうやらそれは溜息ではなさそうだ。呼吸が乱れている。

「これは、あまりいいものではないかもしれません……」
「どういうこと?」
「離れて、応援を……」
「でも……」

 七海の呼吸は徐々に荒く促迫となり、全身がほんのり赤く火照り始める。心臓の鼓動が早まり全身に血液を一気に巡らせた。血流が良くなったせいか下半身が起ちあがってくるのがわかる。いや違う。血の巡りのせいではない。あの粘液によからぬ効果があったのだ。呪霊の出現以降途絶えぬ性的なトラブルの原因はこれかと七海は思った。抗えぬ衝動が腹の底から沸々とわき上がり爆発してしまいそうだ。

 今すぐ、目の前の女を裸に剥き、拘束して足を開かせ、その中心に――。

 そこまで考えて七海は歯を食いしばった。己の思考が混濁し、どろどろとした欲望が溢れ出てくるのを感じる。これ以上はいけない。彼女を先に逃がさなければ。

「早く、行け。どうやら、誘淫効果が、ある」

 侵食されつつある頭を無理矢理働かせてなんとか衝動を抑えつけたものの長くは持ちそうになかった。彼女が去った後、ほとぼりが冷めるまでどこかで休む。この状態でできるだろうか。プールの端に確か小さな建物があった。ボイラーやポンプの制御室かもしれない。それとも清掃用具が置かれているような物置か。そこでやり過ごすしかない。

 七海がぼんやりし始めた頭でなんとか作戦を考えていると彼女が叫ぶ。

「こんな状態で放っておけないよ!」
「もう……離れろと、言ってるのに……!」

 近づく彼女の腕を掴んで引き離そうとしたが、七海が目を開けた時に飛び込んできたものは毎夜見ている白い肌だった。もともと布面積はあまりにも頼りなかったが、転倒によってずれたせいで彼女の胸元はほとんど露わになってる。七海の意志とは正反対に細い手首を握る手に力が入り、そのままプールサイドにひっくり返して組み伏せてしまった。七海には自分が何をやっているのかわかったが、それを止めることができない。いつもは相手にならない呪霊の攻撃をまともに食らった上に、そのせいで彼女に危害を加えようとしている自分を理解しているにも関わらず抑制が効かなかった。まずい、やめろと頭の中で叫ぶが声にもならずもちろん身体も言うことを聞かない。ついには彼女のうなじに思い切り噛みついた。普段肌を隠しているせいで日焼けしていない生白い首筋に少し血の滲む歯形が浮かんだ様子を見て七海は更に意識が朦朧とした。

「痛っ! 七海! しっかりして!」

 彼女の叫び声にハッとして一瞬現実世界へと引き戻されたが、すぐにまた性的な欲求に支配され意識を失いそうになる。目の前にある自分が付けた痕をべろりと舐め上げると、彼女の少し塩っぱい汗と鉄錆に似た血の味が口に広がった。脳の真ん中の方にある最も大切な部分が痺れるような感覚に囚われ、もう後戻りはできそうもない。こんなところで愛する女性になんてことを――。そこで七海の理性は崩壊した。

 一方彼女はというと、七海に声を掛け続けながらどうしたものかと思案した。タイルが当たって冷たい上に凄まじい力で押さえつけるものだから全身が痛い。七海の瞳は最早人間のものではなく野生動物が獲物の息の根を止める時のようなギラつきを浮かべ、再度彼女の首元に歯を立てフゥフゥと息を荒くしている。しかし力こそ強いものの、僅かな理性で加減しているのか噛みつく以上の攻撃はしてこなかった。どうやら性的な欲求に振り回されてはいるが傷つけるつもりは無いらしい。それに、いつもなら無駄なく循環している呪力がダラダラと漏れ出て全く制御できていないようだ。

(呪力がコントロールできないんだ)

 七海は尻の割れ目に熱く硬く勃起した陰茎を押し当てずりずりと擦りながら蠢き低い唸り声をあげている。首筋にヒリヒリした痛みを感じながら彼女は思った。

(力の差があるからちょっと苦労するかもしれないけど、もしかしたら勝てるかも)

 両腕を拘束されながら首だけを動かして辺りを見回す。先ほどまで美しく光り輝きナイトプールを盛り上げていたロープライトを見つけ、呪力のみでなんとか手繰り寄せようと試みた。容易いとまではいかないが物体の操作には慣れていたので少しずつ引っ張り二人の背面へと巡らせる。これで反対に七海を拘束し、その隙に脱出しようと考えたのだ。

 そんな彼女の動きに全く気付くことなく、七海はその力を更に強めて彼女の動きを封じて柔らかい尻たぶへ必死に下半身を擦り付けている。先走りが滲んでぬめりを帯び、水着の中でぐちぐちと音を立てた。七海はいよいよ着衣のままでは耐え切れなくなったのか片手を離して彼女のボトムをずらし陰部を露出させた。今月に入って毎夜熱帯夜だが、普段隠されている部分が外気に晒されるとひやりと冷たく感じて身じろぎしてしまう。

(わー! 七海やめて! 見えちゃう! 急がなきゃ)

 さすがに彼女もやや動揺して一気に冷や汗をかいた。ビニール製ロープの耐久性がどれ程のものか見当もつかないが他に方法は思いつかず、押さえ込まれているふりをしたまま隙を見て縛り上げるしかない。

 チャンスは一度。七海が自分のボトムを下ろそうとした時、一瞬力が緩むはずだ。その時に全部一気に縛ってぐるぐると巻き上げる。

 ついに七海が己の水着に手をかけた。その時。

「ごめん!」

 彼女はそう言うと電気の消えたLEDロープライトを七海へと巻き付けた。さすがに抵抗されたがおかげで身体は自由になった。まずは後ろ手にして上肢を拘束し打撃を封じる。バランスを崩した七海は前のめりに倒れ込んだので彼女は後ろに回り込み、脚を左右に開かせ膝を折ったまま縛って下肢も拘束した。

「手加減したらすぐ出てきちゃいそうだから我慢してね」

 七海にそう声をかけると唸り声を上げて睨みつけはしたものの文句は言わなかった。手足を拘束され身動きが取れなくなった七海は「グッ」だとか「うぅ」だとか唸りながら体をよじって脱出を試みるが抜け出せない。ガールスカウト仕込みのロープワークは昔取った杵柄だ。彼女は手慣れた様子で動きを封じた後、更に念入りに縛り上げる。手首だけでなく上肢全体にロープをかけて肘関節の動きを封じ、咬傷予防に猿轡もかけた。簡単に逃げられるかと思ったがこれで一安心だ。

 閉店後のナイトスポットは不思議だ。いつの間にか音楽は止み照明も落とされ、先程まで賑やかに若い男女で盛り上がっていたナイトプールも今はひっそりと静まり返っている。今宵は少し風が強く、時折水の跳ねるような音が聞こえるのみだ。今夜ここで楽しんでいた人々はどこへ行ったのだろう。このまま帰ってぼんやりとスマートフォンを眺めているのだろうか。それとも別の場所でもう少し夏の夜を楽しんでいるのかもしれない。

 そして目の前にはもっと不思議な光景が広がっている。いつもは余裕綽々で冷静沈着な男がフウフウと肩で息をしながら大粒の汗を垂らして唸り、性的な興奮を制御しきれず股間の布を持ち上げていた。七海は理性をほぼ失っているようだが意識はあった。痛いかと問いかけると首を横に振ったからだ。ロープが火照った肌にきつく食込みいやに官能的に見える。彼女は自分でやった事とはいえ、図らずも緊縛師さながらの仕上がりに思わず息を呑んだ。

「わぁ……! 七海、ちょっとえっちすぎるよ」

 彼女がそう言いながらしゃがんで七海の顔を覗き込むと充血した目が彼女を見つめ返し、低い唸り声を出した。水着の上からでも分かる股間の膨らみへ彼女はじっとりと湿った視線を投げる。

「ここ、苦しいの?」

 七海はブンブンと首を振って大きく開かれていた足を閉じた。前屈みになり隠しているようだが一度気づいてしまったら最後。もうそこから目を離せない。

「どうして欲しい?」

 七海は俯いたまま口をモゴモゴと動かし何か言いたげにしている。猿轡にされたホテルのタオルが唾液でべっとりと濡れていた。

「そっか。今、お喋りできないね」

 そう言って彼女は七海の口元を自由にしてやった。何か言葉が出るかと思ったが俯いたまま苦しそうな声を出しただけだった。

「楽にしてあげる。気持ちよくなったら元の七海に戻るかも」

 距離を更に縮める彼女から逃げるように身体を捩るが、抵抗虚しく七海の股間に白くて細い手が伸びてゆく。布越しに指の腹が優しく当たり七海はくぐもった声を出してぎゅっと目を閉じた。当たり前だが勃起している。熱を帯びて時折ぴくつく陰茎を彼女はそっと慈しむように撫で回す。その度に七海は逃げようと試みるのだが彼女が呪力でロープをきつく締め上げるので身を任せる以外にどうしようも無かった。彼女が七海の閉じられた脚をそっと開く。もう抵抗は無い。

「七海のここ、かわいいなぁ」

 耳元でわざとらしく囁くと七海はぶるぶると身体を震わせ腰を突き出した。もう触って欲しくて仕方がないからだ。しかし彼女は布越しの裏筋を指一本で撫で上げただけだった。本当は目の前にいる女の穴に突っ込んで擦りつけ、奥の奥に押し付けて射精したい。一度や二度では済まないだろう。気が狂う程の肉欲に倒れてしまいそうだがそんなこと出来るはずがない。彼女を傷つけるわけにはいかないと必死に抗うも、いよいよ限界が近い。

「おっきい……」

 大きさを確かめるように手のひら全体で包み込み緩く握る。堪らず七海は腰を揺らして彼女の手に陰茎を押し付けた。しかし、そのまま握ってほしいのにゆるゆると撫で回すだけだ。

「もっと、強くっ……」

 ついに彼女に懇願してしまい七海は絶望した。情けない姿を見られているのに溜まった精液を吐き出したくて堪らず、どうしようも無い。普段の行為では有り得ない立場の逆転に目眩がした。到底許容できないと思っているが下半身は益々熱くなり彼女の掌に向かって腰を振る。いつもとはまるで違う恋人の様子を見て彼女は何を考えているのだろう。どうも驚いているようには見えない。目元を緩く綻ばせ口角はきゅっと上がって、寧ろ楽しそうにさえ思える。こんな事があって良いのだろうか。いいわけが無いと頭ではそう思うのに、痛いくらいに勃起しているそこは全く正反対の事を望んでしまっている。

 そんな七海の苦悩する姿を見て彼女は「わかった」とだけ言って微笑んだ。そのまま水着越しに陰茎を強く掴み握り込む。

「出るっ……」

 捕まれた刺激だけで耐え切れず達してしまい、とんでもなく惨めな気持ちが込み上げてくる。そのまま吐き出された精液は水着に吸い込まれるでもなく纏わりついて不快だ。でもまだ足りない。七海は伏せた視線を彼女へと送る。そこには頬を染めて愛おしそうに七海を見つめる恋人の姿があった。見慣れたはずの顔だが纏う空気はいつもと異なり淫猥だ。七海が受けた呪いのせいでそう見えるのかもしれない。それとも、生来のものだろうか。どちらにせよ今の七海にとってはさして問題ではない。昂った情欲は治まらず再びその手で吐き出させて欲しいとしか考えられないのだ。

 彼女は無言のまま硬さを保ち続ける陰茎へと手を伸ばし、今度は上下運動を加えて射精を促した。身体の自由が利いたらすぐにでもボトムの中に手を突っ込ませたいのにそれはできなかった。手首も肘も肩さえも、上肢の関節は完全に固定されており容易には動かせない。七海にできることは芋虫のようにもぞもぞと身体をくねらせるだけなのだ。それをいい事に彼女は布越しのもどかしい刺激のみで二度目の射精をさせた。七海は最低最悪の気分だったが浅ましい欲求はまだまだ治まりそうに無く、もう何も言わずにじっとしていることにした。そうすると彼女は勝ち誇ったような、しみじみと嬉しいような、何とも言えない笑みを浮かべて七海の下半身を撫でまわすのだ。このまま熱が冷めるまで彼女の好きなようにさせるしかない。七海はそう考えることでなんとか自分を納得させ、目を閉じて彼女へ身体を委ねた。

 いつの間にか風は止んで水音もほとんど無くなり、聞こえてくるのは密やかな都塵のみとなったプールサイド。照明はとっくに消えてホテルの窓から漏れるわずかな光を頼りにお互いの様子を探る。

「……もう大丈夫ですから、解いてください」

 ようやく会話ができる程度に回復した七海が小さな声で言うとそれを聞いた彼女は、急に我に返ったように眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。先ほどとは打って変わってしょんぼりとした悲しそうな声を出している。それがいかにも芝居じみていて七海は訝しげに彼女の顔を覗き込んだ。そこには普段と同じパーツがついているものの、どこか別人のように見える彼女があった。

「痕になっちゃった……。痛かったでしょ」

 前屈みになり息を整える七海の身体中についたロープの痕を擦りながら彼女は「ごめんね」と萎れた様子で謝った。赤紫色の内出血が至る所にある。誰がどこからどう見てもそれは縛られた痕にしか見えない。

「問題ありません。それよりも――」
「ほんとはあんなロープくらい、なんともなかったんだよね?」

 彼女が七海の頬に手を這わせ目を細めて言う。

 時刻は二十三時を回ったところ。

 ホテルには部屋が一つ用意されている。

 七海の下唇をゆっくりと食むこの女は、彼をこれからどうしようというのだろう。